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【7章まとめ読み】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】


【まとめ読み  7章】 約 7000文字


【7章 お昼寝の時間】

SIDE(視点):コシーロ・ガート
西暦3227年 8月 地球

 3220年の入所式の日。いつの間にか、その日から7年の月日がたっていた。その7年の間に、惑星移民のための研究は大躍進した。ノボーにより時空短縮法は発見され、シー、ヤマバ、アンジョーを合わせた4人の手で、その装置の完成までたどり着くことができた。
 我が研究室に集った彼らは、世界中の天才たちを置き去りにして、あっという間に人類を救おうとしていた。
 私は目の前で何が起きているか、理解が追い付かなかった。それでも、自分らしく辛抱強くじっくり踏み固め、彼らの歩幅に合わせた。
 彼らの発想はシンプルで柔らかく自由だった。ノボーの作り上げた理論を理解するには、これまでの科学の歴史を一度全て置いてこなければならなかった。だからこそ、私たちには見つけるどころか、想像することもできなかった。
 コロンブスの卵。
 若さとは、まぶしいものだ。
 彼らは今日も一緒に『泳ぎ』ながら、装置の調整を進めている。政府により機密が義務付けられた『時空短縮法』。実質の運用も、彼らの手で行うこととなっていた。
 彼らがS・W・I・Mをしている姿を見ていると、まるでお昼寝をしている子供たちに見える。なんて無防備なんだろう。
 さて、私たち大人には、私たちなりの役割がある。『君たちを守る』それがいま私のすべき使命だ。
 そう。世界は今、これまでで最も危険な状態にあるといっても過言ではなかった。まるで呪いともいえるものが世界を覆いつくそうとしていた。
 
 西暦3227年8月某日。私は政府からの呼び出しを受け、政府専用自動運転装置に乗っていた。
 どこに連れていかれるかは伝えられていなかった。普段の呼び出しでは官邸に行く。きっと何かややこしいことが起こるのであろうと、私は神経を張り巡らせていた。
 外の景色が見えないまま2時間ほど移動しただろうか。やっとのことで自動運転は止まり、私を閉じ込めていたその重厚な扉が開いた。
 そこは国定の自然エリアに見えた。国定のエリアは普段は人が立ち入ることのできない場所だ。目の前には奇妙な建物が、異様な存在感を示しそこに立っていた。素材も形も我々の使う建物と同じようなのだが、何かが根本的に違うのだ。
 私は建物に入るのを躊躇ちゅうちょしたが、同乗した(政府の人間だろう)男に促され、1人建物に入ることとなった。
 建物に入ると、案内AIが1体いるだけで、人は1人もいないようだった。内部も壁の材質も特に代わり映えはないが、人の気配が全くしない。
その異様な空間に、気味の悪さを覚えた。厳重なセキュリティとステルス技術で、世界から隠された状態になっている。と、私は推測した。
『これは大物が出てくるぞ』
 建物内での案内は、縦・横に何度も方向を変えたが、地下の方へと向かっているようだった。目的地を特定されないためなのだろう。
 10分近く移動した後。いくつもの扉が並んだ長い廊下に出た。その扉の中の1つを選ぶような形でAIは止まり、故障したかのように奇妙な動きをした。扉を開けるための何らかの手続きなのかもしれない。
「お中におはいりください」と言ってAIはどこかに行ってしまった。
 オナカにおはいりください、か。嫌な言い方をする。
 外から眺めても、部屋の中は薄暗く、中の様子はわからなかった。
 警戒しながら中に入ると、奥のほうに人影があった。目が慣れ、その姿がしだいに見えてくる。私より一回りほど年上だろうか。白髪に髭を生やした、四角い顔。背は低そうだががっちりした体。ネオジャパンの政府関係者だと思われる、ローブのような服装。重厚なオーラを発する知的な容貌がそこにあった。
「近くまで、どうぞ」
 地から沸きあがるような低い声が聞こえた。
 ここまで来たら、警戒のしようもない。私は男に近づいた。
 部屋の中央付近まで進んで、私は立ち止まる。男は椅子に腰かけていた。男との距離は5メートルほど。そこまで来て私は気が付いた。彼の後頭部に太いチューブが刺さり、それが床につながっていることに。それはこれまで見たこともない、異様な光景だった。彼は本当に人間なのだろうか?
「どうぞそこにおかけください」
 男が指をさした方向には、柔軟タイプのシートがあった。何も言葉が出ず、言われるがままにそこに座った。
「どうも緊張しておられるようですな。コシーロ教授」
「あ、いや……」
 かすれ出た声は、自分の声じゃないようだった。乾いたのどに痛みを感じた。
 私としたことが……。
 私は63年の生涯を通じて経験してきたことに、強い自信を持っていた。世界の要人にもたくさん会った。様々な大ステージで講演もした。政府や研究者の面倒な人間関係や、言い難い修羅場もくぐってきた。そんな私が男を目の前にして、これまで経験したことがない強い緊張感を覚えていた。
「少し、安心してもらいましょう」
 男がそう言うと、私の右斜め前の空間に、シートに腰かけた白髪の男性が現れた。
「モーリ首相!」
 同時回線ホログラムだ、つまりオンタイムのオンラインヴィジョンである。
「コシーロ君、久しぶりだ」
「お久しぶりです、首相」
「今日は突然済まない。実は君にお願いがあるんだ。政府として、いや統一政府として」
「統一政府?」
「まもなく発足する。周りを見てごらん」
「な!?」
 そこには各国の首脳が同時回線ホログラムで浮かび上がった。つまり、世界中のトップが、今このために時間を割いて集まっているということだ。
「首相、どういうことなんでしょうか!?」
 チューブのつながった男が口をひらいた。
「コシーロ教授。まぁ、慌てないで聞いてくれ。じっくりと時間はとってある。詳しいことは俺から話そう。皆さんありがとう。一旦席をお外し願おう」
 ホログラムは消え、再び薄暗い部屋に私たちは2人きりになった。

  
 彼の話の概要はこうだ。
『新しい星に移住するにあたって、大きな1つの政府になることで、各国の首脳レベルでの合意が終わっていること』
『自分が初代の統一大統領となる男であること』
 確かに世界は1つになる流れになっていた。世界統一に向けての市民活動も活発化していた。しかし政府レベルで、すでに最終段階に進んでいるということを、私は初めて知った。
 男は続いて自分が初代の統一大統領になると言った。男は今まで表舞台には一切出てこなかった。各国のトップともパイプを持っている私でさえ、まったく知らなかった。
 男はいったい何者なのだろうか?
 
 そして男は「君に任務を与えたい」と言った。
 その任務は、2つだった。
『レジスタンスの対策チームに入り、時空短縮法を使いその作戦を終了させること』
『研究室のことは助教授に任せ、自分の手伝いをすること』
 男は深く静かな、それでいて有無を言わせないような力強い声で私に告げ、それからこう言った。
「拒否はできない」
 確かに拒否はできそうもなかった。各国の首相を抑え、統一大統領になろうとしている男は、現時点でのこの世界のトップだ。
私は、いくつかの質問を条件に引き受けると返答した。どのような返事が来るか恐ろしくはあったが、その申し出はすんなりと受け入れられた。
「いいだろう。答えられることには答えよう」
「はい。ではまず、レジスタンスはどのような人たちを指していますか?」
「まず。我々が統一政府を作るのは、惑星移民に必要なことだからだ。それはわかるだろう?」
「もちろんです」
「それにあたり、越えるべき壁がある。いったいなんだ?」
「国家間の問題でしょうか?」
「いや、違うな。我々は精神的進化の過程で人類忠心とでもいえる観念を育てた。各国の首相とすり合わせても、国家や人種・民族による問題はない」
「……なるほど、確かにそうかもしれません」
「貧困者は存在せず、人々が仕入れられる情報はほとんど偏りがなくなった。世界は何の格差も存在しないように見える。しかし、1つだけ他者と自分を差別する考えがある」
「……宗教観ですね」
「その通りだ、コシーロ教授。ほとんどの国と地域では統一に向けての活動は問題なく進んでいる。しかし、君も知っているとおり、ピンポイントのネックがある」
「やはりそうですか……反統一活動『赤い泪』」
「ああ、あの活動は宗教主体だ……まあ、言わなくてもわかると思うが。彼らの教えの中では、太陽に焼かれることが人類の運命であり、それこそが人類の救済だ」
「大きな問題ですね。すでに各国は『宗教からの離脱が統一のために必要である』と宣言しました。そしてあの事件が起こった」
「ああ、事前に何度も話し合いを通じて解決の道を探った。地球を彼らに受け渡し、星を渡る人々を見送ってくれという案も出していた。しかし結局去年4月に、あの事件が起きた」
「あの事件以来、あの宗教から抜ける人も増えていると聞きます」
「そうだ、迫害を受けやすい彼らは、我々統一側で保護している。特に女性が子供たちを連れて逃げ、我々のシェルターで保護するパターンが多い。そんな中で、やはりどうしても、教えを変えられない人々も多数存在している」
「そして、全人類を巻き込んで、滅亡の道に進みたいと」
「その通りだ、教授。残念ながら人類にはあまり時間は残されていない。我々は生き延びるために選び取らなければならないものがある。たとえ自らの手を血に染めることがあったとしてもだ」
「……我々が正しいと言えるのでしょうか?」
「そんなことは誰にも言えはしない。しかし、我々は生き残らねばならんのだ。そして、残された時間を考えるとそれ以外に手はない」
「……つまり、私が手を下すのですか?」
「誰がやる? 若者たちか?」
「いえ……」
「未来のある若者にそのようなことはさせてはならない。彼らには明るく輝く道を進んでもらう」
「そうですね……」
 やっと男の言いたいことが分かった。若者たちに光の道を進ませるために、私に漆黒の深い闇の底を歩けと言っているのだ……。
 研究室の彼らの顔が浮かぶ。まどろむように『泳い』でいる、あの子たちの顔だ。
 ……大丈夫だ、私は大丈夫だ。
「……わかりました。私にできることであれば、やらせていただきます」
「そうか、先に言っておく。君の入るチームは『せん滅』だ。『赤い泪』はあるエリアにいる。精密な情報で、幹部クラスは1人残らず全員、そして狂信的な信者を中心にほとんどの信者がそこにいる。いや、違うな。全員と言ってもいいだろう。彼らは棄教ききょう(宗教を手放させること)を許してはいない。信者を抱え込むことに執着している。すべての信者はそこに集められ、少しでも背くものは更生なり処分なりを受けているだろう。それほどまでに、『赤い泪』は強硬な行動に出ている。追い込んだともいえるし、守りに入ったともいえる。彼らは『熊が穴』に入っている状況だ。外部からのアプローチは拒絶。電子防御も完璧だ。しかも、エネルギー供給施設や食料工場を持ち、自給自足のできる『籠城ろうじょう』だ。彼らは時間稼ぎこそが最善の手であると知っている。このままいけば、太陽で焼かれる前に、人々の気持ちは損なわれ、更なる混乱や暴動にも発展しかねない。そして、思った以上に時間はないかもしれない」
「そうかもしれませんね」
 私は状況を把握するため、『せん滅』以外のチームについても聞いてみた。
『調査』『保護』『交渉』『遊撃』『治癒』があり、『調査』『保護』『交渉』はそのままの意味合いであること。現在においてはもうすでに『交渉』はほとんど機能していないこと。『遊撃』はテロ対策。『治癒』は棄教者のケアをする役割であること。今は『治癒』が最も大きく動いているらしい。彼らは元信者であり、今は1人でも多く救いたいという使命感で、その作戦にあたっている。ということだった。
 男は私を見据えこう言った。
「『せん滅』が突くべきポイントは、彼らが鉄壁だと思っているその裏だ。内部からの破壊を行いたい。事後に関しては、情報操作で内部事故という形に処理する。そのために君には地球上で、モノを移動できる『時空短縮装置』を用意してほしい」
 私は目を瞑って考えた。
 地球上でのモノの時空短縮。それはとても難しい技術だ、ノボーでも無理かもしれない。だが、原理を理解した今の私ならたぶん可能だ。
 しかし、それに私は耐えられるだろうか? 
 暗闇の道を行く。それは血塗られた道だ。誰かがやらなければいけないこと。でもそれを実行することは、大量の命を奪うことを意味している。しかしだからこそ、彼ら若者たちには絶対にやらせてはいけないことだ。
 私しかいない。いや、私はきっとそういう役割であの研究所にいたのだろう。私の元に集まったと思っていたが、私も召集された1人だったのだ。
 人々を救おうとしていたこの手を血で染めるのか……。
 しかし選ぶしかない。一部を切り離し、全体の未来を勝ち取るために……。それこそが、私があの研究室に集められた理由であり、予言の一端なのだろう。
 私はノボーの『世紀の発見』に負けないぐらいの『技術革新』をおこなう。そして、それは使ったその時に、闇に葬り去らなければならないものとなる。……それを惜しいと思っている自分がいる。
 ……卑しい科学者のエゴだな……
 瞑ったままの瞼の裏に、彼らの健やかな笑顔が見える。……誰かが彼らを守らなければならない。そして、それは私たち大人の役割だ。
 ……大丈夫だ。
 大丈夫……私なら大丈夫だ。
「わかりましたお受けします。その代わりと言ってなんですが……科学者としてもう1つ聞きたい」
「何だ?」
「あなたのその後頭部のコード。あなたは純粋な人間ではありませんね」
「ほう、さすが『宇宙の果てを知る男』と言われる程の男だな。そうだ。俺は従来の人間ではない。いや人間ですらないと言った方がいいのだろうか」
「どういうことかお教えいただけますか」
「君が少年のころには、すでに人が太陽から逃れるためには、この鈍化した進歩の速度では全く間に合わないということは予見されていた。……そのまま指をくわえて待っているわけにはいかんと思う人間もいたんだ。彼らは人柱を用意したんだよ。新しい世界を作るための……まあ、その話はいい。
私はこの館そのものだ。私は大きな1つの装置なのだ。オンラインの世界に、自らの意識をすべて同化させることが可能な存在だ。オンラインということは、脳内チップの先にすべての人がつながっている。これは、俺を介して、完全に人々とコンピュータがつながった状態になっているということだ。そしてそこにある人の意識集合体は、地球そのものにつながっている。そこでは、星の声を聴くことができる。星の声は過去も未来も語っているんだ。俺は地球と会話し、やり取りをしているんだよ。まあ、どれだけ言っても、理解はできないとは思うが? 人である限り、たとえ本当に『宇宙の果てを知る男』だったとしてもな」
 シー、『彼女』も同じことを言っていた。
「それではS・H・Eは!?」
「察しがいいな。せっかくだから覚えておくとよい。コシーロ教授、これから俺と同じく深い闇を行く同胞として。S・H・E、『彼女』は俺が作り出した。俺と同じ感性をもちながら、しかし光の下を歩く地球の子だ。『使徒』としての役割を果たすべき存在であり。ある意味では人類が生き延びるためのいけにえとも言える。
地球だ。S・H・Eは本当の意味で地球の子だ。その触媒を俺は地球から受け取ったよ。俺はそれを『地球のかけら』と呼んでいる。実際、地球が『私のかけら』と言って渡してきたからな。俺はそれを基にS・H・Eを作り出した。地球は女性だ。だからS・H・Eは女性なんだ。理解できなくともこれ以上は説明できないがな」
 部屋に沈黙が流れた。
 話はここまでだ、という意味だろう。
「最後に1つだけ教えてください。あなたの、あなたの名前は?」
 10秒、間があった。超出力を持つ頭脳で10秒とは、考え込んでいるのだろうか?
 彼は口の端を持ち上げてから、その口を開かずに、私にテキストを送り付けた。

《過去を捨ててからは、自らを『ゼン』と名乗っている。が、かつて俺はこう呼ばれていた。……ボローだ、ボロー・タカバタケ。》

 私は放心した状態で、来た道をそのまま巻き戻したように、自らの研究室に戻った。
 

 改めて見る研究室は、本当に穏やかだった。機材しか転がっていないそんな部屋。
 たくさんの学位研究員がここを巣立っていった。彼らは一様に光を背負って、輝く笑顔を残し、私の前を通り過ぎていった。
 光があふれている。
 見渡した部屋の中では、S・H・Eたちがまるで陽だまりの中でお昼寝をしているかのようにS・W・I・Mをしていた。
 その隣では、ユミがオンライン上で何かのやり取りをしているようだ。私は試しに「治癒」と言ってみた。ユミの体がビクリとその言葉に反応した。
 暫くの沈黙の後、ユミはゆっくりと振り返って、いつものようににっこり笑う。私も微笑み返してから、外を見た。
「まぶしいな」
「えぇ、私たちにはまぶしすぎるわ」
 ウインドスクリーンの外では、膨張を進める昼過ぎの日差しが、地球を優しく暖めていた。
 
7章 終

👇【8章 まとめ読み】6月23日 11:00

【登場人物】

コシーロ・ガート

研究アカデミー世界最高峰と言われるAC.TOKYO筆頭教授。

ユミ・クラ

コシーロ研究室助教授。コシーロとは婚姻関係。

ゼン(ボロー・タカバタケ)
統一政府の初代大統領となる男。

ヤマバ・ムラ

世界企業リコウ社から来た、現場引き抜きの研究員。

マリー

βチルドレンで、ヤマバと共に過ごす。6歳で永眠。

ノボー・タカバタケ

ワープ理論『時空短縮法』を発見し人類を救った天才科学者。

S.H.E(シー)

【使徒】として地球の意志を聞いたスーパーAI。

アンジョー・スナー

ノボー・タカバタケのかつての研究仲間。10年来の付き合い。

語句解説】


【本編連載】※ビジュアル有


【4つのマガジン】

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