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マスカレイドを貴女と(5/9):ラッテちゃんの仮面

タツジさんの経営するカフェ「フラジャイル」は、意外なくらい近所に位置していた。実は、僕がヨーセーの時に何度もタツジさんとすれ違っていたかもしれない。

カウンター席しかない小さなお店だ。10人も入れば満杯だろう。所在なさげに珈琲を啜るコージュンの姿を確認すると同時に、タツジさんが裏手から出てきた。

「おおっ、ライヒ様じゃーん。やっと来てくれたなー。もうFINは終わっちゃったけど、カフェには来てねー」

相変わらず飄々とした態度で迎え入れてくれたので、緊張が少しほぐれた。しかし、「エスプレッソ……」とわざと低い声を出して注文し、コージュンの隣に座っている人を見ると、別の方面で緊張が訪れた。

至るところでフリルが輝く水色のメイド衣装に、髪は真っ赤なツインテール。ツインテールの後ろからは、何やら翼のようなものが生えている。この人は何者だろう。……赤茶色ゴシックで塗り固めた姿の僕がそんなことを思うのも可笑しいのだが。

彼女はゆっくりと椅子から立ち上がり、僕に向けて90度のお辞儀をした。お上品で綺麗なお辞儀だ。思わず恐縮してしまいそうになるが、今の僕はライヒを演じている。同じく90度のお辞儀をして、そっと微笑んだ。

「ライヒさんですね。私、ベース希望のラッテちゃんです。よろしくお願いします」

「ラッテちゃんさん……」

「いえ、さんは要りません。ラッテちゃんです」

「あ、はい……。ラッテさん……」

「いえ、ラッテちゃんです」

「…………ラッテちゃん」

「エクセレント!そうです!」

声がめちゃくちゃ高くてアニメキャラクターみたいだな、と思いつつ、スカートの裾から覗くガーターベルトからできるだけ目を反らすように努めた。彼女の真っ白な脚がチラチラ視界に入るのは心臓に悪い。今の僕はライヒなので、色情に惑わされてはいけない。

コージュンはだいぶ惑わされているらしく、おそらく気を紛らわせるために、わざと珈琲をゆっくりと少しずつ啜っている。首は振り向いているものの視線は珈琲に向けたまま、コージュンが会話に入る。

「……べ、ベース、ですよね?」

さっき本人が自ら紹介したのに今さら確認する必要のない事項を質問し、上ずった声のままで続ける。

「……で、できる曲は、何か?ま、まずはセッションですよね?」

いちおうFINは人気バンドだったが、年長のタツジさんとタクマさんのおかげでバンドとして成り立っていたのが実情で、コージュンと僕しかいない今は、なんとも頼りない。

コージュンは確かにマテリアルでは渉外として活躍できたが、それはマテリアルのバンドマンのほとんどが男だったからだ。そして、ライヒはカリスマ的な人気があったが、マテリアル以外の場所で僕がライヒを演じるのは初めてで、いつヨーセーとしての僕が出てしまうか、不安で仕方がない。

「何々ー?君たち、待ち合わせてるのに、別に友達ってわけでもなさそーだねー?」

タツジさんのこういった馴れ馴れしさは、今のような気まずい状況を上手く打ち砕いてくれてありがたい。

コージュンがわけを話し、ラッテちゃんも自分の趣味がコスプレだからこのような格好をしているのだと話し、徐々に打ち解けていくのを僕は横で軽く頷いて聞いていた。

今の僕がライヒでなければコージュンに割り込んでラッテちゃんにざっくばらんに話せただろうか。だけど、ライヒはあくまで冷静沈着でなければならない。楽しそうにラッテちゃんと話すコージュンに、正直にいえば少し嫉妬した。

しばらく2人の会話を聞いていたタツジさんが、手をポンと打って提案した。

「コージュンくんも、ラッテちゃんも、楽器持ってきてるじゃんねー。ここで音、合わせてみるー?」

「え?いいんですか?店の中で」

目を輝かせるコージュン。

「いいよー。しばらく他のお客さん来なさそうだしー。ポータブルアンプ持ってくるよー」

ラッテちゃんは、カウンターの裏に立て掛けていたケースからベースを取り出し、ピロピロと弾き始めた。バンド経験はないそうだが、少し聴いただけでも、演奏力がかなり高く、かなり練習を積んでいることがわかった。

「合わせられる曲、なんかあるかな?」

ギターのペグを回しながら、コージュンが僕の方を向いてラッテちゃんに言う。

「…………『マスカレイド』なら弾けます」

「ええっ?それって……」

「はい、FINのオリジナル曲です!」

『マスカレイド』は、コージュンが初めて作曲し、僕が初めて作詞した、大切な1曲だ。FINのオリジナル曲はほとんどがタツジさんが持ってきたものだったが、唯一の僕たち高校生メンバーのオリジナル曲が『マスカレイド』。

「でも、どうやって覚えたの?音源なんてないし……」

「…………録音してたんです。この曲、大好きだから……。やってはいけないことだとは、わかってたんですけど…………」

「……それで、練習してたんた?」

「はい!とっても好きなので……。あの、自分のこと……いえ、なんでもないです」

「?……」

「あ、YouTubeとかSNSとかには流してませんから、本当に個人的にコピーするために、録音したので……」

「あ、ああ、うん、でも、曲知ってるなら話早いや」

タツジさんがポータブルアンプをセットしながら、ケラケラと笑った。

「あの曲、コージュンくんの曲だもんねー。ファンってことだねー」

「まあ、……嬉しいっちゃ嬉しいですけど……」

コージュンが、鼻の下に指を乗せて照れた。僕も、ライブハウスのマナーについてはともかく、ライヒが歌うヨーセーの詞がラッテちゃんの心に触れたのだと思うと、なんだか鼓動が高鳴った。

僕はカラオケ用のマイクを手にして、3人で、ドラムレスの『マスカレイド』を演奏した。ラッテちゃんのコピーは完璧で、ミスひとつなく最後まで弾ききっていた。そして、今どき珍しいくらいに低い位置でベースを構えるラッテちゃんの立ち姿は、とてもカッコ良かった。

「オーダーメイド・エイト」というもので作った、ラッテちゃんのイメージ。メイドコスだけどゴスロリとは違う感じ。ゴシックにするとライヒとかぶるし。

基本的にここからは自分の妄想の暴走が炸裂していくのですが、カレンさん以外の3人のヒロインの中で最も自分の妄想が暴走したキャラクターがラッテちゃんです。謎キャラでメイドコスでベース女子でガーターベルトとか自分の中の思春期が壊れそうです(意味不明)。ラッテちゃん推し(自分で自分のキャラを推すとか、もしかしてそれはナルシストということなのだろうか?だいぶ倒錯したナルシストだな……)。

サウナはたのしい。