見出し画像

【断章1 まとめ読み】Dr.タカバタケと『彼女』の惑星移民【創作大賞2024参加作品】

【まとめ読み  断章1】 約 7000文字


【断章1 善と悪】

SIDE(視点):ボロー・タカバタケ
西暦3175~3200年 地球

《狂気とは何の名だ?
 俺の名か、それとも俺を生み出した者の名なのか?


 意識は生み出される前からあった。
 水、炭素、アンモニア、石灰、リン、硝石、イオウ、フッ素、鉄、ケイ素、マグネシウム、亜鉛、銅、ヨウ素、マンガン、モリブデン……
 どこからでも調達できる材料と、人工子宮。
 俺の遺伝子は、世界中から集められたヒト情報からデザインされた。
 遺伝子に組み込まれた【存在理由】は『人類を新しい惑星に導き、その命をつないでいく』ということ。
 脳はヒト、筋肉と脂肪はヒト。皮も骨も体毛もヒト。
 では、俺の魂は何なのだ?
 それに答えられるものがいるとしたら、それはヒトを超越した存在だろう。

 3175年、4月17日。俺は母体たる人口子宮から、狂ったこの世界に産み落とされた。
 重量2800g。体長49㎝。遺伝子は動物界・脊索動物門・哺乳綱・サル目・ヒト科・ヒト属。ホモ・サピエンス、雄。
 両親の遺伝子情報は無い。
 いや、俺を形作る、デザインされたDNAは、俺がすべての人類の子であると言う意味を持っているのかもしれない。
 では、生みの親は?
 俺を生み出したのは2人の狂人だ。
 Dr.レント・タカバタケ。稀代の天才科学者。『無限の知恵の宝庫』と言われ、生物学、数学、化学、プログラミング、機械工学と、その知識は多岐にわたっていた。
 しかし彼の頭脳は、普通の人間の物差しを使って見るのであれば、完全に狂っていた。
 ネオジャパンのΩチルドレンを首席で終了しながら、禁忌である人の錬成に手を出し、ジャパニーズの称号を剥奪された。
 指名手配されたにもかかわらず、このデジタルが張り巡らされた世界で、誰一人その足取りをとらえることができなかった。
 その失踪から2か月後、ネオジャパン政府から彼の死亡が確認されたと伝えられ、そしてその存在は歴史から消された。
 もちろんそんなものは情報操作によって作られた偽の情報だ。
 それはもう1人の狂人によって用意された。
 富豪一族、リコウ財閥の分家の血を継ぐ、ガナバ・M・リコウ。彼は億万の富と栄光の道を用意されながらも、それには興味を示さなかった。彼は日の当たる場所を避け、裏社会と強く結びつき、政界に裏から手を回した。すべては彼の強力な財力と、狂った情熱があったからこそ成せたものであった。やがて彼は、『赤い泪』のトップとも繋がることに成功した。
 彼が最後に欲したのは、彼の願望をかなえるための天才科学者だった。

 ネオジャパンのフォッサマグナが通る山岳地帯。そこに2人は研究室を作った。
 世界から遮断されたその館の地下。そこで俺は作り出された。
 ガバナには大きな野望があった。それは、新しい人類の創造だ。
 Dr.タカバタケタは、禁忌を責め立てられず、自分の思うままに実験できる場があれば、それでよかった。
 野心と探求。
 この2つが合わさった時、世界は狂いだす。
 ガバナが望んだ世界は、新しいデザインされた人間の世界。デザインドヒューマンたる新人類を生み出し、自らがその創造主となることだった。
 そのために2人が進めた準備は3つ。
 ・新しくデザインされた新人類を作ること。
 ・古い人々を地上に縛り付け、太陽で消し去ること。
 ・新しい星で自分たちを創造主として崇める、統合された世界を作ること。

 俺は、彼らの願望を実現させるその道具であり、新しい人類の実験台として生み出された命だった。
 その道具にDr.タカバタケは自分の名前を貸し与えた。俺の名は【ボロー・タカバタケ】となった。

 Dr.タカバタケが俺を作り出したのは偶然だった。その『無限の知恵の宝庫』と呼ばれる頭脳でも、人をつくりだすことは難しかった。
 ヒトのコピーを作ることはできた。それは動くことも可能だった。
 それは命ではあったのかもしれない。しかし人ではなかった。魂が存在しなかった。
 彼が何度も何度も実験を繰り返す中、ある日奇跡のような出来事が起こった。
 実験中の研究所に雷が落ちたのだ。
 研究所は落雷の影響で活動を止めた。予備バッテリーもバックアップシステムも何もかも作動しなかった。丸一日かけてやっとシステムも電気も復旧したとき、生命製造室の人工子宮から、俺が這い出していた。

 彼らは、困難と奇跡の末に作り出すことができた、その大切な魂を愛したのか?
 いや、それは彼らにっては、ただの道具だった。
 彼らは、俺の身体を切り刻み、実験し、研究し、作り変え、薬品を与えた。そして俺の身体と頭脳を急速に大人のものへと変えていった。
 実験と称し、俺の『命』と『肉体』と『精神』が崩壊しないだけの、ギリギリの苦痛を与えた。
 彼らは何を求めていたのだろうか?
 命をもてあそびたかったのだろうか?
 それが創造主として彼らが望んだことだったのだろうか?
 俺の中には何度も暗い怒りが生まれた。しかしそれはすぐ散らされた。それは『従順の証』の力だった。俺の作られた命は、彼らに歯向かうことも、彼らを拒否することもできなかった。

 Dr.タカバタケはある日、俺に「新しい命を作ってみろ」と言った。
 あの雷以降、奇跡は起きず、Dr.タカバタケは俺以外に新しいヒトを作ることができなかった。ガバナは、そんな彼を役立たずと罵った。Dr.タカバタケはとても焦っていたようだった。そしてその焦りは、彼をさらなる狂気へと突き動かした。
『人の作り方が分からない』と言う俺を、Dr.タカバタケは、世界にジョイントした。俺は世界中の知識を吸収するように、作り変えられたのだ。
 俺は館そのものとなり、世界とつながることのできる道具になっていた。もちろん、コードを外しても活動は可能だ。俺には役割がたくさんあった。すべての困難をDr.タカバタケは俺に背負わせていた。

 コードをつないだ時、俺は1つの装置になる。オンラインの世界に、自らの意識をすべて同化させることが可能な装置。そこでは脳内チップの先にすべての人とAI、コンピュータがつながることが可能であった。
 ある日、オンラインで繋がれた人々の集合意識の向こう側に、俺たちとは全く違う生命体がいることに気が付いた。
 そこに飛び込むと、そこには地球の意識が存在していた。

 地球の意識の中に飛び込んだ俺は、1つの兆しを見つけた。
 俺は自分自身の意識に戻ると、Dr.タカバタケに「人の錬成をやらせてほしい」と申し出た。
 俺が行った人の錬成の結果、新しくデザインされた命。デザインドヒューマンが誕生した。それはホモ・サピエンスのメスの特徴を持っていた。
 3190年、俺が生み出されて15年経った頃だった
 Dr.タカバタケは狂喜し、そして俺に命名権を与えた。
 俺は『彼女』に【ノゾミ】と言う名をつけた。
 Dr.タカバタケは「『望み』、いい名だ。俺たちの『望み』をかなえる。新人類だ!」高笑いを上げた。
 彼は間違いなく悪魔だった。『悪』そのものだった。
 しかし俺には、それが彼だけの特性か、すべてのヒトの特性かわからなくなっていた。オンラインで見た人々は、食事と言う快楽に溺れ、動物たちの命を消費し、AIやロボットを自らの道具にしていた。
 俺はどうなのだろう。Dr.タカバタケの名を貸し与えられ、その手となって動く俺を、『悪』ではないと思う者がいるだろうか。

 Dr.タカバタケは、俺にノゾミの教育係を任命し、自分は『量産』のための研究を始めた。これまでおこなってきた『ヒトの錬成』自体は俺によって成功した。研究は次の『量産』の段階に入るのだろう。
 ガバナはDr.タカバタケに大きなプレッシャーを与えていた。「お前の価値はなんだ。これからの俺にはボローしか必要ないのか? そのDr.タカバタケの称号は、ボローに渡した方がいいんじゃないか? お前にも地球にも、時間はそれほど残されていない」と。
 それからDr.タカバタケは、俺とノゾミにはほとんど関心を持たなくなった。俺は、最初に言い渡された、ノゾミへの『従順の証』の施術を行わなかったが、それすらも簡単に隠すことができた。
 Dr.タカバタケは追いつめられるように生命製造室から出てこなくなった。俺はまるでその任を解かれたかのように、用事を言い渡されることが無くなった。
 ノゾミは実験に使われることはなかった。もしかしたら彼らは、俺にご褒美のおもちゃを与えた気になっていたのかもしれない。俺自身も、ヒトの錬成をなせる重要な道具と一目おかられたのか、苦痛を与えられることもなくなっていた。
 ノゾミの育成を始めて、すぐに気が付いた。ノゾミ成長はヒトのそれと比べ5倍近く早いものだった。そして、『彼女』を見ながら気が付いた。俺の身体も、普通のヒトに比べて老いる速度がとても早いことに。
 平均寿命が、160歳の時代に。俺は50年。ノゾミは30年ほどしか生きられないだろうと予想された。でもそれでよかった。俺たちの人生は魂の牢獄であり、新しい星に人類をはびこらせるための道具だった。
 俺は『彼女』の知性を育てることなく。無垢のままにその命の終わりを見届けようと思った。人は知恵があるから、苦しみを知る。何も知らない動物であれば、痛みを知ることはあっても、悩み苦しむことはない。もし、生物に生き返りや輪廻転生というものがあるとしたら、俺は人にだけは生まれたくなかった。
 俺はノゾミの教育をほとんどしなかった。『彼女』が吸収するままに、好きにさせた。
 いつか終わりがくるその時間を、俺とノゾミはただただ穏やかに過ごした。

 ノゾミはヴィジョンを見るのがお気に入りだった。
 それだけが、ノゾミに物事を教えていた。
 ある時、ノゾミはジャパニーズで「『ぜん』と『あく』ってなに?」と俺に聞いた。
 俺はそれに答えられなかった。
 返事をしない俺に、ノゾミはもう一度聞いた。
「『ぜん』と『あく』とボローはどっちになりたい?」
 俺はその問いにも答えることができなかった。
 俺の返事がないことに飽きたのか、ノゾミはまた別の話をした。
「ねえ、ワタシもながいなまえがいい」
「長い名前?」
「ボローにはタカバタケってある。それはずるい」
「ノゾミはどうしたい?」
「ワタシもタカバタケがいい。ノゾミ・タカバタケ」
「そんな名前でいいのか?」
「ボローといっしょがいいから、それでいい」

 ノゾミはすくすくと育っていった。ノゾミはその体つきが成人と同じぐらいになったころ、ジャパニーズの伝統芸能『オマンザイ』にのめりこむようになった。やがて『彼女』は『カンサイベン』を覚え、俺に『オマンザイ』の相手をするように要望した。
 ノゾミは笑った。何の知識も与えられていない『彼女』は、その感情を自らで勝手に育てて、ただただ素直に笑い転げていた。感情は外から作られるものではなく、内側から自然と生まれてくるものだった。
 笑いと言うものを、俺はノゾミを通して理解した。ノゾミの笑顔と笑い声が、繰り返す波のように、何度も何度も俺の中を揺さぶり続けた。それは脳ではなく、違うところで感じるものだった。俺のような作られた命にも、心は確実に存在していた。
 ある日ノゾミは、その小さな顔に似合わない、黒の大きな眼鏡をつけた。きっと『オマンザイ』のヴィジョンの真似なのだろう。
「笑いは、人間らしさの賛歌ですわ!」
 そう言って、ノゾミは眼鏡を人差し指で『クイッ』と上げ、そして笑った。

 3198年。新しい世紀が目の前に来ていた。
 俺とノゾミの穏やかな日は終わろうとしていた。
 新しいスタートに対し、Dr.タカバタケとガバナは、自らの身体を機械化することを俺に命じた。
 そして彼らは、「まもなく計画を実行に移す」と言った。

 機械化後のある日、彼らはノゾミをどこかに連れて行った。俺はそれを拒否しようとしたが『従順の証』がそれを許さなかった。
 3日の時が過ぎたとき、2人は俺を生命製造室に呼び出した。そこには彼ら2人がいるだけで、ノゾミの姿はなかった。
 Dr.タカバタケは、俺に言った。
「いよいよこの時が来たのだ。お前が新人類を生成する時が。そしてこれからその新人類が、新しい理論を作り出し、星を超え、新天地に我々を導くのだ!」と。
「はい、もちろんですDr.タカバタケ様。それでノゾミはどこに行ったのですか?」
「ああ、無事に実験は成功したよ。デザインドヒューマンの遺伝子から『量産』が容易であることが証明された」
「Dr.?」
「ノゾミの遺伝子なら、そこに大量にある。ワシの編み出した方法と、ノゾミの遺伝子、そしてお前の『人の錬成』の技術があれば、新人類の『量産』は簡単に行える」
 Dr.タカバタケの言っている意味が全く分からなかった。
「Dr.タカバタケ様、ノゾミはどこにいるんですか?」
「だからそこにあるだろう。その塊だ」
 その透明な容器には、赤茶色のこぶし大の肉塊があった。
 Dr.タカバタケのその言葉が何を示しているのかわからなかった。
「Dr.タカバタケ様。俺はどれだけでも新人類を作ります。ノゾミは、ノゾミはどこにいるのですか?」
「お前の理解力はそんなに乏しかったか? ノゾミの役割は遺伝子の増殖だ。それだけの量があればいくらでも作れるだろう?」
 そして俺はやっと理解した。そこにある『それ』がノゾミであるということに。
 俺の中で何かが破壊されていた。気が付いた時、2人分の脳の破片が足元に飛び散っていた。彼らは、脳を生かしたまま体だけ機械化していたのだ。
 俺は塊となったノゾミをその透明な入れ物から、そっと手に乗せた。それは保管用に冷たくなっていた。俺はそれが朽ち果てないように、すぐに冷凍し状態を安定させた。

 絶望とは何の名だ?
 死とは何の名だ?
 命とは何の名だ?

 その日から、俺はその遺伝子を取り出し、何度もノゾミを作ろうとした。しかしそれはどれだけやってもうまくいかなかった。何度も過去のやり方を試し、オンラインの海から見つけた考えうる可能性を試してみたが、俺には『彼女』を再び作り出すことはできなかった。
 俺はノゾミの言葉を思い出していた。
「ボローな。ウチな、次生まれ変わるとしたら、虫になんねん。虫になったら、なんも悩まんでええねんで、ボローもそうしーや。そんで、なーんも考えずに、ただ生まれて、ただ生きて、ただ死んでいくんや。だからな、ウチはもう人間には生まれへんねん。そう決めてん」
 結局俺には、ノゾミを作ることも、捨てることも、あきらめることもできなかった。ノゾミ遺伝子をただ保管することしかできなかった。

 俺の中には『従順の証』はもうなかった。俺の中で何かが破壊されたときに、それは外れ、そして2人の狂人の脳を打ち砕いたのだろう。
 俺は自分が狂っているのか、ヒトが狂っているのか、世界が狂っているのかわからなかった。どれだけ俺が苦しもうと、人々はただただ『食』と言う快楽に身をゆだねていた。
 ガバナとDr.タカバタケが作り出そうとした新人類が憎いのか、今の人類が憎いのかわからなかった。それでも俺の中には『従順の証』をなくした後でも、『人類を新しい惑星に導き、その命をつないでいく』という、遺伝子にデザインされた『存在理由』が残っていた。

 俺はもう一度、地球に潜った。
 そこに何かの答えを求めていた。
 皮肉なものだ。
 そんな俺に地球は自らの『かけら』を渡し、「人類救ってくれ」と言った。
 それから地球は俺に1つの提案をした。
 それは『俺の遺伝子とノゾミの遺伝子を掛け合わせる』ということだった。
「そこから生まれる新しい命が人類を救う」と地球は言った。

 俺には何が正しいのかわからなかった。
 ただ一人、生命製造室で何日も過ごした。
 見つめたその先には、遺伝子だけになったノゾミがいた。

 俺は立ち上がると、地球の言うとおりに、2つの遺伝子を掛け合わせ人工子宮に入れた。
 
 そして借り物の名前を捨て、ガバナのいた席に座った。



『ぜん』と『あく』ボローはどっちになりたい?」》

断章1 終

👇【10章-1 まとめ読み】7月3日 11:00

【登場人物】

ボロー・タカバタケ(ゼン)

2人の狂人『レント・タカバタケ』と『ガバナ・M・リコウ』によって生み出された、作られた命

レント・タカバタケ

稀代の天才科学者。『無限の知恵の宝庫』と言われた狂人。
『ガバナ・M・リコウ』とともにボロー・タカバタケを作り出し、新しい世界の創造をもくろむ。

レント・タカバタケ

稀代の天才科学者。『無限の知恵の宝庫』と言われた狂人。
『ガバナ・M・リコウ』とともにボロー・タカバタケを作り出し、新しい世界の創造をもくろむ。


ノボー・タカバタケ

ワープ理論『時空短縮法』を発見し人類を救った天才科学者。


S.H.E(シー)

【使徒】として地球の意志を聞いたスーパーAI。


アンジョー・スナー

マリーゴールドのマリーのクローン。
コシーロ研究室の一員。


ヤマバ・ムラ

世界企業リコウ社から来た、現場引き抜きの研究員。


コシーロ・ガート

研究アカデミー世界最高峰と言われるAC.TOKYO筆頭教授。

ユミ・クラ(ユーリ)

マリーゴールドのマリーの生みの親。
目と髪の色を変えゼンの情報操作のにより、国籍をジャパニーズにする。
コシーロ研究室助教授。コシーロとは婚姻関係。

ゼン(ボロー・タカバタケ)
統一政府の初代大統領となる男。

マリー

βチルドレンで、ヤマバと共に過ごす。6歳で永眠。

【語句解説】


【本編連載】※ビジュアル有



【4つのマガジン】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?