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【#35】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品

【本編連載】#35

ボロー・タカバタケ
  『西暦3175~3200年 地球にて』


 ノゾミはすくすくと育っていった。ノゾミはその体つきが成人と同じぐらいになったころ、ジャパニーズの伝統芸能『オマンザイ』にのめりこむようになった。
 やがて彼女は『カンサイベン』を覚え、俺に『オマンザイ』の相手をするように要望した。

 ノゾミは笑った。
 何の知識も与えられていない『彼女』は、その感情を自らで勝手に育てて、ただただ素直に笑い転げていた。
 感情は外から作られるものではなく、内側から自然と生まれてくるものだった。

 笑いと言うものを、俺はノゾミを通して理解した。
 ノゾミの笑顔と笑い声が、繰り返す波のように、何度も何度も俺の中を揺さぶり続けた。
 それは脳ではなく、違うところで感じるものだった。俺のような作られた命にも、心は確実に存在していた。

 ある日ノゾミは、その小さな顔に似合わない、黒の大きな眼鏡をつけた。きっと『オマンザイ』のヴィジョンの真似なのだろう。

「笑いは、人間らしさの賛歌ですわ!」
 そう言って、ノゾミは眼鏡を人差し指で『クイッ』と上げ、そして笑った。

 3198年。新しい世紀が目の前に来ていた。
 俺とノゾミの穏やかな日は終わろうとしていた。

 新しいスタートに対し、Dr.タカバタケと、ガバナは、自らの身体を機械化することを私に命じた。
 そして彼らは、「まもなく計画を実行に移す」と言った。

 機械化後のある日、彼らはノゾミをどこかに連れて行った。俺はそれを拒否しようとしたが『従順の証』がそれを許さなかった。

 3日の時が過ぎたとき、2人は俺を生命製造室に呼び出した。そこには彼ら2人がいるだけで、ノゾミの姿はなかった。

 Dr.タカバタケは、私に言った。
「いよいよこの時が来たのだ。お前が新人類を生成する時が。そしてこれからその新人類が、新しい理論を作り出し、星を超え、新天地に我々を導くのだ!」と。

「はい、もちろんですDr.タカバタケ様。それでノゾミはどこに行ったのですか?」

「ああ、無事に実験は成功したよ。デザインドヒューマンの遺伝子から『量産』が容易であることが証明された」

「Dr.?」

「デザインドヒューマンの遺伝子なら、そこに大量にある。ワシの編み出した方法と、ノゾミの遺伝子、そしてお前の『人の錬成』の技術があれば、新人類の『量産』は簡単に行える」

 Dr.タカバタケの言っている意味が全く分からなかった。
「Dr.タカバタケ様、ノゾミはどこにいるんですか?」

「だからそこにあるだろう。その塊だ」
 その透明な容器には、赤茶色のこぶし大の肉塊があった。
 Dr.タカバタケのその言葉が何を示しているのかわからなかった。

「Dr.タカバタケ様。俺はどれだけでも新人類を作ります。ノゾミは、ノゾミはどこにいるのですか?」

「お前の理解力はそんなに乏しかったか? ノゾミの役割は遺伝子の増殖だ。それだけの量があればいくらでも作れるだろう?」

 そして俺はやっと理解した。そこにある『それ』がノゾミであるということに。

 俺の中で何かが破壊されていた。気が付いた時、2人分の脳の破片が足元に飛び散っていた。彼らは、脳を生かしたまま体だけ機械化していたのだ。

 俺は塊となったノゾミをその透明な入れ物から、そっと手に乗せた。それは保管用に冷たくなっていた。俺はそれが朽ち果てないように、すぐに冷凍し状態を安定させた。

絶望とは何の名だ?
 死とは何の名だ?
 命とは何の名だ?

 その日から、俺はその遺伝子を取り出し、何度もノゾミを作ろうとした。しかしそれはどれだけやってもうまくいかなかった。何度も過去のやり方を試し、オンラインの海から見つけた考えうる可能性を試してみたが、俺には『彼女』を再び作り出すことはできなかった。

 俺はノゾミの言葉を思い出していた。
「ボローな。ウチな、次生まれ変わるとしたら、虫になんねん。虫になったら、なんも悩まんでええねんで、ボローもそうしーや。そんで、なーんも考えずに、ただ生まれて、ただ生きて、ただ死んでいくんや。
だからな、ウチはもう人間には生まれへんねん。そう決めてん」

 結局俺には、ノゾミを作ることも、捨てることも、あきらめることもできなかった。ノゾミ遺伝子をただ保管することしかできなかった。

 俺の中には『従順の証』はもうなかった。俺の中で何かが破壊されたときに、それは外れ、そして2人の狂人の脳を打ち砕いたのだろう。
 俺は自分が狂っているのか、ヒトが狂っているのか、世界が狂っているのかわからなかった。どれだけ俺が苦しもうと、人々はただただ『食』と言う快楽に身をゆだねていた。
 ガバナとDr.タカバタケが作り出そうとした新人類が憎いのか、今の人類が憎いのかわからなかった。
 それでも俺の中には『従順の証』をなくした後でも、『人類を新しい惑星に導き、その命をつないでいく』という、遺伝子にデザインされた『存在理由』が残っていた。

 俺はもう一度、地球に潜った。
 そこに何かの答えを求めていた。
 皮肉なものだ。
 そんな俺に地球は自らの『かけら』を渡し、「人類救ってくれ」と言った。
 それから地球は俺に1つの提案をした。
 それは『俺の遺伝子とノゾミの遺伝子を掛け合わせる』ということだった。

「そこから生まれる新しい命が人類を救う」と地球は言った。

 俺には何が正しいのかわからなかった。
 ただ一人、生命製造室で何日も過ごした。
 見つめたその先には、遺伝子だけになったノゾミがいた。

 俺は立ち上がると、地球の言うとおりに、2つの遺伝子を掛け合わせた。
 そして借り物の名前を捨て、ガバナのいた席に座った。



「『ぜん』と『あく』ボローはどっちになりたい?」


断章1 終

#36👇

6月27日17:00投稿

【語句解説】

(別途記事にしていますが、初回登場語句は本文に注釈してあります)

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