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怪談百物語#4 何か寒い

夏に参加した合コンで出会った男性から聞いた話。


「すごい奴がいるからあってみない?」

と友人に誘われた合コン。
​何だか面白そう。
最近落ち込みがちの友人を誘って、一緒に行くことにした。
すごい奴とやらに会って少しでも元気になるといいな。
なんて思いながら。


「すごいってどんな感じ?」
「なんかさ、変な人らしいんだけど。
 私も誘われただけだからわかんないんだよね。」
「変な人だったら私、帰るからね。」

会場の居酒屋までの道すがら。
気になる私と、ちょっとのり気じゃない友人。
早く家に帰って、飼ってた猫と一緒にいたいんだろうな。

この子は最近、飼っていた猫を亡くしてしまった。
小さなころからずっと一緒にいた猫。
初めて家族を亡くしたみたいで、初めて触れた死にとても大きな傷を負ってる。
誘っちゃって悪かったかな。
申し訳ないと思いつつも、少しでも元気になって欲しい。
すごい奴とやらに期待しながら居酒屋に着いた。


――ガラガラ
「おーい、こっちこっち。」
「お待たせー!先注文しといてくれた?」

任せとけって、ちゃんと生六つ頼んどいたから!と明るく言う男性。

座った席には、彼を含めて三人の男性がいた。
明るい彼と、落ち着いた服装の男性。
朗らかな雰囲気の男性がいた。
乗り気なのは明るい彼だけみたい。
後の二人は、マイペースにこの場を楽しんでるみたい。
私は明るすぎる場が苦手。
助かった、と思いながら乾杯をした。



テーブルが料理で埋まり始めたころ。
明るい彼が場を盛り上げてくれるけど、私は『すごい奴』が誰なのか気になる。
落ち込んだ友人を誘った罪悪感からか、早く名乗り出てくれないかな。なんて、人任せに考えていた。

「ねえ、体調悪そうだけど大丈夫?
 帰るならタクシー呼ぼうか。」

落ち着いた雰囲気の男性が友人を気遣ってくれる。
向こうの席は冷房が直に当たる。
体が冷えたのかな?と思った私は、置いていたカーディガンを手に友人の席に移る。


「ううん、違うよ。この子ちょっと最近落ち込むことがあってさ。」

向こうの席から、誘ってくれた子がフォローしてくれる。

「何かあったの?良かったら聞かせてくれない?」

朗らかな男性が笑顔で気遣う。
優しい表情が気を緩めてくれたのか、友人が話し出す。

「……ありがとう。あの、最近ずっと一緒にいた猫が死んじゃって。」
「抱っこしても、冷たくて。いつもと違ってね、すごく寂しくて。
 もうお迎えしてくれないんだなあ、って思うと今も、ちょっと。」
静かになった場に友人の泣き声だけが聞こえる。


乾いた空気を混ぜるように、落ち着いた雰囲気の男性が話しだす。

「俺も中学生のころ、飼ってた犬が死んでさ。
 朝起きたら冷たくなってたんだ。」

信じられなくてさ、と友人を慰めるように話す。

「それからさ。俺、変なことがわかるようになったんだ。
 手、触ってみて。」

どう?

と問いかける男性の手に、おずおずと友人が触れる。

「今あったかいでしょ。でもこれを触ると、どう?」
「えっ、急に冷たくなった…?」


空いた手で、男性がテーブルのから揚げを指でつまむ。
友人曰く、その瞬間に手が冷たくなったらしい。

この人が『すごい奴』なのかと思った私は、飲んでいたビールを置いて話に入ることにした。


「それってさ、どうなってるの。何かトリックでもあるの?」

友人を励まそうとしてくれたのはありがたい。
でも変なマジックで口説かれるのは癪に障る。
彼女から引き離そうと少し冷たく、突き放すように聞いた。

「そう、それでさ。死んだその子を抱いて以来、体が冷えてくるんだ。」
 ――終わりが近いものに触ると。

摘まんでいたから揚げを食べて男性はそう言った。
私にはその表情は自慢しているようには見えなかった。
どちらかといえば寂し気に、孤独を感じさせるように見えた。


「だから肉料理に触れると冷たくなるし、壊れそうな物に触っても冷たくなるんだ。」

変な体になってさ、と苦笑してビールを飲む。

信じられないが、彼がから揚げをつまんでいるときに触れてみる。
その手は確かに冷たくなっていた。
何でこんな話を?と思って話の続きを促す。

「それで、冷たくなるからなんなの?」
「そうだった。話の途中で切ってごめんね。僕が言いたかったのはさ。」

ちょっとごめんね、と言って友人の背中に手を当てる。


「手を触ってみて。」
「あったかい。私生きてるから。」

友人が少し笑いながら言う。

「そう、生きてる。君の記憶の中でその子も。
 一緒にずっと生きてるんだよ。」

なるほど、そういうことね。
男性は友人を慰めたかっただけだ。そう気付いた。
そっと席を立つ。
お邪魔しました。


その後、場はまた盛り上がり楽しい合コンになった。
誰かと誰かが付き合う、なんてこともなく。
友人も少し元気を取り戻したし、楽しい飲み会だった。



これが今夏の話。
あの男性があの後どうなったのかは知らない。
でも、なぜ落ち着いた雰囲気だと思ったのか。
それがふと気にかかった。

思い返してみると
あの場所であの男性だけが、紺色で長い袖セーターを着ていた。
だからか、と腑に落ちる。

でも違和感を覚える。
あの日は熱帯夜だった。
店のエアコンだって冷え過ぎって程じゃなかった。
冷え性の私がカーディガンを脱ぐくらいだったから。
あの男性は何故、セーターを着ていたんだろう。

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