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いい家に住む子供

近所に、いわゆる大金持ちのお屋敷があります。

そのお屋敷に住む一族は、昔から大規模な工務店を営んでいるらしく、市内外の多くの建物に関わっており、各地に営業所を持っているという。

所有している土地の数と規模も半端ではなく、13階建てのマンモスマンションの敷地の一帯がもともとはその工務店のものだったり、ミキサー車やダンプカーが置かれている駐車場の面積がマンモスマンションひとつぶんあったりする。 

そんなわけで、お屋敷もとてつもなく巨大なものです。庭が広すぎる上に、そこに広がる立派な松の木たちのせいで、外からは全貌が見えません。

実は小学校の頃、この家に住んでいる男子のSくんと同じクラスだったことがあるのですが、はっきりいって敬遠していたし、相手側も自分のことをあまり快く思っていないだろうと感じていました。

そんな大金持ちの家柄の奴が、自分と仲良くなるなんてことはまずないだろうと。自分みたいな貧民は相手にされないだろうと。

彼がいつもつるんで仲良くしていたのが、当時の市長の息子のMくんだったことも、それに拍車をかけました。

そんなブルジョアジーな世界に住む方々が、なぜ公立の小学校に通っているのだという偏見に溢れた感情で、彼らを見ていたのです。いま思えばひどい奴だな。俺が。

でも、大金持ちというのはどこかイヤミでキザなものだという印象が、心のどこかにありました。

『ドラえもん』のスネ夫、『ちびまる子ちゃん』の花輪くん、『クレヨンしんちゃん』の風間くん。国民的アニメに出てくる大金持ちの子供はだいたい、自慢が多かったりカッコつけたがりだったりします。

おそらく、そういうのを視ていた影響で、リアルな大金持ちからも距離を置こうと思うようになったのかも……。

あと、その頃に住んでいた家がクソ古い安アパートだったというコンプレックスも強い。

そのクソ古いアパートに住んでいた子供は自分だけではなく、他にも何人か、同級生の女子がいました。 

この女子たちがなんともワイルドな人たちばかりで、近くの路地に放置してあったナンバーのない故障車のボンネットに飛び乗ったり、側溝にくっついた虫の抜け殻をひたすら足で蹴落とす遊びを教えてくれたり、田んぼで野生のカニを捕獲したりすることが日常で、基本的に自分も強制参加でした。

他のふたつはともかく、故障車のボンネットに乗るのは本当に良くない。あの車が捨てられていたのではなくただ単に置かれていたのだとしたら、子供のやったことだから……では済まない大問題になっていたでしょう。捨てられていたのだとしてもダメだが。

そんなアグレッシブな奴らが住むアパートから歩いて数分のところに、Nちゃんという女子の住む一軒家がありました。

そこはお屋敷というほど大きい家ではなかったのですが、外壁がログハウスのような丸太でできた造りになっていて、山の中の別荘のようにオシャレ。さらに坂道の途中のちょっと丘っぽい立地に建っていたもので、余計に荘厳に見えたものです。

Sくんが花輪くんなら、Nちゃんには城ヶ崎さんっぽいという印象を当時は持っていて、ちょっと大人びたお嬢さまという認識があって、アパートの庶民たちとは育ちが違うんだろうなあと感じていました。

実際にNちゃんは、抜け殻を蹴落とす遊びにも、カニ捕獲にも参加していません。

そのような下衆いことに付き合えるかと彼女が言っていたかどうかは不明ですが、どことなく距離を置いていて、あんまりアパートの女子たちと遊んでいるのを見ることがなかった。

やがて、女子たちは引っ越し、自分も引っ越し、そのアパート自体も取り壊されたのですが、Nちゃんの家はその後もずっと残っています。大人になってから見たら、確かにオシャレではあるけど、そこまで荘厳なものには映りませんでした。

近くのドブ川はすべて埋め立てられて歩道になっているので、抜け殻を蹴落とす遊びもできませんし、田んぼもかなり縮小されたので、野生のカニに遭遇する確率はかなり低いでしょう。

あの安アパートにいた頃のように、もう一度そのようなワイルドなことをしたい……かというと、別にそうでもないな。鉄筋コンクリートマンション最高。

サウナはたのしい。