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研究論文における個人的な自戒

自分の生業は研究結果を論文として新しい知見を世の中に出すこと。

論文を書けば終わりということではなく、世の中に出るまでには査読という審査過程がある。ある時には見えない査読者と心の中で(あくまで科学的な)殴り合いをすることもある。

博士課程在籍時に発表した初めての論文は投稿から受理まで2年以上かかり、次作は査読のコメントが大小合わせて99項目もあるなど、受理されるまでの道のりは舗装されておらず、非常に険しいものであった。その後ポスドクや研究員として研鑽・経験を積んでいくと、発表した論文の数も増えていき、査読コメントへの対応にもこなれてきた感が出てきた。

学生の時は自分の研究を最終的にどうまとめれば論文として投稿できるのかまったく見当がつかず、ゴールの見えない運動場を延々と走り回っている感覚だった。しかし経験を積み、こなれてきてしまうと研究を進めている途中でだいたいの落とし所わかるようになり、「まぁこれぐらいでいいだろう」とサクサクっと論文にまとめて投稿する場合もある。査読コメントに対しても比較的余裕をもって返答できるようにもなった。もちろんこれは成長の一部でもあるのだろうが、果たして…..

昨年の12月に1本の論文をとある論文雑誌に投稿した。投稿前に共著者からこの解析(仮にB解析とする)をやってみては?と助言をもらった。自分もそのB解析をやったほうがいいとは思っていたものの、手持ちのデータだとその解析は精度にやや不安がある。なので今回はとりあえずやらない方向で、もし査読者に突っ込まれたら考えると全く攻めの姿勢が見られない日和見主義的な言い訳をして投稿した。

投稿して数ヶ月。2人の査読者から「B解析をやらずしてこの結論に結びつけるのは難しい」と心のうちを全て見透かされたコメントが大幅修正(Major Revision)として届いた。やはり来たか。ある程度覚悟しておいたので驚きはない。さっそく解析コードを作成し、元データを投げ入れ結果を見てみると先行研究の結果とかなり異なる。というよりその研究の結果の一部を否定する結果になってしまった。科学の世界では説が対立することはよくあることなので、この結果が正しければ問題はない。ただ本当に正しいのだろうか?自分のやり方に間違いがないか、コードの中身を隅から隅まで(半ば間違いが見つかることを願いながら)何度も確認する。定数の値、配列の数、そんなところにあるはずもないのに。

共著者たちと議論しつつも、自分の結果が自分の中でわずかに白から灰色に変わっていく。先行研究は観測データで自分の研究はモデルシミュレーションのデータなので、ある程度の違いがあるのは仕方なかろうとコメントに対し返答し、その結果を支援する別の結果を示しながら何とか修正版を再投稿。自分の中では求められた大幅修正にしっかり答えたつもりでいた。そして1ヶ月後に査読結果が戻ってきた。結果は再び大幅修正。査読者の1人は修正内容に満足していないと厳しめのコメント。2人とも先行研究の結果を否定する内容の結果は結構だが、もう少しその理由を深掘りしなさいといった内容。

先行研究とは別の観測データを使ってB解析を行うと、先行研究をより強固にする結果が出る。やはり自分のシミュレーションが完璧でないため、先行研究で言われている点がうまく出ないのだろうと返答を書く。ふとその時に解析コードの別の箇所の計算したデータ値を確認してみると、ありえない数値が目の前に颯爽と表れた。砂糖と塩ならまだしも、鶏肉とブロッコリーを間違えるようなありえないミス。返す刀でその箇所を修正し解析データを確認してみるとある程度過小評価はされているものの、西軍から東軍に寝返るように先行研究を肯定する結果になった。

最も大事な結論自体は変わらないまでも、その結果に至る過程の説明を大幅に変えなければならない。改訂中にこれほどの修正を行ったのは今回が初めてかもしれない。もし初回の改訂版に査読者が納得し、受理されていたら今頃間違った論文を世に出してしまう最中だと考えると体中の動脈と静脈が入れ変わってしまいそうなほどの恐怖。正直2回目の大幅修正が届いた時には「査読者のわからず屋めっ‼️」と開始2秒で退場する雑魚キャラにありがちな捨て台詞を吐いてしまいそうだったが、これがなければコード内の初歩的かつ致命的な間違いに気づくことはなかった。

10年以上論文を書き続けてきて確かに成長した部分もある。それと同時にこなれてしまい、どこかで緊張感を落としてしまったのだろう。「お前はまだまだ自由自在に論文を書けるような研究者でない」と自戒するとともに、30代の頃に異国の地で当時自分のでき得る全てをぶつけて書き上げた論文に対する情熱や攻めの姿勢を思い出すいいきっかけになったかもしれない。

それを気づかせてくれた2人の査読者に感謝するために論文の謝辞の部分は今まで以上に言葉を並べたいと思う。

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