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【#32】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】
【本編連載】#32
【9章 祈り】
SIDE(視点):ユーリ
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『西暦3200年 地球にて』
西暦3200年。私は18歳の時、1人の女の子を産みました。
人工子宮普及率100%のこの時代の中で、ありえないとされていた自然分娩。そして、20歳未満の母でした。
リスクの高いこの2つの行為は世界中で罪とされていました。特に私たちの教えの中では神に背く行為として、大罪とされていました。
出産が終わるのを待ったうえで。私は罪人となりました。
宗教団体の圧力もあり、私はチルドレンの退所だけではなく、市民権を剥奪されることになりました。
それは私の祖国であるこの国では、最も重い国外追放を意味していました。私の娘も同様の罰を受けることとなりました。
宗教団体は大きな力を持っていました。小さな祖国は、この事にはできるだけ触れず、無かったことにしたかったのだと思います。全てのことが、内密に進められていました。
しかし、そんな私に手を差し伸べてくれる人が突然現れました。
彼は自らを「ゼン」と名乗りました。
彼は世界の要人らしく。すでにいろいろなところに手をまわしていました。
ゼンの話によると、私はネオジャパンで新しい人生を歩むことになっていました。
眼の色と髪の色を変え、年齢も名前も変え、外部からのアクセスを欺くために記憶情報も改ざんされるそうでした。
娘とはほとんど会えないまま、引き離されることが決まりました。
娘がどこに行くかは教えてもらえませんでした。
娘との別れの時。私は最後に、娘を抱き上げることを許されました。
抱き上げた娘はとても小さくて、柔らかくて、いい匂いがしました。
金色の髪と金色の瞳は私にそっくりでしたが、顔立ちはあの人の面影がありました。娘を自分の子供だと認めてくれなかった、もう二度と会うことのないあの人。あの人は組織も信仰もやめることができない。私はそれを、しょうがないことだと受け止めました。
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ゼンが「ユーリ、子供の名前はどうするんだい?」と聞いてきました。
そう言われた時、私は初めて、娘に名前さえ付けていないことに気が付きました。
私は1番好きな花を思い浮かべ、娘にこうささやきました。
「マリー、マリーゴールドのマリー。金色のあなたにピッタリの名前だわ」
「うん。いい名前だな」
ゼンは腕を組み、うなずきながら、そう答えました。
それからの日々はあっという間でした。
私はチルドレンに入ることなく。髪と眼を黒くし、年齢を2歳繰り上げた20歳として、ネオジャパンTOKYOにあるAC.MUSASHINOの学位研究員となりました。得意だった音楽史と笛科への配属でした。
私邸で育った、かわったなまりの英語を話す、変な子。
それがそこでの私の立場でした。
それでも大好きな音楽に触れ、まじめで謙虚なネオジャパンのみんなと過ごすことは、とても楽しく、幸福な時間でした。
すべてを忘れ新しい人生があるのだと思いました。
祖国のことは遠くかすみ、心も言葉もジャパニーズになったと思った頃、ゼンが私のところにやってきました。ネオジャパンに来て6年の日々が過ぎていました。
「マリーが死んだ」
最初、私にはゼンが何を言っているか分かりませんでした。しばらくしてから、やっと声が出ました。
「……どういうことですか?」
「そのまんまだ。マリーは死んだ。6歳だったな」
突然すぎて、私は何も考えることができませんでした。
「信じられない……」
私はマリーが死んだことを理解することができませんでした。
そして私にはマリーの顔を思い浮かべることもできませんでした。
その事実に私は言葉を失いました。
私が正気に戻るのを待っていたのでしょう。
しばらくしてから、ゼンが私に向かってこう言いました。
「ところで1つ提案がある」
私は返事もせずに、ゼンのほうを見ました。
「君の娘の遺伝子を保管している。君の娘のクローンを育成しようと思っている」
ゼンはとんでもないことを言いました。
「正気ですか?! 知っての通りそれは人類のタブーですよ!」
「まあまあ、タブーを言うなら君は2つも犯しているだろう?
でも、君は普通に生きて当たり前のように日常を送っている。
いや、君を諫めているのではない。
いいかい、地球はそんなことは禁止していないんだ。俺たち人間が勝手に自然の摂理を歪め、自分たちの都合のいいように解釈しているだけだ」
「……でも、どうしてクローンを? 何の必要があってそんな事をするんですか?」
ゼンは口の端を上げるように笑いながらこう言いました。
「人類が生き残るためさ。地球の声を聴き、予想された未来を逆算する限り、君の娘が必要になってくる。
君の子も人類存続というパズルの一枚のピースになるんだ。そしてそれは君も同じだ。同じ運命を背負い、君と君の子はいつか共に歩むことになる」
「……私は、またあの子に会えるというの?」
「あぁ、我々が人類存続という道を選ぶ限りは、そういう流れに世界は進む」
ゼンの言っていることに分からないところもありましたが、この先またあの子に会える可能性があるということだけは理解ができました。
「……私はいったいどうすれば良いのですか?」
ゼンは、また口の端を上げ私を見ました。
「2つある。まずは、マリーのクローンを生み出すことを理解すること。これには君の承諾はいらない。
もう1つは、いつか君がマリーのクローンに会ったときに、自らが母親であること。父親のこと。本人がクローンであることを言わない。これは誰に対しても一切知らせてはならない」
私が親であるなんて言う資格は、私にはあるわけがありませんでした。
私はゼンを正面から見て、返事をしました。
「わかりました」
「OK、それでは改めて君の記憶情報を触るので俺の館に来てもらおう。念のため言うが、記憶情報の改ざんといっても外部からのアクセスに対しての改ざんのみだから、くれぐれもマリーの件は口にしないように」
この国の政府関連のものと思われる自動運転が上空から下りてきました。ゼンはそちらに向かって歩いていきました。
「そうそう、ところで」
ゼンは振り返り、あの時と同じ口調でこう言いました。
「子供の名前はどうするんだい?」
名前?
私が? 私が付けるの?
そう、私が私の子に1つだけプレゼントができるのね。
いつか出会う私の天使に。
そう、それは私たちの教えでは、こう発音するのよ。
「アンジョー」
「『天使』か……その発音。そうか、君はあの組織の流れを組むんだったな。そうか、そうだったな」
私は空を見上げました。
アンジョーあなたに会うということは、マリーに会うということと同じなのね?
一度でいいから、その髪に、その頬に触れさせてほしいわ。
「ゼン、私があなたとの約束を守れば、世界は救われるのね? 人類は存続するのですね?」
「その予定を実現するために俺は動いているつもりだが?」
「わかりました」
マリー、アンジョー。私は、私のすべきことをします。
「ゼン、私をコマの1つだと思ってください。最善の方法で、必ず成功させてください」
「これは頼もしい。お言葉に甘えさせてもらうよ。まずは、世界の天才たちのパイプでもつないでもらおうか……まあ、いい。とりあえず、まずは記憶の処置だな」
私は自動運転に乗り込みました。
動き出した自動運転からは、外が見えないようになっていたので、私は目を瞑ることにしました。
目を固く瞑り、コブシを重ねて祈りの姿勢をとりました。
(神様、マリーの冥福を祈ります。アンジョーあなたの新しい命に祝福があらんことを……)
「ユミ・クラ」
突然、ゼンが今の名前で私を呼びました。
「君にはその祈りと、神を捨ててもらうことになる。かつて名前を捨てたようにな」
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私は何も考えず、その言葉をそのまま受け止めました。
「それが、世界の存続に必要なら、私は背信者となり咎立を受けます」
「OK、物分かりがよくて助かる」
私は再び目を瞑りながら、シートにもたれかかりました。
どこに向かって進んでいるかわからないまま。それでもすべてを受け入れようと思いました。
その道の先に、あの子がいるのであれば。そして今度こそ、あの子と一緒にいられるのであれば……。
私は、今度はコブシを重ねることなく、その未来に向けて、ただただ祈りを捧げ続けました。
#33👇
6月24日17:00投稿
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【相関図】
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【語句解説】
(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)
【1章まとめ読み記事】
【4つのマガジン】
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