孤独と向き合う概念がない時代 その1
子供の頃私は孤独が当たり前だった。
母親は専業主婦だが、物心ついた時具合が悪くて寝てることが
ある日が突然くるとわかってきた。
熱もなくずっと寝てる。。 寝ながらテレビは見てる様子だが
とにかく何もできないと言う。熱はなさそうだし、病院に行けと言ってもいいという。
しかし、あれだけ寝込んでいたのが、ある日になると途端に張り切り出したように元気になる。 ほっとするが、またしばらくして、ある日突然元気がなくなり
それが前兆だと幼い頃薄々わかりそして、案の定何もする気が起きないと寝込む。当時料理などできなかった私は インスタントを食べたりしていた。
母はもともと料理が得意だったが、手料理ばかり食べていた私には、失礼ながらインスタントの人工的な調味料の味などが新鮮で美味しかった
しかし、、無関心に寝ている母親が別人のように見えた。
自分が周りがわかるような年齢になると、母のその状態は躁鬱であるとわかった。
しかも、母が落ち込む、、つまり鬱になってる時はお金がない時だ。
ちなみに、我が家は当時は裕福な方である。父親も営業係長でかなり実績もあり収入は普通より良かったのだ。
それなのに、母は育ちが裕福だったからかサラリーマンの家計が理解できてないのか、使い込んでいて、お金がなくなると落ち込んでいる様子だった
確かに給料日後は ステーキやうなぎが食卓に並ぶが、給料日前は暗い顔して目玉焼きが出てきたり、子供心に、バランス悪いなと思っていた。
母が寝込んだり、私に無関心な故、兄弟もおらず、幼い頃は常に一人に慣れてきっていた。
孤独と嫌でも向き合わなければならず、向き合うという概念がないぐらいだった
寂しいのが当たり前で、寂しいから本の世界で家族というものを求めていた。
母が自分にいっぱいだったので、私は声かけられることが少なく、自分と自分で会話をすることが増え独り言が増えていった。
続く
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