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『能力者温泉 チカラの湯』第4話:ユーリ・サラマンダー・シャルロッテのご登壇

これまでのあらすじ

自分の似顔絵が描かれたノートを拾いましたがどう反応していいかわかりません。

登場人物

森ノ宮マホミ

スーパー銭湯「チカラの湯」でノートを拾った魔法少女。ループ魔法学園1年生。

桜ノ宮トキエ

ひょんな変な出来事がきっかけでマホミと友達になった時間能力者。ループ魔法学園1年生。

ループ魔法学園は、この島で唯一の魔法の専門学校だ。0歳から入園できる保育部から、プロの魔法使いも通うカレッジまで揃っており、学科の数は108種類にも及ぶ。

魔法使いとしての夢を叶えるべく勉強と訓練に勤しんでいる者もいれば、生まれついた能力のせいで親に強制的に入園させられ、授業にろくに出ずに遊び呆けている者もいる。

今日の7時限目のテレキネシス実習も出席率は低く、教室内の机は半分以上が空席だった。せっかくこの島で最も有名な念力アーティストであるユーリ・サラマンダー・シャルロッテ氏が、多忙なスケジュールの合間を縫って、生徒たちに手取り足取りの指導をしてくれるというのに。

ユーリ・サラマンダー・シャルロッテ、通称U.S.C、……は、自らのエスパー能力を使って派手なパフォーマンスを行うマジシャンで、この島で最大のイベント会場であるゆめさきスクエアガーデンにて54万人を動員した記録を保持している。

「U.S.Cがここに来るなんて、なんか信じられないね。サインもらえるかな?」

ウズウズするわたしの方を見ずに、トッキーはエスパー検定の問題集とにらめっこしている。額に少し汗をかいているみたい。あ、やっぱりトッキーも緊張しているんだ。冷静ぶった声で話を逸らす。

「そういえばあのノート、持ってきたの?」

「うん。透視と念力の練習にいいかなって。失敗しても捨てればいいし」

「しっかし、よく観察して描いてるよねー。もしかしてこのノートの持ち主、透視能力者なんじゃないの?」

「うーん。どうかなあ」

「あたしも観察されてたりして。あー怖っ!キモっ!」

「でもなんか、このノートの持ち主、悪い人じゃない気がするんだけどなあ」

「なんでわかるの?」

「いや、わかんないけど。こう、感覚で」

「シックスセンスってやつか」

「いや、ちょっと違う」

IQ300という知力を持つ担任の桃谷智(ももだに さとし)はこのループ魔法学園の名誉教授で、不老不死の薬の開発にも携わっている凄い人らしい。見た目はただの冴えないおっさんだけど。丸い眼鏡をかけていて口の回りには白髭、生徒からは「ジャン・レノの失敗作」とか呼ばれている。まああんまり人気はない。

「いいですか皆さん。これからあのU.S.Cことユーリ・サラマンダー・シャルロッテ先生が直々の実習を行います。くれぐれも失礼のないように。それでは先生、どうぞ」

教室の扉がゆっくりと開き、シャルロッテ氏が現れた。同色のシルクハットと同化したようにも見える紫色の縮れた長い髪、南アジアのサリーを思わせる黄金色の足元まで伸びた衣装、その足元から覗くハイヒールからはユニセックスな妖艶さが溢れる。要するに、性別不詳の凄いキレイな人だ。

「皆様、こんばんは」

いま朝の10時なんだけど……?という脳内のツッコミを一瞬で掻き消すほどに、彼?彼女?……の醸すオーラは強い。そういうのが見える能力者じゃなくても、しっかりと感じ取ることができる。

「今日は、皆様と一緒に透視と念力を行えることを、心から光栄に感じております。すべての能力はエンターテイメントであり、人々の幸せのためのみに存在します」

シャルロッテ氏がソプラノふうの美声で挨拶をして頭を下げると、氏のシルクハットが宙に浮かび、教室内の空中を飛び交った。

「それではさっそく実習を行いましょう。私のシルクハットが止まった席の方、教壇までお越しください」

シルクハットはスピードを上げ下げしながら、教室内を右往左往した。ただでさえ緊張しているのに、一発めに当てられたら怖いなあ……。ん?こっちに来る?もしかして……?トッキーがめちゃくちゃこっちを見てくる。半泣きじゃん。わたしも泣きたい。すみません、わたしヘタレなので2番め以降でお願いしま……。

シルクハットが、トッキーのちょうど頭上で止まった。 

「それでは、壇上にお越しください」

シャルロッテ氏はこちらのほうを見て、ピエロのようににっこり微笑んだ。

「ちょっとちょっと、激ヤバじゃん……シャルロッテ氏の隣に行けるなんて……」

両頬に手を当てて顔を赤らめながら、トッキーがわたしに囁く。いいなあ、当てられて。さっきまで当てないでほしいと願っていたくせに、とっても羨ましい。こんな感情をなんて言うんだっけ?アンビバレント?……アンビバレントってなんかエスパー能力っぽいね。

「まずは透視からです」

目と鼻のすぐ先に立っているシャルロッテ氏の吸い込まれそうなブラウンの瞳にどぎまぎしながら、「はい!」と答えるトッキー。わたしも息を飲む。

「まず、私がお手本をお見せしましょう」

そう言うと同時に、宙を舞っていたシルクハットが氏の頭上にすっぽりと覆い被さった。氏は瞳をくりりと上にやると、ハットを脱いで手に掲げ、トッキーの右手に掛けた。そして、衣装の袖から突如あわられたアイマスクで自らの両目に隠し、声を2トーンほど高めて言った。

「今から5分間、私は目を閉じています。その間に、この教室内のどこかにそのハットを隠してください」

手にハットをぶら下げてぽかんとしているトッキーは上擦った声で「はい……」と答え、教室じゅうを歩き回り、隠し場所を探した。机の下、カーテンと窓の隙間、あるいはフェイントを狙って氏の足下の教壇の下。ただ、氏の隣で完全に萎縮していたトッキーにこのフェイントは難しいだろう。

「……で、なんでわたしの席に戻ってくるの?」

シルクハットをわたしの座っている机の下に隠そうとするトッキーに、小声で囁いた。

「いやだって、もう、CGYって感じで……」

「なにCGYって?」

「超ガチヤバ」

緊張しすぎてDAIGO語になっちゃってるよこの子。

……というか、ちょっと待って。わたしの足元にシャルロッテ氏のシルクハットが落ちているの、GYP(ガチヤバプレッシャー)なんですけど。うっかり蹴っちゃったらどうしよう。わたしたまに貧乏ゆすりする癖があるんだよなあ。こわいなあ。

「ユーリ先生、5分が経ちました。どうぞ、アイマスクをお外しください」

桃谷教授の合図に従って、氏はアイマスクを千切り外した。外れたアイマスクをさらに千切り、やがてその破片は宙を舞い、天井へと吸い込まれていった。教室内からは拍手が上がる。

「私のアイマスクは消えてなくなりました。失礼、ついつい、少し遊びたくなりまして……。透視でしたね。私のシルクハットが隠された場所は……」

氏は教壇から離れ、生徒たちの座る机の周りをおもむろに歩き始めた。……え?こっちに来る?……。氏は、わたしの目の前に来て、うっすらと笑みを浮かべて言った。

「私のシルクハットが隠された場所は、ここですね?」

まさに。わたしの座る机の下に、氏のシルクハットがある。お見事。

「ちょいと失礼」と言って、氏はシルクハットを回収し、他の生徒にも見えるように高々と掲げてみせた。先ほどの数倍の大きさの拍手と歓声が響く。

「まあこのくらい、片手間でできることですよ。それではさっそく実習に移りましょう。実習にはもうおひとりが必要なのですが……。シルクハットの隠された席のあなた、ご協力願えますか?」

シルクハットの隠された席のあなた、とは……つまり、……わたしじゃん。……心臓をバクバクさせながら頷いた。

「あと小道具が必要です。どんなものでも大丈夫です。ペンでも消しゴムでもノートでも」

ノートでも、か……。チカラの湯で拾ったあのノートが、机の上に広げられている。実は今日はうっかり自分のノートを忘れてしまっていたので、代わりに使わせてもらおうと思っていたのだ。拾い主が現れたら……すいませんって言おう。

例のノートを右手に、氏の後に続いて壇上へと向かった。トッキーと目が合い、なんだか気まずいような、ちょっと楽しみなような、複雑な感情になった。

「失礼ながら、そのノートを少し拝借させていただけますか?」

シャルロッテ氏の掌が、すぐ届く場所にある。わたしは震えながら声を出すこともできずに、ノートを手渡した。

「なにやら似顔絵が描かれていますね。自画像でしょうか?いやあ、あなたによく似て麗しい」

……どう反応していいやら。

氏は今度はトッキーの方に掌を向け、ノートを彼女の目と同じ高さに掲げた。

「このノートを30秒間、凝視してください。このノートのこと以外をいっさい考えずに。そうすればこのノートの『穴』から、時間や場所を超越することができます」

目を見開いて集中するトッキー。

30秒間、対象物を覗く物事はいっさい考えてはならない。まるで座禅のようだ。わたしも息を飲んで、30秒間、ノートのこと以外は何も考えないように……考えないように……。うっ……こんな時に限って、お腹が鳴りそう……。

「30秒が経ちましたね」

氏の落ち着いた声は抑揚が無くて、時に恐怖を覚える。

「それでは、麗しき魔法少女のあなた」

……反応に困るからやめてくれないかなあ、それ。

「このノートを、教室内のどこかに隠してみてください。それまで、私は再びアイマスクで目を覆います」

さて、どこに隠そうか。

(つづく)

サウナはたのしい。