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怪談百物語#13 鎮痛剤

今日は飲み過ぎたな。
緊急事態宣言が解除されたら、さっそく飲み会に誘われた。
上司も先輩も乗り気でもう大変。
久しぶりだと皆ペースがおかしいんだ。
何本飲んだ?わっかんねえ。たぶんケースは空けてそう。
気持ち良いを通り越して気持ち悪い。
夜風が頭を冷ますけど、もう無理だ。
うげ


あー、ダメだ。本当に無理だ。
スマホを取り出してタクシーをぼうとするが、手指が震えてロックが解除できない。
クソッゆっくりでいい、落ち着いてひとつずつ。
ゆっくりと指紋認証を試すが認識しない。
こういう時に限って何でだよ。

「大丈夫ですか?」

「うい、はいじょうぶへす。じふんで呼へます。まだはいじょうぶ。」

丸く横になっている私の頭上に声がかかる。
おそらく女性だろう甘ったるい声。
見栄を張って大丈夫と言うものの、伝わらない。
いや伝わり過ぎていたのだろう、横からスマホを奪われた。

「ごめんなさい、お借りしますね。はい、人が一人倒れています。」

いつの間にか繋がっていたらしい電話で、状況を説明してくれた。
恥じらいもあるが何よりありがたい。
これで助かる。
気が緩んだのか、私は意識を失った。



「もう大丈夫ですよ。お名前は言えますか?」

「はい、大丈夫ですね。じゃあ住所は?」

気が付くと車の中で横になっていた。
眩しいくらい白い車内に私の他に二人。
見ると救急隊員らしき恰好をしているが、どこか清潔感に欠けていた。
次々にとぶ質問に朦朧としながらも真剣に答えていく。

「わかりました。血液型は?何歳?ご家族はご健在?」

質問はどんどんプライベートな話題になっていく。
いぶかしがる余裕もなくすべて答える。

「以上です。意識ははっきりされているようですね。」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」

「あ、お怪我されてるようですね。一度、鎮痛剤を撃たせていただきますね。リラックスしてくださいね。」



次に気がつくと病院らしき場所にいた。
硬いベッドに白い天井、温かな風が部屋を満たしている。
入院?したのか?
大事になってしまった、上司と先輩は無事だろうか。
会社に連絡を入れようとするがスマホがない。
荷物も服もどこにもない。
看護師さんが来たら聞くか。
まあなんだ、助かって良かった。
怪我もしてたそうだしな。
そう思い出すと少し脇腹が痛んだ。

「先生、目を覚まされました。危ないところだったんですよ。」

「本当に良かった。目を覚まされるかは正直に申しまして半々でしたから。」
不穏な言葉に背筋が凍る。
「あの、先生。そんなに飲んだつもりはないのですが。どのくらい酷かったんですか?」
「あなた、山に捨てられていたんですよ。裸の状態で。」

「連絡がもう少し遅ければ命はなかったでしょうね。」

落ち着いた調子の医者と看護師から説明を受ける。
想像と違い過ぎる返答に耳を疑った。

「ちゃんと救急車を呼んでもらいましたし、そんなまさか。ッ痛。」

どういうことだ?
起き上がろうとすると脇腹に激痛が走った。
裾をたくし上げるとそこには大きな縫い跡があった。
ズキズキと痛み出した脇腹。
私は抱えるようにして倒れこんだ。

「おそらくは臓器売買の被害にあわれたんでしょう。抜かれる前に逃げられたようで、すべて無事でしたよ。」

「警察の方も来られていましたよ。意識が戻り次第聞きたいことがあったそうです。」

「状態も良いですね。ご連絡を。ああ、傷が痛むようですね。」

日本で、酒を飲んで、倒れただけで?
嘘だろ。
状況が理解できない。
いや待て。
状態が良い?何のだ?
聞きたいことがあった?
うずくまる私を看護師が押さえつける。
おい、何をするんだ?やめろ。
やめてくれ。

「鎮痛剤を打ちますね。これで楽になりますからね。」

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