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模型店のにおい

自分が小学生の頃はいわゆる第二次ミニ四駆ブームで、コロコロコミックを聖書と崇めて熟読しつつ、単3乾電池2本で動く小さなモーターマシンに夢中になっていました。

メッキ仕立ての電子部品でモーターから電池へと繋ぎ、車輪を繋ぐ軸(シャフト)に絡めたギアでホイールを動かす。安定性を高めるには、走っている間の空気抵抗を減らすべく、なるべく重心は低めに。

また、当然ながら軽いほうが速く走れるので、ボディの一部を削り取ったり、穴を開けたりする「肉抜き」なる作業を行う。あまりにも軽くしすぎると今度は強度が下がってしまうので、補強プレートを固定して脇を固める……。

これらはすべて、現実のF1と全く同じ。

大人になって、その仕組みを知るほどにわかる。ミニ四駆はおもちゃじゃねえ。

だいたい、ダウンフォースとか可変ダウンスラストとかスライドダンパーとか、小学生を相手に大真面目に言っている時点で、なかなかに常軌を逸している。

FRPとかポリカーボネートとか、本物の車に使う素材をガキ相手に提供していたのだから、更に意味がわからない。

というようなことを当時から考えていたわけでは、もちろんありませんでした。

聖書のコロコロコミック誌上で連載されていた漫画『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』で、ブロッケンギガントという自分の愛機をかっ飛ばして、他者のミニ四駆を破壊して無邪気にゲラゲラ笑う近藤ゲンくんのごとく、鼻水を垂らしながら、愛機のプロトセイバーJBを走らせていました。

プロトセイバーJBというのは、同作に出てくる謎の外国人・Jくんが操るミニ四駆です。これはあの名車・スーパーアバンテの……、きりがないので省略しますが、まあそういう感じで、主人公である豪・烈の兄弟が言う「ミニ四駆はおもちゃじゃねえ」を心から信じることができず、おもちゃとして遊んでいました。主に家の畳の上とか、近所の道路とかで。

しかし、段々それでは満足できなくなってきました。畳や道路では、ミニ四駆はまっすぐにしか走らないからです。 

COWCOWのおふたりがあたりまえ体操を踊りそうなくらい当たり前なのですが、なにせ、キャンディをペロペロ舐めることとミニ四駆を破壊することしか知らない近藤ゲンくんのごとく、自分の頭は空っぽだったのです。

でも、それだからこそ、夢がありました。

幼少期、まだ物心も付かぬ頃に、頭は空っぽの方が夢を詰め込めると影山ヒロノブさんが歌っていらっしゃいました。

その夢は大人からすればとてもくだらないことかもしれませんが、間違いなく夢でした。で、その夢とは何かですが、「模型店のコースでミニ四駆を走らせたい。というかまず、模型店に行ってみたい」というもの。

当時、自分がミニ四駆を買い求めていたのはほとんどジャスコ(常時20%OFFだったので)で、ちょっとマイナーな車種が欲しい時は梅田のキディランドに行けば大抵は置いてある(現在はサンリオショップになっているが、昔はそれなりにでかい模型コーナーがあった)ので、あえて行く必要はなかったのですが、それでも、街の昔ながらの模型店とはどんなものか、肌で感じてみたかったのです。

というようなことを親に言ってみたところ、オトンがかつて通っていた模型店があるから、そこに行ってみるか、ということに。

3つくらい市を跨いだところだったのですが、なぜか自転車で行きました。1時間半くらいかかったと思う。小学生にはハードな距離でしたが、まだ見ぬ模型店を見るべく、ろくにスピードダウンしてくれないオトンの後を必死でついていきました。

大通りの一角にその模型店はあり、なかなかに古そうなテントが軒先に張られていました。店内に入るとこれがもう、プラモデルの箱ばっかりで、またもCOWCOWが踊りそうなくらい当たり前なのですが、それにまず感動。

箱が変色しているものや、とてつもない価格が付けられているものもあり、世の中にはこんなにもプラモデルがあったのかと。

ふと上を見ると、ホットショットJr.のラジコンが。ホットショットJr.……レーサーミニ四駆の第1弾として発表された、記念すべきマシンである。まああいにく、当時の自分の財布には千円札と小銭しかなかったので、買えませんでしたが。

奥にはレジカウンターのようなものがありましたが、それがすぐにはわからないくらい、所狭しと並べられた塗料や工具などの模型用品。

そこに埋もれるような形で、長い白髭をたくわえた、ちょっと怖そうな雰囲気のおじさんが座っていました。そのおじさんの右手には、缶がありました。その缶はよく見たら、ビールでした。

いやいやまだ昼だぞ……と思う自分の方を見ずに、備え付けられたテレビを視ておじさんはニヤけていました。その時テレビに映っていたのは、熱湯風呂に入る水着姿のおねえさん。

熱湯風呂というのは、先日に亡くなられた上島竜兵さんの持ちネタ「押すなよ!絶対に押すなよ!」でお馴染みのアレですが、もともとはビートたけしさん司会の番組『スーパーJOCKEY』の1コーナーであり、当時はグラビアアイドルの方も多く出演していました。

グラビアアイドルのおねえさんは、風呂に入る前に水着に着替えるのですが、制限時間以内に着替えられないと、たとえ下着のままであっても強制的に映されてしまうという……。

つまり、ちょっとエッチな内容でした。こんなもん昼間に放送してええんかと思っていた。

真昼間、ビール片手にエロいテレビ番組を視てニヤけるご主人。

なるほど……。さすがに『〜レッツ&ゴー!!』の作中にように、ミニ四ファイターが常駐していたり、ツンデレかわいい野球好きの娘がいたりするとは思っていなかったが、リアルな模型店は、こんなふうに、アルコールと塗料のにおいで充満しているものなのか……。

当時オトンと一緒に読んだ、プラモデルメーカーの老舗である長谷川製作所(現・ハセガワ)のカタログには、「温故知新」という言葉が書いてありました。古きを大切にして新しきを知る。

昭和くささが残る店内は、ジャスコのおもちゃ売り場し知らなかった自分にとっては、逆に新鮮なものでした。

その新鮮さと、喋り出すと意外にも気さくでマシンガントークが炸裂しだしたおじさんにクラクラしすぎて、本来の目的であった、模型店のコースで自分のプロトセイバーJBを走らせることを忘れてしまっていたことに気づいたのは、帰り道も折り返し地点を過ぎた頃。

今もその模型店は健在で、ググるとおじさんの写真も出てきます。

相変わらずカウンター内で缶ビールを呑んでいらして、お元気そうでした。もう『スーパーJOCKEY』は放送されていませんが、『ゴッドタン』のキス我慢選手権とかを視て喜んでいらっしゃるかもしれません。


サウナはたのしい。