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ソーシャルイノベーションは、個人の“もやもや”から始まる。内発性にもとづく協働を実現するには?【井上英之×西部沙緒里×公共とデザイン】

すっかり耳馴染みのある言葉となった、「SDGs」や「ESG投資」。一部の活動家やNPOのみならず、行政機関や企業が社会課題を解決するための議論や取り組みを進めることも、珍しくなくなりました。

そんな中、見落とされがちなのが「個人」へのまなざし。

トップダウンで「社会的にこれが必要だ」と言われるだけでは、継続的で影響力のある取り組みにはなりづらいでしょう。だからこそ、個人の“もやもや”を起点とした内発的な衝動を、社会をシステムの変容に結びつけていく環境が必要なのではないか──公共とデザインはそんな問題意識のもと、企業・自治体・住民と共に社会課題へ対峙するソーシャル・イノベーション・スタジオとして活動してきました。

なぜソーシャルイノベーションにおいて、個人の内発性が重要なのでしょうか? 

「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版」共同発起人・井上英之さん、多様な産むにまつわるストーリーを紹介するメディア「UMU」を運営する株式会社ライフサカス代表で、公共とデザイン主宰の「産む」にまつわる価値観を問い直すプロジェクトではアドバイザーを務める西部沙緒里さんをお招きし、個人の"もやもや"とソーシャルイノベーションの関係性について議論しました。


登壇者プロフィール

井上 英之(いのうえ・ひでゆき)

慶應義塾大学卒業後、ジョージワシントン大学大学院に進学。アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)を経て、2003年社会起業向け投資団体「ソーシャルベンチャー・パートナーズ(SVP)東京」を設立。’09年に世界経済フォーラム「Young Global Leader」に選出。近年は、マインドフルネスとソーシャルイノベーションを組み合わせたリーダーシップ開発に取り組む。’22年1月に「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版」を創刊。 京都ソーシャルイノベーション研究所アドバイザー、さとのば大学名誉学長も務める。

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西部 沙緒里(にしべ・さおり)

(株)ライフサカス代表。2016年、がんと不妊治療の経験者を中心に創業。「働く人の健康と生きる力を応援する」をミッションに、働き盛りの人がライフステージで抱える生きづらさに向き合い、みんなが正しいヘルスケア知識を持てる社会環境づくりを進める。研修・講演事業、コンサルティング・アドバイザリー事業、Webメディア・オンラインコミュニティ事業の3領域で、全国の企業・行政・学校などへさまざまな伴走支援や協業を行う。NPO女性医療ネットワーク理事、(独)中小企業基盤整備機構・中小企業アドバイザー、群馬県・未来産業アドバイザリーボードメンバー。

「産む」にまつわるストーリーメディア「UMU」はこちらから


「個人の内発性」こそがソーシャルイノベーションのカギ

「各々のフィールドで生きる状況の当事者を中心に、新しい関係性を生み出しながら、これまでの当たり前の価値認識やシステムを問い直し、変容に導く創造的活動」──公共とデザインでは、「ソーシャルイノベーション」をそう捉えています。

しかし、その実現は決して容易ではありません。①個人の内発性を育むこと、②異なるステークホルダーと共創すること、その両者が揃っている必要があるからです。

とりわけ「個人の内発性」は、ソーシャルイノベーションの実現プロセスの始点であり、最も重要な基盤とも言えます。

いくらソーシャルグッドなパーパスがあっても、担い手自身の衝動や望ましさと紐付かないことには、及ぼせる影響力にも持続性にも限界があります。真に社会変革を引き起こすソーシャルイノベーションには、“自分事”として取り組む担い手が不可欠なのです。

個人の“もやもや”を起点とするソーシャルイノベーションの一つの実践として、公共とデザインが2022年より実施しているのが、不妊治療や特別の養子縁組などを含む「産む」にまつわる価値観を問い直すプロジェクト。

不妊治療や特別養子縁組などを通じて「産む」に対して向き合ってきた当事者、これから「産む」に向き合う選択を控える方々、そして5組のアーティスト・クリエイターが混ざり合い、対話と表現を通じたワークショップを実施。この協働の過程を経たのちに各アーティスト・クリエイターは作品制作を行い、その成果は2023年3月18日〜23日に渋谷OZ Studioにて開催される、産むにまつわる価値観・選択肢を問い直す展示『産まみ(む)めも』で披露されます。

そして、そもそも公共とデザイン自体もまた、個々人の"もやもや"から始まったプロジェクトでした。

デジタル領域のデザイナーとして活動していた、共同創業者の石塚理華、川地真史、富樫重太。三人が抱えていた、「デザインはビジネスのみならず、公共という領域でも価値を発揮できるのではないか?」という“もやもや”から立ち上がったのが、公共とデザインだったのです。

さらに、井上さんと西部さんもまた、個人の内発性を社会変革へとつなげています。

井上さんの原点は、塾通いのために初めてラッシュ時の電車に乗るようになった小学生時代。それまで伝記の中の偉人たちしか“大人”を知らなかったのが、満員電車に乗って疲弊しながら通勤する人々のリアリティを目の当たりにし、「あれ?世界って、僕が考えていたものと違うのかもしれない」と“もやもや”が湧いてきたとのこと。そうした違和感を見過ごさないようにしてきた延長線上に、日本におけるソーシャルイノベーション領域を切り拓いてきた井上さんの活動はあるといいます。

西部さんも、36歳の時に乳がんに罹患し、「あなたが子供を産める確率は10%以下ですね」と宣告されたことが、不妊や女性の健康にまつわる事業を展開するライフサカス創業の原点になっています。「後頭部からごっついブロック塀でドシーンと殴られたような感覚で、本当にその時から、世界の見え方が変わってしまったんです」。


自身(inner)/他者(other)/外の世界(outer)をつなげる

個人の“もやもや”を起点とすることは、長年ソーシャルイノベーションに関わってきた井上さんの視点からも、きわめて重要なことだといいます。

「自分を大切にするということは、全くもってわがままではなく、じつはこの世界をより良くすることにつながる大事な貢献なのではないでしょうか。既存の価値観に自分を無理矢理合わせようとすると、結局はそれぞれが孤立し、可能性が花開くことを妨げてしまうと思うんです」(井上さん)

その一つの論拠として井上さんが参照するのが、自身が監修・翻訳を担当した、ダニエル・ゴールマンとピーター・センゲの共著『21世紀の教育』です。同書では、自身(inner)/他者(other)/外の世界(outer)をつなげた「わたし」から始まる全体感を持つことの重要性が論じられています。

「自分のしんどさや寂しさに気づき理解することで初めて、他者への理解や共感もできるようになり、さらには世界を変えることへとつながる。逆に、自分の感情に向き合わずに否定していると、他者に対しても不寛容になってしまいます」(井上さん)

井上さんがこうした考えを持つようになった背景には、かつて慶應義塾大学SFCにて「社会起業論」などの授業を担当していた時に実施していた、「マイプロジェクト」と呼ばれるプロジェクト型の学びの経験もあるといいます。

趣味、得意技、家族……個々の生徒の個人的な「気になっていたこと」や「心に秘めていたこと」を起点にプロジェクトを立ち上げる授業を経験してきた中で、井上さんは個人の“もやもや”の重要性を痛感してきたのです。


「コレクティブインパクト」の重要性

個人から他者、そして世界へとつなげていくソーシャルイノベーション。そのプロセスは、自身の経験からスタートし、「エヴァンジェリスト(理解者)を増やしたい」という一心で事業活動につなげてきた西部さんの軌跡にも重なります。

「私は生殖、近年はさらに拡張して女性の健康全般を、社会全体でどう支えていくかというテーマで活動しています。その核にあるのは、『理解者や支援者を増やすことで、社会の変化や行動変容につなげていきたい』という想いなのだと思います。

創業時より運営している『産む・産まない』にまつわるメディア『UMU』はもちろん、メディアで培った信頼やブランド力を活かして展開しているオンラインコミュニティやBtoBの研修・講演事業やコンサルティング・アドバイザリー事業、加えて近年では医療者との協働プロジェクトも増えていますが、そうした活動も全て、理解者を増やすためのチャネルやメディアだと捉えています」(西部さん)

ここで井上さんが、ちょうど2023年4月刊行『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版』第4号で特集予定の「コレクティブインパクト」(企業・行政・NPOなどから集まった多様な人たちが、互いに協働しながら社会課題の解決に取り組むこと)という概念との共鳴性を感じ取ります。西部さんの活動の根幹である「エヴァンジェリスト(理解者)を増やす」という営みは、コレクティブインパクトの一つの実践例と言えるのかもしれません。

「世界やシステムを本質的に変化させるインパクトを生み出すためには、立場が異なる人々同士の協働がどうしても不可欠になる。とはいえ、立場が異なる人同士が、互いに理解を進めながら協働するということは決して簡単ではなく、それをいかにデザインするかは、ソーシャルイノベーションにおいて非常に重要なテーマなんです」(井上さん)

コレクティブインパクトにおいて昨今注目されているのが、特定の場所や地域の中で関係性・ネットワークを構築して、次の一歩を踏み出す「プレースベースド」なアプローチだといいます。

「僕たちはテクノロジーによって、自分と似たような人たち同士でつながるようになったけれど、一方で、それ以外の人々との分断も引き起こしている。

とはいえ、僕たちの暮らすリアリティとしては、多くの人たちはやっぱりどこかの場所で、何かしら地に足つけて生きていかなければいけない。そこでは、自分と違う立場の人とつながり、対話し協働をすることがどうしても必要になります。

もちろん、それには痛みや面倒さも伴いますが、向き合って理解を進めることで新しい選択肢が生まれます。むしろ、これを避けていると、結果として選択肢が狭まってよけいに苦しくなってしまう」(井上さん)


パーパスを再定義し、「セオリー・オブ・チェンジ」を引き起こす

とはいえ、個人の“もやもや”に向き合って理解を深めることと、それを実際に社会システムの変革へとつなげていくことの間には、小さくない壁があるでしょう。

個人の内発性と社会変革を接続するために大切なポイントについて、西部さんは「深まり」と「広がり」という観点から語ります。

ライフサカスは、不妊治療の問題を深めていく中で、「結局、不妊当事者への定点アプローチだけでは、本質的な問題解決にはつながらない」と気づいたといいます。また「当事者でいる期間が限定的」というテーマ特有の性質上、経験が引き継がれず分断が起きやすいという問題構造にも突き当たりました。

その結果、「不妊の手前の予防的施策に加え、人生の多様な選択肢の提示や経験者のフォローアップまでを視野に、広く取り組んでいくべきなのではないか」と気づいたと西部さん。

「さらには、よりレイヤーを上げ事業活動を俯瞰した時、真に起こしたい変化は『想定外の出来事や健康不安を経験した人が、なんどでも人生をやり直せる、経験が社会で互いに生かされあう状態』であると再定義できました。『生殖』や『不妊治療』はこの大きなテーマの中に包含されるもの、と改めて腑に落ちたんですね。

シングルイシューを解決しようと立ち上げた事業やプロジェクトでも、不思議なことに、深めていく中で結果的に、取り組む範囲が広がったりするんです。煎じ詰めて『作りたかった未来って何だっけ?』とメタ的に深堀りをした結果、パーパスが広がったというわけです」(西部さん)

とはいえ、パーパスの抽象度を高めるとわかりづらさが増し、共感や応援をしてくれる人が減ってしまうリスクも高まります。公共とデザインの活動の中でも直面しているこのジレンマについて、二人に問いかけてみました。

「少し生々しい話をすると、ビジネスとして回る仕組みの軸を整えるという観点も重要だと思います。

あくまで私たちの場合はですが、生殖や不妊治療を含む女性の健康というテーマに拡張することで、企業のニーズや社会的要請ともより合致できるようになったんです。結果、そうして事業としてお金が回る仕組みをしっかり作れたからこそ、生殖というテーマにもよりお金を使えるようになりました。

事業としての永続性を持たせるために、どのテーマ設定を持ってくれば最も自分たちの強みが生かせて、かつ課題解決にも効果的になるのかを考えることはとても大事ではないでしょうか」(西部さん)

「いい論点ですね。パーパスをメタ的に捉え直すことは、抽象度を上げることだけでなく、本質に迫ることになると思うんです。

ソーシャルイノベーション分野で、何かをすることによって、より大きな目的に対する変化やインパクトが生み出される道筋や方法論を『セオリー・オブ・チェンジ』と呼んでいます。雑誌『ビッグイシュー』を、ホームレス状態の人たちが路上で販売することで、経済的な収入のみならず、社会的な関係性を再構築し自尊心を取り戻しているのはその一例ですが、沙緒里さんは、新たなセオリー・オブ・チェンジを見出してきたと言えるのかもしれません」(井上さん)


協働は面倒くさい。それでも向き合い続ける

一方、ライフサカスが取り巻く状況に応じてパーパスを再定義しながら試行錯誤を行えるのは、『UMU』が積み上げてきたメディアとしての信頼やブランド力があってこそとも言えるでしょう。

「『UMU』はパシッとわかりやすい答えを出していないのが、すごくいいなと思っています。簡単でないものを簡単でないままにして、保留できる知性を感じるんです。

多様な考え方、声、リアリティを多様なまま紹介し、読者に届けようとしている印象を受けました。具体的な経験や考え方を記事でそのまま伝えることで、読者はそのリアリティを体感的に受け取る。その方が結果として、誰かからもらった解決策をそのままコピーするよりも、状況に応じて異なる対応ができるようになり、個々人や社会のレジリエンスも高まっていくのではないでしょうか」(井上さん)

「ありがとうございます。ただ辛さや大変さを持ち寄るだけでなく、現実社会に当事者経験をどう還元していくかというところまで橋を架けたいと思ったんです。

答えはないし、長いし、ある意味で禅問答のようなメディアになっていると思っています(笑)。だけど、じわじわと心に問いが残ると、みなさん言ってくださいまして。

そうした“もやもや”が、読者にとっても出てくれた出演者にとっても、次につながるトリガーになっていく。最近、オンラインコミュニティを立ち上げたのも、そうした還元をリアルな人同士のインタラクションでも起こしたいと考えたからです」(西部さん)

「禅問答」という表現に象徴されているように、ソーシャルイノベーションでは、わかりやすい答えが見えないところに、一定の時間をかけて変化を生み出します。それでも結局、社会の変革を実現するためには「力まず向き合う」のが大切なのだと、井上さんは強調しました。

「協働って、基本は面倒くさいと思うんです。異なるものと接するのって、大変じゃないですか。

だけどそれを超えてもかなえたい、大切なことがある。その時、個々人が自分を殺して協働するのではなく、ここまで話してきたように、まずは自分に対する理解の解像度を高め、他者や世界への理解へとつなげていく。そこから世界が広がるんです。

だからこそ面倒くさくても、違和感に向き合い、互いに学んでいくことが大事なんですよね」(井上さん)

本記事は、冒頭でも触れた、3月18日〜23日に渋谷OZ Studioにて開催される展示『産まみ(む)めも』のプレイベントとして開催されたオンライントークをダイジェストしたものです。イベントの冒頭、自宅からZoomで参加されていた井上さんが語った言葉が、トークのテーマを象徴するようで強く印象に残ったので、その言葉を引用して締めくくりたいと思います。

「いま小1の息子がお風呂を出て、近くで暴れています(笑)。こんな風に一人ひとりに、それぞれ日常、仕事や生活、社会との関わりがある。そんな背景を背負いながら、僕たちはこの世界の中で過ごし、暮らしているんです」

(Text by Masaki Koike


渋谷OZ Studioにて、3月18日〜23日に開催。産むにまつわる価値観・選択肢を問い直す展示『産まみ(む)めも』の詳細はこちら。


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