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怪談百物語#最終夜 実体験

こんばんは。
Vtuberの詩書き/ぱぐすけです。
私の怪談・百物語を読んでいただいてありがとうございます。

百話目を書くにあたり、何かVtuberらしいお話を書こうと思いました。
ですが思い浮かびませんでした。
Vtuberになって四ヵ月。
楽しいことばかりです。
色んな人の詩や作品に触れられたり、配信でお話したり。
とても楽しい時間を過ごさせていただいています。
ですので今回はVtuberから一番遠い、私の実体験を話そうと思います。

サークルの先輩と四国旅行をしていた時の話です。
時期は四月の頭、エイプリルフール当日に出発して二日目の夜。
一日目の夜は盛り上がったのですが、二日目の夜は体力の限界でした。
旅の予定は机上の空論。
百キロを超えるロングライドの経験はあっても、二日連続というのは想像以上に体力を削られました。
旅行中の宿は学生の身分でしたので、夕食も朝食もない素泊まりの安宿ばかり。
その日の宿はその中でも最も狭く、布団を二つ敷くと動くのもやっと程度の広さでした。
先輩は宿に着くなりぐったり倒れ込み、後輩である私が夕食を買い出しに出ました。

外は夕焼けに染まっていました。
私は近くにあったスーパーで栄養のありそうなパンをいくつか見繕い、私用に牛乳、先輩用にビールを買って宿に戻りました。
その後二人で大浴場へ行って汗を流し、その日は騒がずに黙々と夕食を終えて寝ることになりました。

夜中に目が覚めました。
こんな旅をしていてなんですが、私は人が同じ部屋にいると緊張して熟睡できません。
この夜の目覚めも、その緊張からくるものかと思いました。
先輩を起こさないように朝までスマホでも触っていよう。
枕元で充電しているスマホに手を伸ばそうとすると、体が一切動かない。
いわゆる金縛りに遭っていました。

動くのは目だけ。
体が動かない分、鋭くなった五感が音を捉えました。
スススと何かがすれる音、おそらく引き戸が開く音でしょう。
私が目覚める前に先輩が外に出ていたのでしょうか。
でも、帰ってきたにしてはおかしいんです。
廊下と繋がるドアが開いた音が聞こえません。
ドアと引き戸の狭い空間で、先輩は何をしていたというのでしょうか。
考えが巡りますが、どれも道理が通りません。
そもそも先輩は隣で寝ているのが目の端に写っていました。

それなら誰がドアを開けたのか。
寝たままの姿で、見下ろすように足元のドアを注視しました。
ゆっくりと、ドアの隙間から足が踏み込んできました。
足元の裾を見る限り、私達と同じ宿の浴衣を着ているように見えます。肌は色白の私よりも血色の良い、艶やかな肌。
恐らくは女性。
もう一歩踏み出すとその足の持ち主が姿を現しました。
髪の長い女性。
前に垂れた髪で隠れた顔は、隙間から見える限り先輩よりも少し上の年頃に見えます。
冷製にどんな姿か捉えたは良いものの、なぜこんな状況になっているのか理解できませんでした。
逃げるにしろ向かうにしろ、体が動かないことによる焦りがここで生まれてきました。
先輩を起こさなければいけない。
大きな声を出そうとしましたが、声が出ない。
何もできない歯がゆさ。
視線だけは外さず女性を追います。
隙があれば何か手立てが見つかるんじゃないかと。
何か奇跡が起きるんじゃないかと。

女性が私の足元に来ました。
目線は合いません。
女性は布団越しに私の足元だけをじっと見ていました。
一時間ほど経ったように感じました。
それだけ時間が長く感じるほどの緊張感。
女性は無造作にかがみこんで、布団を捲り私の足を掴み上げました。
何とかなるかもしれないという思いが消えました。
捕まれていない方の足が力なくだらんと垂れ下がる。
武道なんて何の役にも立ちませんでした。
畜生、離せ。
悪態が頭を埋めていきます。
片足を持ったまま、女性は引き戸の方へ戻っていきます。
私はずるずると引っ張られていきます。
体は布団から落ち、体や頭を壁や床に打ち付けながら引き戸を通り抜けました。
相手が人ではないことは理解していました。
でもこの無力感は、武道を嗜んでいるという自尊心をずたずたに引き裂きました。
ああ、もうどうにでもなれ。
どこへでもつれていけ。
心底諦めが着きました。
もう私にはどうすることもできない。
目を閉じて行く末を受け入れました。

そこで目が覚めました。
体を起こす気力すら振り絞らなければ出ない程の疲労困憊。
部屋を見回すと、記憶と同じままの寝姿の先輩がいました。
他にはなにも変化がなく、あれが夢だったのだと胸に落ちました。
調子の良いものです。
諦めた夢の中の自分に怒りが湧きました。
もう少しなんとかできただろう、と。
あの無力感に蓋をして。
体を起こそうとすると足が痛みました。
稽古の最中に痛めた左足。
酷く痛み、動くのも難儀なほど。
昨日の夢で引かれたのも同じ左足。
まさか、と一笑に付しながら気合を入れて上体を起こします。
そこで気付きました。
眠りに着いた時と反対を向いていることに。
勢いよく振り返ると、引き戸が見えました。
開いた引き戸が。
背筋がぞっとしました。
あの女性が連れて行こうとして、気が変わって元の場所に戻したとでもいうのでしょうか。

女性に足を引かれたのは夢だと思います。
ですが私の寝相は反対を向くほど悪くはありません。
先輩も悪戯をするような人でもありませんし、ましてやあの夜の女性とは全く体格の違う重量級の選手でした。
その後、四国を旅行する間もいつあの女性が出てくるかと思うと恐くて、緊張もあってかまともに眠れた日はありませんでした。
そのせいか体が回復せず、壊していた膝は後遺症が残る程悪化しました。
今では現役を引退して、たまに稽古を見に行く程度になりました。
あの女性が何だったのか説明はできません。
宿の人に聞く勇気はなく、先輩に話して旅の楽しみを壊すこともできませんでした。
今でも寒い日には、あの夜引きずられた足が痛みます。
関係のない夢だと思ってはいるのですが、少しあの女性を恨まずにはいられません。

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