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知らない店に入る時

大学生の時くらいから、とにかく店を見れば入る、ということを繰り返してやっていた。
なので、セレクトショップが多い通りや商店街を歩くのに時間がとてもかかっていたが、とにかく食わず嫌いを避けて自分の世界を広げようとして、とにかく色々な店に入った。
今思えば、店を見ることで広がる世界にはとても限界があるが。
結局都心の洒落た店にお客様として入るだけなのである。

しかし、自分が好きなもの、好きなテイスト、好きな色はどんどんわかっていったし、好きなものの軸が自分の中で出来上がっていくと、物を作る基準になる。
手先が不器用ではあったが、結果的に写真が比較的うまくなったりして、日常を楽しむ方法が増える。
いや、うまくなったわけじゃないか。
好きなものを作れるようになった、どうしたら自分を楽しませるのかがわかった、そっちが正解だ。
まあ、なんにせよとてもいいことだ。

あと、おしゃれが好きになった。
正確に言えば、「自分が好きなテイストの服がわかった」である。
わかると、手を出したくなる。
手を出していると、自分の好きなテイスト以外のテイストの良さも段々と感じてくる。
これが非常に楽しくて、一時期ずっとセレクトショップに行っていた。(何も買わないけど)

あと、店の外見を見て、いい店かどうかを自分の中で予想を立てて、入ってその結果を確かめるみたいなことをやったり、物を見て値段を予想して、実際の値段との離れ方を確かめるゲームをやったりしていた。今もしている。

最終的に、店の楽しみ方が、その店がなぜそこに立っているか、なぜこの街はこの店を呼び寄せたのか(産業的な背景、地理的な背景等)、みたいなことを考えるようになって、頭でどう楽しむかが大切になっていった。
街や地域にはそれぞれ特殊性があって、それが目の前にある店を何かしらの力学で呼び寄せているみたいな世界観。

知識が不足している分、かなりステレオタイプ的になっていったところもあるけれど。
町の歴史などを勉強して重ね合わせていくと、町が頭の中で立体的に立ち上がってくる。
楽しい。

新しい店に入ることで、新しい世界を知れたのだろうか?
世界は正直知れなかったんだろうと思ってる。
わかったのは自分自身だった。
結局、自分が好きなことを繰り返しているだけかもしれない。

でも、新しい店に入る瞬間、新しい世界を知れる可能性に息をのむのだ。
服の素材や縫製一つに、CDジャケットのデザイン一つに、誰かにバトンをつなごうとしている人がいる。
商売を、日々の営みを通じてそれが自分の手元にやってくる。
どこまでいってもシティ・カルチャーの人間たちの間を巡り巡っているだけなのかもしれないが、それでも。

また、新しい店に入る習慣はいつまでも続いて、触れることのなかった世界を触りに行く。
それが日常だから。

作 :PAM

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