怪談百物語#97 恩返し
野生の動物は、どうやら恩を感じるらしい。
四月某日、飛べなくなったカラスを助けた。
学校の帰りに道路の端っこで見つけた。
丸くなってモゾモゾ動いていた。
僕が近付くと「カァ、カァ。」とか弱い鳴き声で威嚇していた。
Youtubeで動物を助けている動画を父に進められて見ていたことがある。
父はそれを見て「自分も猫を助けたことがある。」と言っていた。
父とネット由来の道徳が、このカラスを助けてやろうと思わせた。
家に連れて帰り母に相談するも「早く捨ててきなさい。カラスは病原菌がいっぱいで汚いのよ。」と怒られてしまった。
無視した。
キッチンにあった段ボールをふたつ持って部屋に戻る。
ひとつを床に敷いて、そのうえにカラスを乗せた。
カラスはキョロキョロと辺りを見回すだけで、鳴こうとも逃げようともしない。
頭が良いと聞く。助けられていることがわかるのだろうか。
もうひとつのダンボールを組み立てた。
小さくなりかけていたインナーシャツをそこに敷いてカラスを入れる。
「狭くてごめんな。」
カラスは小さく「カァ。」と返事をした。
週末、父に連れられ動物病院へと向かう。
車にダンボールごとカラスを乗せて。
カラスは生ごみを食べるので雑食だろう、そんな考えで今までミカンやリンゴを与えていた。
獣医さん曰くドッグフードも食べるらしい。
診断が終わると、羽にはテーピングがグルグルと巻かれていた。
「先生、ありがとうございました。」
難しい話は全て父が聞いてくれた。
帰りの車で説明を受ける。
骨折した羽の骨が繋がるまで、こうして固定するそうだ。
なるほど。
「痛くないか?」「カァ。」
カラスは僕の言葉がわかるかのように返事をした。
秋になるとカラスは、窓の外を眺める時間が増えた。
テーピングはもう外れている。
父が言うにはそろそろ飛べる頃なんだそうだ。
でも、これから寒い季節が来る。
今放しても大丈夫なんだろうか。
僕はカラスの目を見つめた。
『とびたい』
そう言うかのように強い目つきだった。
公園まで自転車で走る。
カゴにはあの日のダンボールにカラスを入れて。
居てもたってもいられなかったのだろう。
カラスは公園まで待てずに羽ばたいた。
初めてこの子が飛ぶ姿を見た。
赤い夕焼けに黒が映える。
「カアア。」
大きな声。
元気になれた、と教えてくれたのだろうか。
良かった。
「元気でな!」「カアア!」
空に消えていくカラスに手を振る。
帰り道、自転車も心も軽くなった。
よかったな。よかった。
それから週に一度くらい、朝になると玄関にお土産が届くようになった。
ある日は柿。
またある日はネズミの死骸。
あのカラスのお土産だと思う。
どうやら動物は恩を感じるらしい。
春になるとお弁当の残飯。
夏になると蝉の死骸。
四季折々の届け物に迷惑だと言う気は無い。
あの子も元気でやっているんだろう。
そう思う。
冬になると、玄関にカラスの死体が置かれていた。
どうして。
寒くてどうしようもなかったのか。
来てくれれば助けを求めてくれれば。
いくらでも助けてあげられた。
あの子の変わり果てた姿を見て、悲しい思いが胸に広がる。
しびれをきらしたのだろう、朝食に来ない僕を父が呼びに来た。
「寒いな、早く戸を閉めなさい。」
父は僕の背中越しで見えないのだろう。
「お父さん。」
玄関が見えるように片側をあける。
「ああそうか。もうこんな時期か。」
カラスの死体を見て父は嬉しそうに声を上げる。
「私が子どもの頃、猫を助けたのは言ったかな。その子は毎年冬になると、お礼にお土産を持ってきてくれるんだ。」
――もう二十年以上なんだよ、あいつ長生きだなあ。
耳に入る言葉の意味を、頭が理解しようとしない。
「聞こえたか。ニャアって声、嬉しそうだったろう!あいつは人の言葉がわかるんだ。ありがとうなー!」
父の与えた恩に僕の友達は殺された。
僕には聞こえない鳴き声に、父はいつまでも嬉しそうに応えていた。
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