怪談百物語#89 食べちゃった
「おねえちゃん、ケーキたべたでしょ!」
クリスマスの残りのケーキ一切れ。
私が食べたのが妹にバレたらしい。
「ごめんね。仕事納め終わったからご褒美に食べちゃった。」
「もー!」
今度新しいの買ってくるから許して!
年末だと地元の洋菓子屋さんは閉まっちゃってる。
わざわざやってきましたデパ地下。
色んなお惣菜があるけど、ついでに買うには高すぎるんだよね。
ケーキだけ買ったらささっと帰ろう。
「ただいまー!ケーキ買ってきたよー!」
冬休みに入って、妹はずっと家にこもりきりだ。
ずっとポケモンやってる。
最近はネットで遊べるから便利なんだって。
「ケーキ買ってきたよ、この間はごめんね。」
声をあげるけど返事がない。
でかけてるのかな、でも自転車も靴もあったし。
水の流れる音。
「おかえりおねえちゃん。ケーキ食べよ!」
お手洗いに行ってたんだ。
「急かしちゃってごめんね。さ、食べよっか!」
箱を開けると私のチョコケーキと、妹の大好きな大きなイチゴが乗ったショートケーキ。
「あれ。イチゴない?」
妹が不満げな顔でこちらを見る。
なんて可愛い上目遣いだろうか。
「もう食べちゃった?手が早いんだから。」
母ゆずりの食いしん坊姉妹、親戚にも良く言われる。
でも物言いたげに妹は大きく首を横に振った。
「まだたべてないよ。おねえちゃんイチゴたべた?」
「今開けたとこだよ?」
席を立って妹の後ろに回り、私も箱の中を覗き込む。
確かにイチゴがない。
何かがのっていた痕跡の残るショートケーキ。
「あれ、ほんとだ。お店の人が落っことしたのかな。」
見なくてもわかる、泣きそうな顔でこちらを見ているだろう妹。
「もうお金ないよー、チョコケーキ半分あげるから許してー。」
私も泣きそうになりながら説得を試みた。
妹は不満げに頬をぷくっと膨らませて、お皿に乗せたチョコケーキにフォークを入れた。
「あっ、ああ。」
絶対半分よりも多く持っていかれた。
泣きたい。
「チョコケーキもおいしー!」
良かったね。
布団の中でため息をつく。
一個丸ごと食べたかったなあ。
寝つけずにゴロゴロと右へ左へ転がっていると、どこからかフルーツの香りがすることに気付いた。
何だろうと思って上体を起こす。
目の前に去年亡くなったお母さんがいた。
正座の姿で。
「?」
びっくりして声も出ない私に向かって、お母さんは申し訳なさそうに両手を合わせている。
――クリスマスにケーキお供えしてくれないから、つい食べちゃった。
何度もこちらの顔を窺うように下から覗き見る。
「ごめんね、我慢できずに食べちゃったから。残り物お供えするのも悪いなって思って。」
食べたあとでもいいからお供えしとけばよかったよね。
「忘れたこっちが悪いんだから。来年は忘れずちゃんとお供えするからね。」
母は両手を合わせたままスーっと姿が薄れて、消えていった。
あれは夢だったのだろうか。
昨年の体験から、食いしん坊を改めないといけない。
そう思ってこの一年頑張ってきた。
今年こそちゃんとお供えしないと。
バイト帰りに買ったクリスマスケーキを片手に家に帰る。
「ただいまー!ケーキ買ってきたよー!」
「やったー!おかえりー。」
妹にケーキを手渡すと、仏間じゃなくダイニングに持っていかれた。
あらら。
「食べよー!」
鞄を置いて着替えてダイニングに行くと、もうケーキが並んでいた。
お母さんごめん!
「ちゃんと今年はお母さんにお供えしたよ!」
えらいなあ。
「忘れちゃってた私達が悪いのに、去年お母さんが夜に謝りに来たんだ。」
お母さん、妹の方にも謝りに行ってたのね。
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