君の名前はネム

ネーミングセンスとか語感というものをすごく重視している。
口に出したときに心地いいとか、耳障りがいいとか、そういうものって時に中身を凌駕する、と思うのだ。
岡本太郎は、名前なんてのはただの記号に過ぎない、というようなことを言っていたと思うのだけど、たとえ記号でもやっぱり心地よいほうがいいに決まっている。

夫がここの所仮想通貨にはまっている。いろんな銘柄を買っているようなのだけれど、中でも目を引いた名前が「ネム」だ。
この音の良さ。抜群だと思いませんか。
下と上顎の接着面が多い音ほど人は心地よく感じると聞いたことがあるけれど、「ネ」の音はその点もクリアしている。二番目の音の「ム」は日本語では「MU」だけれど、英語圏では「M」だ。子音を伴わないで完結するので、心地よい「ネ」のまますぼむ形で終わることができる。唇を閉じた形で終われるところも良い。
それに引き換え、誰もが知っているビットコインなんてのはその点でいうと全然駄目だ。お話にならない。せめて「ビット」とかで終わればよかったのにその後にコインと続く。口の中が疲れて仕方がない。
もう一つ有名なところでいうとイーサリアム(正しくはイサーリアムだそうですね)。これは悪くない。いささか長すぎる感じが否めないがカタカナで書いた時の字面も良いし、なんといっても音も見た目もスマートだ。意識高い系男子のような雰囲気を感じる。付き合いたくはないけれど、仲良くなるのは面白そうだ、と思わせる。
因みに話をビットコインに戻すと、ビットコインは真面目でとっつきにくく、うんちくをたれたがる面倒臭い系男子だ。悪い奴ではないけれどどうも他人に心を開くのが下手だ。少し口を開けばつい夢中になって話過ぎてしまうところもたまに傷。
そしてネムだ。
音が持つ安らぎと親しみやすさ。シンプルな着こなしに人の良さが表れている。昔から知っていたような安心感に包容力さえ覚える。一目で、これから付き合っていくのはこの人だ、と思わせてくれる。

と、こんなふざけたことを書いてしばらく下書きのまま放っておいたら、コインチェック騒動が起きてびっくりしたのは週末のこと。我が家も大した金額ではないにしろ、コインチェックのお世話になっていて、そしてやっぱりネムを買っていた。
あちゃーとは思ったのは最初の5分ほどで、あとは夫とわくわくを分かち合っていた。
三億円事件の何倍もの金額がハッキングされて、そしてそれをホワイトハッカーと呼ばれるスーパーヒーローがネムからやってきてハッカーのウォレットをマーキングした、とかもはや映画。依然、溶けた(この表現面白いよね。新しいことを覚えると新しい言葉も増えるから素敵)資金がどうなるかは不透明だけれどでもこのわくわくにそんなことはちっぽけに思えてしまう。もちろん、お金が戻ってくるに越したことはないのだけれど、もしも仮想通貨について全くの全くの無知であったなら、夫の投げ込んだ資金に腹を立てるか、ニュースを観て「ほほー投資家の方たちが何か大損をしたのかしらね」くらいにしか引っかからなかったはずだ。
ネムに期待をして投資したのも納得の上なら、多少危ないと思いつつも取引所に置きっぱなしにしていたのも私たちだ。責める相手はどこにもいないし、あとはただこのドラマティックな展開に目を見張るだけだ。歴史に残る未曽有のミステリー列車に自己責任で乗ったのだ。何かが起きてキャーキャー言うのは無粋というものだ。予測のつかない展開を楽しむ気持ちがなければもったいない。
振り返ってあの歴史の真ん中に自分もいた、と思えるってとんでもない贅沢だよね。

また読みにきてくれたらそれでもう。