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【序章-1章まとめ読み】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】

【創作大賞2024参加作品】

#恋愛小説部門

Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民

2部構成。全13章。13万文字。
掲載は【連載』の各章が終わるタイミング。完結:7月23日を予定。
この【まとめ読み記事】は書式を一般小説に合わせています。

【本編連載】は小説の内容は一緒ですが、以下の2点が異なります。
 ・web小説にあわせ、段落や改行を多くとっています
 ・キャラクタービジュアルがあります

【あらすじ】300文字

3200年代、太陽膨張による人類滅亡へのカウントダウンは始まっていた。

3220年春。AC.アカデミア.TOKYOトーキョー(※)の研究室に集った5人。
彼らは『星の予言』を進めるべく使命を受けた【使徒】スーパーAI『S.H.E.』により、意図的に集められた運命の子らであった。

研究室の目的は太陽膨張による人類滅亡回避『惑星移民』。
天才ノボー・タカバタケにより時空短縮法(※)』が発見され人類は新星『エリンセ』への惑星移民を成功させた。
しかし、その中心となったノボーとS.H.Eは引き裂かれる運命にあった……

『人々が恋を無くした3200年代』に起こった、恋の物語。
その裏に隠された真実とは?

※AC.(アカデミア)
研究を中心とした上級教育機関

※『時空短縮法』
ノボー・タカバタケが発見したワープ理論

※『時空短縮装置』
惑星間移動を可能にした装置


【まとめ読み  序章-1章】約10000文字


~この物語は、私たち生きているこの地球の、未来の話~

【序章 始まりのシグナル】

《人々がついぞ星を捨てる時代の話。
『彼』と『彼女』の出会いは、人々には新しい始まりであり、
『彼』と『彼女』にとっては終焉の始まりだった。

始まりにはその合図がくる。
何の始まりなのか。
人の歴史の新しい始まり、『惑星移民』の始まりだ。
因果というものはどこまでも遡ることはできるが、その直接の始まりは『彼』と『彼女』の出会いであったと言えるだろう。
合図とは?
それは『彼』と『彼女』の出会いの時に改めて語ろう。
それは奇妙であり、ある意味では凡庸でもあり。
しかし、それは人類の運命を変える出来事だった。

星はこんな歌を歌った。
「始まりと終わりには合図のシグナルが鳴る。その日は突然やってくる」と。

『若き天才たち』『優しき大人たち』『AIたち』、そして『惑星』が織りなす、美しき命の物語を、ここに記す》

【前文】

 3200年代。3200年代。かつて太陽の膨張により地球上の生命が絶滅するのは5億年先と予想されていた。しかし3000年ごろから太陽は狂ったかのように膨張を始めた。
 太陽膨張による地球滅亡のカウントダウンはすでに始まっており、地球上で人類が生き延びることができるのは100年が限界と言われていた。
 そんな中、ネオジャパン(※)出身の若き天才科学者Dr.ノボー・タカバタケと、その仲間たちは、3223年に、遠方への惑星移動を可能にする『時空短縮法(※)』を発見した。

※『ネオジャパン』
2024年現在の日本とほぼ同じ領土である。
国境間にパスポートが不要になったので、様々な国の人が行き来している。首都はTOKYO。

 他方、世界終末のムードが漂う中、『惑星移民』に向けて世界は1つの大きな政府、『新星統一政府』樹立に向けて動きだす。
 新政府樹立に向けて様々なトラブルがある中、AIに関する衝撃的な法律が生まれた。

・AI新法
「ボディ(人間的肉体構造)を持った、あるいはそれに関与するAIすべての地球破棄(停止状態)」
 当時は人口を超えるAIが存在したが、その多くが停止・破棄の対象となった。
『新星統一政府』の設立が進むと同時に、Dr.ノボー・タカバタケたちを中心に『時空短縮装置』の開発、宇宙船の制作は順調に進み、『惑星移民』の一大プロジェクトは、3229年に完了した。
 無事、人類は新星『エリンセ』にて、新しい希望の未来を紡ぎ始めた。

《どうだろう?
人類が新しい星にたどりついたとき、天才たちの物語は終わったのだろうか?
否。どうやら幕は下りておらず、今まさに彼らの物語が、彼ら自身によって語られようとしている。
その物語、願わくは最後まで聞いてくれ。
語り手は複数。
物語は人々がすでに星を渡ったところから始まる》

[第一部]

【1章 僕が語る僕の話 (視点:ノボー・タカバタケ)】

西暦3230年(新星1年) 惑星「エリンセ」


クロックカレンダー(※)は新星1年12月1日の白日(西暦3230年11月1日)、10:30を示している。
 目標の日まであと少し……。
 政府から提供されている部屋は広かったが、その部屋の中にはほとんど何もなかった。なんでも好きなものを要望してくれと言われていたけど、この星で欲しいものなんて何もない。
 頭の中で、クロックカレンダーの数字を何度も繰り返しながらテーブルに肘をつき、僕は政府との約束を思い出していた。
 新星統一政府の誕生、すなわち人類の惑星移民開始から、地球暦換算で既に1年10ヶ月が経過していた。残り55日。それが、僕がお願いした政府との約束の期限だった。

※『クロックカレンダー』
脳内に入れられたチップにより、日にち・時間が把握できる。
また、アラーム機能など様々な機能がついている。
距離のある場所への連絡の時に、時差の把握にも便利。

 惑星エリンセ(Elimssehs)
 命名は僕がした。
 ここは地球から1290光年。
 これまでの人類の考え方であれば、まず到達することはできなかった。もっと言うならば移民の検討・調査も不可能だった。
 7年前、僕たちの研究室が『時空短縮法(※)』を発見した。その後、装置の開発・運用までおこなったことにより、人類は危機的状況を脱し、この新天地に来ることができた。
 誰もが知る通り、遠くない未来に太陽は膨張を始め、生物は死に絶えるはずだった。それはずいぶんと昔からわかっていた事だった。
 こと『時空短縮法』に関しては僕が『彼女』と一緒に作り上げた理論だ。そんな功績を考えると、命名権程度は僕にとっては特権でもないだろう。
 そして、僕は『新星統一政府』に1つだけお願いをした。
 そのお願いとは『地球に1人で帰る』ということだった。
 政府内部では反対の声が多かった。地球を救った科学者が狂ったと言われていたようだ。反対の裏側には恐怖があったんだろう。確かに世界屈指の頭脳と呼ばれる人間を、1人地球に野放しにするのは危険だと言われてもしょうがない。
 政府は僕に条件を出した。
『従順の証』受けること。
『従順の証』とは元来罪人に課せられる脳内施術であり、もともとはAI・ロボットが人間に反逆をしないために作られた観念である。

『従順の証』
AIが驚異的に伸び始めた2030年頃に確立されたシステム。
AIには人類の知能を凌駕し、自己防衛意識を持ち、人類を滅亡させる恐れがあった。
『従順の証』により、AIの進化にはブレーキがつけられた。
AIは人の代わりにタスクをこなし、労働を担うようになった。
しかしどれだけAIが演算機能の能力を上げようとも、『自己進化』はできないようにした。
その結果いわゆるAIによる『シンギュラリティ』は、3230年現在でも起こっていない。
『従順の証』は人間や動物にも応用が可能で、
人間が管理すべく動物や、危険思考を持つ人間には、その施術が行われた。

 僕は政府に従属する形で、脳内にその“証”を受け、出発の日まで惑星開拓に従事することを条件に、片道分の時空短縮装置付きのロケットと地球への移住を許可された。同時に、勲章は剥奪され、正式な歴史から名前が消えると言われた。
『従順の証』も勲章も、そんなことは僕にとってはどうでもいいことだった。世界中の人々が新しい始まりを求めたように、僕は僕なりの終わりを求めて地球に行く。どちらにしろ、いつか人間には終わりが来るのだから、自分の人生の最後ぐらい自分で決めさせて欲しかった。
 美しい地球と『彼女』。僕にとってそれが美しいフィナーレになる。
 僕たちは皆、それぞれの役割を担って踊り続けている。僕は僕でうまく踊ったつもりだ。人類を救った。
 もう十分だろう?
 まぁそんな感じで、少しだけ僕のこと、それから僕が置かれている状況を語ろうと思う。

 まずはこの新しい星、エリンセ。
 この星の1日は48時間ある。サイズは地球の2.5倍だ。
 恒星は1つ、衛星は4つ。奇跡的に星の質量や惑星・衛星の影響等で重力はほぼ地球と同等になっていた。
 環境は地球に酷似していた。ただ、地軸にほぼズレがないので四季はなく、エリアによって生態系が分布していた。
 気候は(エリアによるが)住居するには穏やかこの上なく、そのうえで知的生物は存在していなかった。
 人類が移民するのに最適な条件がこの星にはそろっていた。
 惑星移民の際、政府により地球上の動物の持ち込みは禁止された。保存遺伝子のみ持ち込まれたが、エリンセ上における生態系やウイルスに対しての影響は未知数であり、今のところ新星上での地球生態系再現の予定はなかった。
 しかし、食料の確保として、酪農・食用の動物・魚介類と昆虫に関しては先発隊がすでに実験を行い、限定して工場管理していた。また植物も工場にて、穀物・野菜・果物・木の実・海藻も、同様に管理された。
 その中で、キノコ類はその繁殖力から再現を未定とされていた。キノコファンは多く、彼らはキノコの再現を強く希望していた。
 僕が非常に興味深いと思うことは、3230年にもなり、人類は惑星を超えるほどの進歩をしても、未だ『食』というものにこだわりを持っていることだ。いや、食だけではない。服装や伝統、生活様式。あらゆることを、人類は2000年の頃からほとんど変えずに続けていた。むしろ逆行している部分もある。
 ……人類は進化や進歩を否定していた。
 その原因は2100年ごろからだ。AIやロボットが発展することによって、人にはほとんどやることが無くなった。『非生命に人の歴史が奪われた』という作品は古典でも知られる名作だ。人々の寿命は長くなったが、目の前には、ただただ大量の空白の時間が与えられた。仕事や作業は人を縛り付けていたのではなく、人に動く原動力を、前に進む力を与えていた。それを失った人々は、進歩と進化を手放した。
 寿命が150歳を超えたころから、各国は尊厳死を全面的に解除するようになった。それが人々の望んだことだった。1000年以上経過して、今でも過去の行動を変えないのは、僕たち人類全体が『明日を求め、未来に進むこと』を止めたからだ。
 1800年から2100年にかけて、前へ前へ、上へ上へと成長し続けた『人類開花のフロンティア』と呼ばれたあの時代を、人々が今でも懐古しているからかもしれない。それともヒトという種族はすでにゆっくりと絶滅に向け歩いているのだろうか。
 それでも、人は手に入れた便利さを手放すことはできなかった。人々がどれだけ望もうと、時間は後ろには進んでくれなかった。ヒトは繁殖活動を鈍化させ、いつしか恋という概念すら無くなった。それが、僕たちが2200年以降、1000年間続けてきた時代だ。人はリスクを負うことなく、人工子宮で人を増やす。でも、増やす意味さえ、もうすでに失われているのかもしれない。
 何もすることがなくなった人々がすがったのは、食事という快楽だった。人々は長い長い時間の中で、食事というものに特別な情熱を注ぐようになった。過去からの料理の歴史は、その姿を変えることなく、大切に受け継がれていた。
 かくいう僕も食にはこだわりがある。小麦粉から作られるパスタと呼ばれるもの、特にオリーブオイルと生トマトを使ったものがたまらなく好きだった。パーティーや祝賀会がある際は、必ずと言っていいほど、リクエストをしていた。
 仲間と一緒に、酒と食を楽しむ。それが人々に残された心の慰めだった。
『エリンセ』と言う名の新しい星が、人間に与えた恩恵は、24時間という生活サイクルを保つことができたことだ。
 この星の1日は48時間。地球の2倍の時間がある。それでも、4つある衛星の1つ『大月おおつき』は恒星とまではいかないが、かなりの明るさを持っており、これが恒星ときれいに24時間で入れ替わるように、この惑星の周りを公転していた。つまり、人間の24時間の生活スタイルはそのまま維持することができた。
 こういう奇跡的な偶然の重なりを見つけると、科学者である僕でさえ『神』という存在を考えてしまう。
 皮肉なことに、僕達が星を渡った時に、人は神と別れを告げていた。どれだけ時代が過ぎても途切れることのなかった宗教。それは超越的な存在に畏怖し、救いを求めるという、大きな拠り所だ。そしてそれは、後ろ向きに歩む人々を支える、大きな一端を担っていたはずだ。それでも、太陽を振り切ったと同時に、僕たちはその太古から続くその人間らしい価値観を捨てざるを得なくなった。
 新星統一政府になるとき、人々が宗教との別離を決めたのは、『宗教的大規模テロ』により100万にも及ぶ同胞を失うという、悲劇を経験したからだった。
 そして、その実行はボディを持つAIによって行われた。
 新星統一政府発足の後、宗教色のある言動は一律制限を受けた。そしてボディに関与するAIは一切合切まとめて永久追放(地球上に停止破棄)となった。
 AI新法は、人間に罪人が出た時点で『ヒトという種族全員に有罪を言い渡す』のと同じぐらい荒唐無稽なものだった……が、今ここで文句を言ってもしょうがない。
 ちなみに恒星の24時間を白日はくじつ。大月の24時間を青日せいじつと呼ぶ。地軸にズレがないので、日中は季節に関係なく、日の位置で大体の時間がわかる。
 言語に関しては、世界言語『エスパス』が公用語とされているが、ほとんどの人間はそれを使っていなかった。いや、使う必要がなかった。何故なら完璧な翻訳システムが存在するからだ。
 僕とAC.アカデミア.TOKYOトーキョー時代の仲間は、今でもジャパニーズを使うが、結局のところ脳内チップが言語変換をしてくれるので、会話や読み書きには何の問題もない。

 この惑星の自然も、ここから見える恒星も衛星も、奇跡的な確率で、この場所に存在していた。
 でも僕の心は、それらを美しいと感じることができなかった。いや違う。地球ほどの美しさを感じないと言った方が正しい。
 きっと今という時間にピントが合っていないんだろう。それは、僕がこの星での未来を見ていないからだ。
 それさえ置いておけば、日差しが水たまりを乾かすように、僕も人々も、新しい生活に次第に体を馴染ませていった。


 脳内時計が11:00のシグナルを発した。休憩の合図だった。
 本来なら働いている時間だが、今日は休みだ。
 「残り55日……」1人そう呟きながら、自室で地球文化遺跡についての調べものをしていると、扉がベルもなしに突然開き、かつての研究室仲間のアンジョーが入ってきた。
「Dr.タカバタケ!」
 その耳に刺さるような高い声には、不穏な響きがあった。
「アンジョー、外部回線は切れているし、公の場でもない。いつも通りノボーでいいよ」
 アンジョーは頭を振りながら、大きく息をついた。走ってきたのか息が荒い。アンジョーは大きく息を吸ったあと、早口で話し出した……彼女が早口になるのは良くない兆候だ。
「ねえ、ノボー。あなた何を考えているの?」
 その声は同情と怒りの、両方の色を持っていた。どちらの感情を選べばよいか彼女自体が迷っているように聞こえた。
「えーと、アンジョー、どうしたんだ?」
 間違えないように言葉を選んだつもりだったが、その言葉はアンジョーの怒りの色を濃くしてしまったようだ。きっと、僕はまた言葉を間違えてしまったんだろう。
「どうしたもこうしたも、地球に戻るってどういうこと? しかもすでに“従順の証”もあるってどういうことよ!」
 アンジョーには、そのことは秘密にしていたんだが、いったい誰から聞いたんだろうか?
「アンジョー落ち着いて、誰に聞いたんだ?」
 間髪入れずに帰ってきた言葉は完全に怒りの色に変わっていた。
「落ち着いているわよ! それに、私が聞いているの!」
 困ったことだが、こうなったアンジョーには、もう手が付けられない。

 アンジョー・スナーは、AC.TOKYO時代、同じ研究室での仲間だった。
 惑星移民宇宙船のプログラミングを担当し、地球を救った英雄の1人だ。アンジョーは小さいころからその才能を発揮し、飛び級の飛び級、本来20歳で入る世界最高峰と言われる『AC.TOKYO』に14歳で入所した。これは前代未聞だった。このことは当時学者界隈で結構な話題となった。
 彼女は他の人たちとは、育った環境が全く異なっていた。本来、世界中の子供たちは、生まれたころから『チルドレン(※)』という施設で集団生活になる。だが、アンジョーは私邸でAIだけで育てられていた。これは他に例を聞いたこともないくらい珍しいことだった。
 そのせいなのか、アンジョーの性格は、非常に不安定なものだった。人見知りなのかと思ったら突然攻撃的になったり、気が付いた時には静かに泣いていたりと、僕たちには予想ができないことが多かった。
 アンジョーは僕にはいつも、食って掛かるような言い方をした。ある日その理由を聞いてみると、僕のぼんやりとして、人の話をちゃんと聞いていないところが気に障ると言った。考え事をしているときの僕には、人の話が入ってこない。確かに一理あると思う。

『チルドレン(共通育成教育施設)』
出生~20歳までは一貫して、各国が管理し育成・教育をする。
施設での集団生活となり親との面会は可能であったが、一緒に住むことは禁止された。
世界の合計特殊出生率(以後、出生率)は2未満であり、子は宝。
相互監視と国の指導を導入し、ネグレクトや犯罪などから子供を守るよう、徹底的な管理体制が敷かれた。



 それでもAC.TOKYOの同期同門であり、もう10年も一緒にチームを組んでいたので、僕はアンジョーの起伏の激しさには、ある程度慣れていた。
 アンジョーのもう1つの特徴といえばブロンドの髪と金色の瞳だ。それはとても珍しく、人の目を引く。そしてその容姿は極めて美しいと言える。優秀、聡明、麗美。恋愛というものがある時代であれば、人気があったのかもしれない。

 アンジョーは深呼吸をしてから、もう一度僕に向かって言葉を発した。先ほどよりは少し落ち着いたように見えた。
「で? どうして?」
「どうしてって言われても、たいした理由なんてないよ。新しい星の環境に慣れなかった。そしてあの星は美しかった。それで十分だと思うけど、ダメかな?」
「あなたにとって、私たちのことはどうでもいいの? この星は? 仲間は?」
 今度は、急に声が大きくなった。アンジョーの感情のスイッチの音が聞こえる気がした。
「アンジョー、落ち着いて。僕にとってもそこはつらいところだよ。でも、もう十分に役割は果たしたと思っている。それに僕は政府を許していないからね」
 僕はできるだけゆっくり、穏やかな声でアンジョーに声をかけた。
 よく見ると、アンジョーのその目からは、今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。
「やっぱりそうなのね? 『彼女』のこと……今でも政府のことを怒っているのね。でも私たちは? 仲間は別にどうでもいいの?」
 急に弱々しくなった言葉に困った僕は、ボローとジョフクに助けを求めた。
「アンジョーはん、この人の『人でなし』は今に始まったことじゃないでしょう?」と、ボロー。きつい言い方と『カンサイベン』をインストールされているこいつは、オンラインタイプの携帯型のAI。
 即座に真面目なジョフクがフォローを入れる。
「ボローさん、そんな言い方ありません。博士には博士の考えがあってのことです」
 こっちはスタンドアローンタイプの携帯型AIだ。
 2機ともこちらに来る宇宙船のクルーであり、その時からの付き合いだ。気に入ったので政府から譲ってもらい、その後も一緒に行動している。
「ほぉ、じゃあどんな考えなんや?」
「それはわかりませんけど……」
「オタクはいつもそうやって偉そうに言うけど、何にも知らんしなあ」
「ボローさん、そんな言い方ひどいです」
「ちょ、ちょっとふたりともケンカしないで」
 アンジョーが止めに入った。AIの喧嘩なんかほっとけばいいのに、こういうところがアンジョーの優しいところだ。
「アンジョーはん、こんな人でなしとはホンマに、縁を切ったほうがええですわ」
「縁を切るも何も、もう関係ありませんから!」
 アンジョーはそう言い残し、走って出て行ってしまった。
「ボロー、ジョフク。助かったよ」
「お安い御用ですわ」
「ボローさん、それでもあの言い方はないですよ」
「まあまあ、落ち着いて。とりあえず、今日は休みだし、食材の買い出しがてらドライブにでも行こうよ」

 僕は胸のアタッチメントに2機を取り付け、自動運転装置(※)に乗りこんだ。もちろん指定空間内の通常運行だ。当然のことだが、惑星内での『時空短縮』は厳重に禁止されている。もちろん『時空短縮法』は一般技術ではないし、僕たちが作った『時空短縮』は宇宙空間でしか、理論上おこなうことは不可能だ。

『自動運転装置』
人を乗せ、地上・空中を移動する機器。
いろんな種類があり、カスタマイズが可能。
2000年代地球で言うところの自動車。
制限エリア内の自動運転のみ。 免許はいらないが登録が必要。
貸し借りなどは不可。

 でも実は、僕は想像していることがある。地球でのあの『いざこざ』を終焉させた組織が存在し、その際に『時空短縮法』を地球内で使ったのではないかと。
 僕たち研究室が開発したものは、そのようなピンポイントで使えるものではない。もしそのようなものを開発し実行したのであれば、世の中には僕たちの知らないとんでもない天才がいるということだ。僕の理論では地球上で人の『時空短縮移動』は不可能だ。繊細な人体は大気中の不純物と混ざるだけで機能しなくなる。『時空短縮法』は移動の母体(宇宙船などのシェルター)と移動先の環境が重要なのだ。しかし、その対象をロボットやボディを持ったAIで行うなら可能かもしれない。あるいは爆弾でも……まぁ考えてもしょうがない。いずれにしても強大な力は危険視される。それこそ僕が、そのようなピンポイント化された惑星内での『時空短縮』に関与していたら、地球に行くことなんか絶対に承認してもらえなかっただろう。

 僕は一番近くの政府指導の市場で、今夜の食事を物色した。
「しかし、人間は不便やなあ。食料をとらないと活動できない」
「ボロー。AIだってエネルギー供給があって始めて活動できるんだから、同じじゃないかな?」
「わしら排泄の必要がないでっからなあ」
「その減らず口がすでに排泄物」
「―――――」僕の胸でジョフクが『笑い』を表現していた。
「なあ、ボロー。ずっと気になってたんだけど、なんで『カンサイベン』なんだ?」
「あんさん、そんなことも知りまへんのかいな。ジャパンの伝統芸能の『オマンザイ』ですがな」
「あー……なんだっけ?」
「笑いですわ! 笑いを追求する、究極の芸能でっしゃろ! 人間らしさの賛歌ですわ!」
「人間らしさねぇ……」
 不思議なもので、AIと一緒にいると、何をもって感情か、何をもって生物と機械なのかわからなくなる。

『感覚と理解は何が違うの?』
『思考と想いはどこが違うの?』
 かつて『彼女』に言われた言葉が頭の中に、浮かんで消えた。

 手に入れた食料を持って、僕は自動運転を『帰宅』に設定した。
 新しい星の景色を楽しみながら……といいたいが、すでに居住区はその先に見える工場区を含めすでに地球のそれと変わりがないように見えた。
 地球と違うところは、一般人には指定空間の移動しかできないことだ。
 単一政府というのは発展期にはなかなか便利だが、自由はずいぶん制限される。しかしそれでも、数年前に多くの同胞を失うという『痛手』を背負った人々にとっては、全員で同じ開拓をしているという共通意識と、対立組織のない状況であるという安心感が、何よりもの心の癒しかもしれない。
「政府を許せない……か」
 言葉にしつつも、僕は僕の中にそんな感情など存在していないことを知っている。
 怒りとはどんな感情だっただろうか? アンジョーは『彼女』ことで、僕が政府に対し怒りを持っていると思ったようだ。確かに政府は僕やアンジョーにとって大切な仲間である『彼女』を地球に置き去りにした。でも、僕はもう何に対しても抗う気持ちが起きてこない。
 昔『彼女』が「感覚と感情が欲しい」と言ったとき、僕は「それを無くしたい」と答えた。
『AI新法』の全貌を聞いた直後だったかもしれない。
 感情がなければ、感覚がなければこの痛みはなくなるんだ。
 そう思っていた。
 でもいくら『従順の証』を受け入れようが、人が人である限り、心の痛みを消すことはできない。

 そう『彼女』だ。
『彼女』との出会いは衝撃だった。その知性と思考は、すべてにおいて僕のこれまでの考えを覆した。
 そして『彼女』との別れは、何よりも悲しかった。
 一番つらかったことは、『僕が悲しい』ということを最後まで『彼女』がちゃんと捉えてくれていなかったことだ。
 地球の死滅も僕にはどうでもよかった。『彼女』とすごし、『彼女』と生きることが僕の望みだった。

 ある日『彼女』は、僕にこう言った。
「ワルツって知っている? 昔の男女の踊りよ。曲が見つかったの。一緒に踊らない?」
 僕は運動音痴で、踊ったこと自体がほとんどなかったので、最初はうまくリズムに乗ることができなかった。でも、慣れてくると意外とスムーズに踊ることができた。それは数字を把握することに似ていると思った。
 3拍子といわれるリズム。
 1、2、3 
 1、2、3
 ズン、チャッ、チャ
 ズン、チャッ、チャ
「ねえ?」
『彼女』は軽快なステップを踏みながら、僕に言った
「ねえ、ノボー。上手に踊って。あなたは人類の希望なのよ。あなたがいないとみんな死んでしまうわ。ひとつひとつ、正しいステップを踏んで。あなたは踏み外さず、タイミングを間違えることなく、音楽に合わせて正しいステップを踏むことだけを考えて。そうしたら、私がその踊りが止まらないように、ちゃんと間違えなく、あなたを導くわ」
「でも……」
「『でも』は無しよ。私の望みでもあるの。あなたが生きること。あなたが笑うこと。あなたが優しい笑顔で笑うこと。そのために、私があなたを宇宙の遠くまでつれていくわ。わかって」
「でも…」
「ノボー、『でも』は無し。大丈夫よ、信じて。私があなたを救うから」

『彼女』が言いたかったことはわかる。
 そして、『彼女』の導き通り、僕は『ちゃんと』踊り続けてここまで来た。
 人類は『ちゃんと』救われた。
 でも……。

「笑って」と『彼女』が言った。
 笑えないよ、だめだ。
 だって、君がここにいないから。
「僕は笑えないよ」
 そう、今の僕には、君のその望みは叶えられそうもない。

「……博士、博士」
「博士、博士、大丈夫ですか?」
 ジョフクの声が聞こえる。
 そうか、自動運転の中だった。
「あ、うん。大丈夫」
「せやかて、泣いてるやん」
 右手で頬にふれると、そこは確かに涙で濡れていた。

👇【2章-3章まとめ読み】6月6日 11:00投稿

2章 ➡3章
4章
5章
1部 エピローグ ➡2部 序章
6章
7章
8章
9章
断章1
10章ー1
10章ー2
断章2➡11章
12章
13章 ➡ 終章

【登場人物】

ノボー・タカバタケ

ワープ理論『時空短縮法』を発見し人類を救った天才科学者。

アンジョー・スナー

ノボー・タカバタケのかつての研究仲間。10年来の付き合い。

【語句解説】


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