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怪談百物語#93 犬カフェ

行きつけの犬カフェには変な看板犬がいる。
 「お手。」
何度やっても手を九十度回して出してくる。
握手だろと言わんばかりに。
 「お座り。」
両足を伸ばして、ぺたんと座る。
人間の赤ちゃんみたい。
椅子に座りながら頭をヨシヨシと撫でる。
手持無沙汰になって店内を見回すと、店員さんと目が合った。
ちょうど良かったので、いつも頼むノンカフェインの紅茶を注文した。
お茶うけは犬でも食べられるクッキーが無料でついてくる。

看板犬が物欲し気なお顔でテーブルを見上げてくる。
そういえばこの子の名前を知らないな。
 「この子のお名前なんて言うんですか?」
 「どの子ですか?」

下を見ると、犬はいつの間にかいなくなっていた。
 「パグみたいな子です。あの、お座りのとき赤ちゃんみたいに座る子。」
犬カフェのオーナーさんは目を伏せてぽつりと漏らした。
 「もち助は今、入院してるんです。早く元気になってくれると良いんですが。」

オーナーさんが心配なのかな。
キッチンに戻っていく背中に思いを馳せながら、熱々の紅茶を飲んでクッキーを食べる。

――アバ!
どこからかパグの鳴き声が聞こえた気がした。

――ハグッ!アグッ!
痛い痛い、裾引っ張ろうとしないで。
足噛んでるから。
食べてごめんて。

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