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怪談百物語#92 もう二度と

夜中、バイクで家まで帰る。
今日の帰りは遅くなった。
急にエラーが出たもんだから、プロジェクトメンバー総出で原因がなにか調べていたのだ。
結局原因はわからずじまい。
プログラマーが集まるサイトで怪しい部分をアップロードして相談に乗ってもらった。
明日には答えが出ると良いんだが。

――ガタッ!
車体が大きく弾む。
250ccにしては大きいアメリカン、クッション性はそれほどない。
少しの段差でも大きく弾む。
だが今の弾み方は異常だった。
何か踏んだのだろうか。
無視して少しの間走り続けた。
動物でも踏んだんじゃないか、今ならまだ助けられるんじゃないか。
胸で感情が渦巻く。
申し訳なさに押しつぶされそうになり、道を戻ることにした。

乗り上げた場所まで戻るのにまた時間がかかる。
動物病院を探して、連れて行くならさらに。
家に着くのは何時になるだろうか。
今の時間は二十三時。開いている動物病院は見つかるだろうか。
大きな県道はこの時間でも車通りが多い。
後続車にひかれていないだろうか。
まるで踏んだものが動物だと決まっているかの如く心配が募る。

踏んだであろう現場に着いた。
しかし辺りには何もなかった。
バイクのライトを使って辺りを照らすが、踏んだ物、若しくは動物の血の跡は一切見当たらなかった。
誰かがどけたのだろうか。
血の跡がなかったので恐らく動物ではなかったのだろう。
ほっとしてバイクに乗りなおす。
これで心残りなく家に帰れる。

翌日も帰りが遅くなる。
エラーの原因が分かったのは良いが、その訂正で一日潰れてしまった。
時間は昨日と大体同じ二十三時前。
今日の作業分だけでもと進めた結果だ。
プロジェクトメンバーには苦労をかけてしまった。
ミスは誰の責任と言うわけでもない。しいていうならリーダーの俺が責任を負うべきだ。
だが背負いきれないので、皆で残業。
本当に申し訳ない。
昨日何かを踏んだ場所に近づく。
今日は何も踏まないだろうか。
少し速度を落としてハイビームを少しの間だけつけてみる。
よかった、何もいないようだ。
加速して通り過ぎる。
家には昨日よりも早く着いた。

それからもあの場所を通るときは、いつも何もいないか確認するようになった。
どうにもトラウマのようになっているらしい。
少し速度を落としてハイビームで照らす。
早い時間の帰宅であろうと、少しでも暗ければそうやって確認している。

今夜はプロジェクトが完了して、会議室を借りて小さなパーティーを開いた。
会社を出た時間は十九時。
いつもよりは少し早く帰れたが、冬にもなると既に辺りは真っ暗だ。
バイクに乗っていつもの道を通る。
あの日乗り上げた場所が近付くと、今日もスピードを落としてハイビームで辺りを照らす。
するとそこには一人の男性が立っていた。
バイクを道路沿いに停めて、辺りをキョロキョロと見回している。
故障でもしたのだろうか。
何か手伝えることがないかと声をかけた。
 「こんばんは。何かお困りですか?」
同じバイク乗りだ。
バイクの故障なら、後ろに乗せて行く位はしてやろう。
男性は顔をしかめながらこちらを向く。
 「いや、さっきここを通ったときに何かひいたみたいなんですよね。でも戻ってきたら何にもなくて。」
男性は「おかしいなあ。」と言いながら、また周囲を見回し始めた。
私は気味が悪くなり、簡単な挨拶をしてその場を去った。

それから一年がたった。
あの場所を通るときは未だに確認してから通っている。
そうしていると、たまにキョロキョロと辺りを見回すバイク乗りを見かける。
声をかけると皆「何かを踏んだ気がして戻ったが、何もいないんだ。」と口をそろえたように答えるのだ。
顔に疑問符を浮かべながら。
私や彼らは何を踏んだのか、それは気になるがおそらくそこは問題じゃない。
私達はあの場所を通るたびにいつも注意して走るようになった。
もう二度と何かを踏まないように。

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