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Pay money To my Pain と 、自分の痛み 2020/2/2レポート



2020年、2/2日。
coldrain自主企画フェス、BLARE FESTに
Pay money To my Pain が出演。  

2012年12月30日にvocal.Kが亡くなり、翌年同日に追悼ライブをおこなって以降、活動休止と銘打って事実上の解散。
僅かでも当時を知る自分は、7年振りのライブ出演に怒り狂いました。  



この文章はKに救われた自分による、BLARE FEST 2日目の、PTPライブレポートです。  

ライブ後、無心で一気に書き上げました。


しかし、
恥ずかしいし大半は誰にも話した事のない自分の核についてみたいな話だし、
そもそもブレアフェスにPTP目当てで嫌々行った人ぐらいにしか理解は得られないだろうし、

同じ感覚を共有出来る人が果たして何人いるかなみたいな中で不特定多数の人に伝えるのも如何なもんかなと思い…とてもその文章を人に見せるには至りませんでした。


とはいえ、いつの時代もどのパターンでも、大抵のしがらみは時が風化してくれるもの。  

もう二度とないと思っていたPTPのライブが行われた日からもうすぐ丸3ヶ月。


あの頃はやや警戒していた程度でマスクもまだギリギリ売っていた時。
コロナがこんな大事になるとは大抵の人が予想していなかったでしょう。
目まぐるし過ぎて、ブレアフェスなど体感的には2年ぐらい前の出来事に感じます。
3ヶ月が2年に。大袈裟でもなんでもなく、本当にそれだけ世間は大きく変わり日常にあった刺激は鳴りを潜め、3ヶ月前と比べると今日の浮世との差は文字通り天と地です。

怒涛の浮き沈みがあった自分の人生経験においては本来些末であるはずな、ただただフェスに行っただけ。

ですが、どうしても記録しておかなくては気が済まないと本能で感じるような濃厚な出来事でして。


元は、PTPを心から愛しているが故行かないと決めた人にのみこのレポートを見てもらおうと思いました。
実際このnoteのURLはその人に送るのですが、「色んな人の思う色んな形のPTP」があると思ったのでこういう形にしました。

よっぽど好きじゃなきゃnoteにPTPの事を書いてる人がいると思って検索なんてしないと思いますし、そうやってたまたま辿り着いた人に読まれたら、そういう人が教えたくなるような人に読まれるなら良いかなと思って。  

本当にライブ後に書いたままでしたが、投稿にあたり誤字脱字の修正や序盤の説明継ぎ足しとかの訂正加筆はしております。

フィーリング重視の表現ばかりで読み辛い上に1万2000字を超える長文ですが、宜しければお付き合い下さい。

                 2020/ 5/2  




前置きがクソ長いのは性癖に近いです、失礼。
実際のちゃんとした流れ〜とかを説明したレポは調べたら死ぬほどヒットするのでそういうレポをお求めの方はそちらへ。

セトリだけとりあえず先に。  

1 Ligarse

2 Resurrection 【Masato(coldrain)、葉月(lynch.)】  

3 Weight of my pride【MAH(SiM)】

4 Respect for the dead man 【Koie(Crossfaith)、NOBUYA、N∀OKI(ロットン)】

5 picture【Yosh(Survive Said The Prophet )、AG (NOISEMAKER)】  

6 Voice【Taka(ONEOKROCK)】

7 Rain 【MV】

8 This life【AIR JAM2011】  

ほぼ記憶にない頃、連れて行かれたライブとかフィルムコンサートを除けば人生初のライブがPTPのツアーで。親兄弟にも未だに内緒で行ったの覚えてます。  


いきなりハイライトを共感しやすく言うと、

初ライブの内容は正直殆ど覚えてないけど、PTP本当に音楽好きになったキッカケというか…
LIVEの概念の扉をPTPに開けられたから今こうしているんだなって、Kの声のRainを聴きながらその時初めて実感しました。
一瞬で9年前の扉の前にまた来たみたいなのが本当に浮かんで、気付いたら大人なのにうわーんって感じで号泣しながら全ガロングしてました。


ぶっちゃけ最初Ligarseが流れた瞬間に周りみんな一気に泣くし、Kの写真モニターに映るからめちゃくちゃ泣きそうになったけど、
その後から予想してた通り演者ボーカル陣で回し歌いみたいな展開だったから正直冷めてしまってて。

gene再現ライブを銘打ってやってて参加者が歌うからまあまだマシかって感じで。
激しい怒りこそ湧かなかったものの、やっぱKのパート歌われるほどに納得いかなくて腹が立つ。

嫉妬に近い様な感情がどんどんデカくなってきました。  

だからその怒気にも似たような衝動を追い出す為に叫んで歌って、respectとweightではハードコアモッシュって形でかなり暴力的な衝動になって。

涙を流す人や歓喜の表情の人が殆どの中、
自分と全く同じような表情をしてる俺なんかよりよっぽど深くPTPを見てきてそうな、gundogのTシャツとか着たおっちゃん達ばかりがピットに集まり、お互い八つ当たりし合うかのように途中から本気で殴り合ってしまいました。

モッシュパート済んでも曲中周り全員気に入らないみたいにドカドカ押し除けてブチ切れたみたいに歌ってて。

逆に今まで生きてきて1番他人と分かり合ってた時間だったかもしれないなと今では思いますけど。
殴り合ったおっちゃんらもっぺん会いたい名乗り出て欲しさある。

その後、T$UYO$HI がスマホを出してライトを付けるように指示。
正直、
はいはいvoiceでバエやるのね、と、最低な事を思ってしまいました。

自分は開始前のステージも焼き付けると決めたし余計なものを纏って左右されたくなかったし、スマホなんて当然失くす勢いで本気でライブを体感する気だったのでクロークに入れてました。  

鍵だのの貴重品で仕方ない人以外の本気の人はみんなそうだろうし、それを読めないの?
スマホ持ってる前提なん?
ワ〜キレイ〜バエ〜みたいな景色を作らせる為に?って。

Kに見せてやりたい景色とか言いたい事はわかるけどや、K絶対そういうの嫌いじゃろ。自己満も大概にせーよ、
と、もう地の底まで荒み切ってました。

さっきまで泣いてた周りの本気側の人達も、一気に冷めたような表情。  

『Kは「俺は愛されていない」といつも愛情に飢えてて、こんなにも愛されているのに。ここは天井あるけど関係ない。アイツにみんなの光を見せてやろうぜ』


という言葉で予想通りのキレイな光景が広がる。


俺はスゴくてキレイな会場じゃなくステージのPTPだけを見に来たので冷めていたものの、

Kの愛情に飢えていたというエピソードだけは素直に胸に突き立ち、揺さぶられていました。

 

そしてまぁ、takaがvoice歌って。



当然ワンオクも昔から大好きで、初見からツアーは欠かさず遠くまで行った青春のバンドの1つ。voiceなんてこういう時にしか聴く機会はない。
当然聴きたいし、聴けるのは喜ぶべき事だし、そんなチャンス今後一生ないですが、

正直大好きで大大大嫌いな曲でした。
生で聴く機会など一生なければ良いと散々願いました。


しかし、タイテ1つ前のワンオク側である隣のブロックからの黄色い声が全く聞こえなくなるぐらい、takaの声と視線には圧倒的な説得力がありました。

怒りで熱くも冷めて凍ったような心境とは裏腹に、歌詞一つ一つが突き刺さる。



空にいる誰かに問うように上を向いて歌うtaka。


いつの間にかついさっきまでの激情は消えて、Kてどんなんやったっけなとボーッとなりかけました。  


ワンオクとPTPのなんばハッチを思い出し、
ああ。Kがいたなぁー。と。  


気付くと、誰もいないのにセンターマイク。

Rain。
イントロで一気に涙腺が緩むも、Kが歌わない現実がブレーキをかけて止まる。
しかし、聞こえてくる

「Sometimes I wanna know why」 

は、まさしくKの声。  


その瞬間、8年分溜めたダムが決壊したみたく泣きじゃくって、狂いました。


続く、多くの溜め込んで抑え込んできた負の感情達が、連鎖して誘爆し続ける様に、凄まじい感情の大渦。
パニックになりました。


完全に捕われながらも、PTPただ1色に狂いました。  


そのまま最後、
JAM11のTHIS LIFEの映像でKが、

「最後の曲になりますどうもありがとうPay money To my Painでした」


ってあのシーンが出て、

https://m.youtube.com/watch?v=5xTlXRzsQFA

3回ぐらいしか見てないあのPTPのライブの光景と目の前の空っぽのセンターマイクが重なって、


わんわん泣きながら本気の全ガロング(言葉にはなってない)して、

今まで居た、最前から圧縮で詰まった塊の真後ろ(全体が見える位置)から前にブワーって行って、  

ラスサビの最後の最後でステージ向かって飛んでセンター向けて叫んで。  


キーパースタッフに下ろされた後、早よ行けって引っ張られたけどマジでうわーんうえええええんって泣いてるもんだからドン引き!
強く引っ張られていた肩をそのままポンポン叩かれ、ステージ前をフラフラ。

前にも後ろにもいい歳してわんわん泣きながらフラフラ歩いとるどうしようもない野郎だらけ!
殴り合ってたおっちゃんらも当然居て余計泣けて草!
つい、胸にかけたrememberのドッグタグを握りしめました。  

そのまま背中でアウトロを聴きつつタグ握りしめたまま会場の1番後ろの端っこまでフラフラ歩き、壁にもたれて座って声出して泣いてました。  


普通に終わってたから出る人の流れ激しかったはずなのに、声出して泣きながらゆっくり歩くおっさんらにドン引きしたみんなが道開けてくれてたのがわかりました。フード深くかぶってて泣いてるから足元だけしかぼやけて見えてなかったけどわかった!恥!

ちゃんとは見てなかったけど涙のおっちゃん2人ぐらい着いてきてて隣で一緒にしばらく泣いてたくさい、まじbro!

そのまま普通に転換中のライブ会場程度の喧騒にすらそぐわない異常さで泣き続けてました。
ほぼパニックかつK以外は何も認識出来てなかったので正直周りの様子はわからんかったけど!  


どれくらい泣いてたか、泣き止んだ時には1人。
なんかこいつ大丈夫?みたいな感じで囲まれてる気配はした。
なのでフードを深くかぶって下を向いたまま、枯れ果てて0の状態でとぼとぼ歩き、退場規制の波に流されるまま、気付けばクローク前に1人座り込んでボーーーッとしていました。

ずっと何も聞こえなかった。  


既にタイテがかなり押してて、しかもトリのコルレが機材トラブルで中止コースかってぐらい遅れてたらしく、終電も危うい時間。
諦めて帰る人だらけでクローク前は混雑。
俺は連れの子と一緒にクローク入れて券を預けてるので待つのみ。  

混雑を避ける為にスタッフ達が、
近くで開けずに一旦そのまま持っていけ、と、
荷物を分けたり人を待とうと座ったり溜まる人達にキツめに促してました。

でも、何も持たずただ座ってボーーーッとしている俺には遠巻きに見張るだけで何も言われなかった。  

しばらく空虚だったけどしばらくしたらスッキリして頭が働いてきて、周囲の状況を確認した感じ。
耳も復活したらしく、遠巻きに見ていたスタッフが「あの人マジで大丈夫なんかな?やばい状態なんじゃね?」と4人ぐらいで話してるのが聞こえてきた。

そんなに?と思って顔をパンと叩き、とりあえず時間を確認。
でもスマホは預けてるし腕時計なんかモッシュの邪魔なのでしてない!
でもちょーど近くの人がもう30分以上押してる的な事を言ってるのをキャッチ。

え、相方遅くね?やや冷静になり、心配に。  

初ライブがPTPで歳下の子。
今までもこれからもPTPが唯一ってハッキリ言ってた子で、PTPだけは一生復活とかせんで欲しいって会った頃から話してた、今回ブレアのアクトでPTPが発表された時、1番に一緒に怒ってた。

絶対に行かないと言っててチケも応募してなかったので、俺が連番で当てて相方を決め切れていなかった最後の最後に見ずに後悔するのは嫌やからいくか…と一緒に心此処に在らずのまま行くことになった感じの筋金入り。
当然一緒にフロアにいたけど、Ligarseが流れてKがモニターに映し出された瞬間にボロッボロに泣いててその後はぐれた。
パニックとかになって運ばれてねーかな…??
ってかなり心配になってきてました。

とはいえただでさえ鬼の混雑なうえ、正確な時間もわからん!

考えてもしゃーないから待つかーと落ち着き、そのまま無意識に1つの疑問に。


なんでKが死んでから今まで何度も聴いてたRainや、何度も見たThis LIFEの動画まんまのを聴いて涙が出たんだ?と。
今更?ただライブ感があったからとかでは絶対にない、ならなんで?

頭は疑問符で一杯。また混乱してくる。
そこから無意識に、自分と音楽の事について振り返ってました。  



自分は昔から音楽が好きでした。

おかんがB'z好き。
妊娠中もずっと流してたらしく、病室に入っていた時は臨月も産後もずーっとお気に入りの「IN THE LIFE」をエンドレスでかけてたそう。
そのせいか、喋るより先にALONEのアウトロを歌ってたとか聞きました。
実際物心ついた時には、聴いたことが無いはずのB'zの昔の曲を「懐かしい」と感じてた確かな記憶があります。

母に関係する、唯一の感謝の記憶かもしれません。


それが起因しているのか、幼少の頃より音楽は自分にとって当たり前に側にあるもの。
実体のあるものよりもよっぽど寄り添ってくれる存在として認識していました。
所謂、病める時も苦しい時も常に音楽が側にあったって感じ。


昔からあまり真面目な方でもなかったし、気に入らない事には自分に不利でも首を突っ込みがち。
故に、ひどく標的にされやすいタイプでもありました。

よって当然音楽はただの娯楽ではなく、曲と詞1つずつに自分を重ね、思い入れして、出会いを生み、エピソードを創りました。

初ライブは親父が俺ひとり連れてってくれた尾崎豊の何回忌かの公式フィルムコンサート。
ライブは家族で行ったのもあるし、興味を持ってからはジャンルとかガン無視で1人で行きました。  

家庭の問題がまだ耐えられるレベルだった頃から、段々と年齢を経て現実を知るにつれて興味はよりマイナーへと移る。

まるで逃げ込むように。

原点のB'z、ヒムロックや浜崎あゆみ、八代亜紀みたいな大御所も生で見ました。
外タレや流行りのアーティストに行く機会があればとりあえず行き、ワンオクを始めとする邦ロック系や大型フェスでメディア露出の少ない大御所現行若手(?)バンドやアーティストに触れました。

mixiキッカケでPTPのライブに行った世代の自分もTwitterに慣れ、ライブ友達もどんどん出来て、そこから段々とインディーズにハマり出し、
気付けば heavy music と呼ばれるアンダーグラウンドなシーンに足を踏み入れていました。

その中で出来た濃い友達、メジャーバンドを追ってる時から一緒に降りてきた友達や、ライブハウスやクラブで意気投合した仲間とバンドを組んだり遊んだり、バンド仲間に誘われてアーティストのライブ/コンサートスタッフをしたり、


最近ではhardcore crewを組み、ライブ以外も遊んだり、イベントを企画したり、アウトプットを出していってアクション起こすヤツらから刺激貰って各々が高め合ったりできてるみたいで。

ただ音楽の好みが合うだけの人間がつるめたってだけですけど、
今、同じルートや似たルートを通り、良く似た音楽の価値観で同じ音楽を同じ熱量で楽しめる仲間が周りに居ます。  



なのに、俺だけが音楽で涙した事が今までありませんでした。全く。
みんなは当然ある、1人でもそうやって音楽で大きく感情を揺さぶられるし、ライブで涙も流す。  

自分だけ。
音楽に精神を揺さぶられる事は常でも、
涙は全く出ない。捻り出そうとしても出ない。



それと同じなのか、正直Kが死んだ時もただ空虚で涙は一滴も出ませんでした。
文字通り身を切られるような悲しみだったけど、悲しんでる素振りを見せないどころか普段通りを演じれてたし、何事も無かったような生活をしてたし、冷めてました。  


今まで音楽でうるっと来た事は沢山あるし、ライブでも音源でもそうなる事は多い。音楽に限らず映像作品や他人の話に至るまで含めると何度も。
なんなら「グッとくる」事は年々増えてきています。

でも本気で泣こうとしても全く泣けず、音楽に対し同じ価値観を持つ友達がライブで泣いてるのを見て

「ここまで来ても、同じマインドの人達と同じ空間で同じ衝動を持っているはずなのに、ここまで来ても俺はズレてるんやな。冷たくて無感動な人間なんやな」

と疎外感がありました。

勝手に裏切られた気になり、気付けばそいつらの至らない部分や欠点ばかり目立つような見方をするようになっていました。


音楽に限らず、ドラマ・本・映画など、様々な感動作品や悲しみに満ちた作品に対してもそれは同じでした。
感動ポルノという造語がありますが、まさにそれ。
作品としてちゃんと感動し、評価しつつもお決まりの展開に反吐が出ました。

斜に構えたり奇をてらうつもりは全くないのに、
テーマやストーリーにはよるものの基本的にハッピーエンドが嫌いで、フィクションぐらい現実に寄り添ってくれてもよくね?と、救われないストーリーの作品を心から好んで観ていました。


自身、大抵の人には話すだけで泣かれたような経験が多くあります。平和な日本基準ですが。

泣きたかった出来事も数数えきれず多くあります。
しかし出ませんでした。
酷く辛い経験をしても、涙は出ない。


自分が涙を流したのは数えられる回数。
ガキの頃のを含めても。

それ以外は、
決まって理不尽に奪われ、絶望に襲われ、闇に覆われ、この浮世を心底憎み、怒りと憎悪に支配されてぐちゃぐちゃになった時のみ。


当然、綺麗な涙など全く知らずに生きてきました。
そんなものが存在すること自体が信じられずにずっと。
綺麗な涙を流している人間など存在せず、全員相手によって意見も価値観もコロコロ変える嘘吐きだと信じていた時期があります。



実際、自分は大したことはないですがやや特殊な生い立ちがあり、一般的な人とはだいぶ違う人間だという自覚とコンプレックスがありました。

やたらと背負ってる感とイタイ悲劇のヒロインが強く、手放しになれない怖さとかに怯えていて、本当に楽しいと思った事ですら片手間に抑えて全部を注ぎ込む事はなかったのかも…
とも、このタイミングで気付きました。


代わりになってくれる人間など皆無だったので、「自分だけはこうであらないといけない」と
実体のない強迫観念に囚われ、独りで尖り続け、闇の中で常に見張られているような感覚の中、目を盗んで息継ぎをするような日々でした。

誰も自分になど興味無いのに独りでビビり散らかして。

今思えば、
その暗闇に独りきりみたいな痛みと苦しさがトラウマになりつつも、
唯一、確実に裏切らずそばに寄り添ってくれたものだったのかもと。
怒り・悲しみ・苦痛…複雑にもっと言えるけどシンプルで強力な負の感情達。
そしてそれを他人の目や世間の為に抑える痛み。



だから、自分には効かなかったもののそういう感情をブチ撒けるようなスタンスの音楽であるハードコアにハマったんかなと思いました。
ハードコアってそういう意味では1番ポジティブで1番鬱に効くとも思うけど!  

それに、
その痛みに苦しめられてる時だけ偽りのない真の独り・本当の自分になれる気もあったんかなー、と。
唯一裏切らない、錯覚でもない本物の感情。
痛みだけが本物だと。



そうやって孤独に対し愛着までをも抱いたから、
昔からずっとネガティブな歌詞や音ばかり気に入ったり、激情を吐き出すハードコアの中でも叙情ニュースクールとかを特に好んだんかな?と。
ダウナーな自分に酔えるから。

つまるところ、ずっと一貫して、negativeに依存してたんだと気付きました。


正直、負の経験を数多くしてきた人がハードコアみたいなアンダーグラウンドシーンに集まってると思います。
(SNS時代を生きる若年層の人達に関しては、ただ単に陰気で積極性に欠けていて成果物も自信もないから手っ取り早く「個性」着れるって理由でマイナーで目立つジャンルに手を出してイキってるだけみたいのもありますが!笑)

でも、そんな中ですら自分の経験の中に共感を得られる様な人はいない。
それは関わってたらすぐわかる。まぁ、居ても傷を舐め合うだけでなんのプラスにもならないって分かってたから探す事もしませんでしたが。

目につく近いメンタリティを持っている人は大概、自分の都合で普通に悪い事を繰り返してきたから罪悪感と復讐に恐れて生きてるだけのホンマもんの不良だけだったので、全然自分と闘ってきてなくね?ブチ撒けるの1番簡単じゃがなとか思っちゃうし。


意味不明な拘りのせいでただ浮いてる変なやつ。
不自由なく生きてきた事を不自由不運と高らかに言う幸せな人達が、何故かこぞって欲しがる称号みたいです。
こんな良い顔したサブい奴らに…と、1番恥ずかしくて死にたくなります。



人は独りでは生きていけない。

複数で生きる前提のシステム、故にどうあっても「大まかなデフォルト」の形があり、その型に歪な自分を無理矢理ねじ込まなきゃいけない。

そんなの黙って耐えられるわけがないはずです。

『他の人には当たり前でも、自分には苦痛。』
その一点しか見えなくなります。
ただでさえ、常に自分だけ割りを食ってると思い込んでるんです。
そうして、ものの捉え方を根本から歪めます。

「虐げられた」と認識したせいで倍加したダメージは許容量をとうに超え、他者へ向けて吐き出す以外に紛らわす術を知らない。

だから当然気に食わない人間を敵とみなして八つ当たりするし、
ひとたびその加虐から発生する罪悪感に牙を剥かれれば怯えて隠れ縮こまり、
やっと俯瞰で見れるまでに成長した頃には、
抑えられないその支配や加害で満たしては溜めた発散欲と捻じ曲がった自尊心・そしてそれが原因で生じた因果応報・自責の念の板挟みになり…


自分を傷付けるとか、より独り閉じ籠るとか、
感情から逃げ切れる自害とかに本気で救いを見出すわけです。


本当に『死』という選択肢が『救済』となって、自分の中で光りを放ってしまう。



終始陥りがちなのが、
「自分は特別虐げられている」だとか
「そういう運命だった」と、
『不幸』であると無理矢理理由付けをして自分を納得させ、開き直る事。
心にシャッターを降ろし、灯りを消してしまう。
錯覚の中でしか生きられない。


それが「闇」で、人によって濃淡を分けると思います。



綺麗事を嫌う故に「人の幸・不幸には程度が存在すると」言い切るようで申し訳ないですが、

対した苦労をした事が無い人でも、今生きてるのが奇跡なほどの地獄を味わった人でも、
大なり小なりそういった「闇」に覆われた経験があると思います。  


その「闇」は大抵、時間と共に消えますし、光ですぐにでも消せる。




しかし、「闇」から逃れられない人間は「闇」を利用するかどうかしてなんとか共生する他ない。
そうやって無理矢理生きて行けば、過去の闇は明るく日が差し、「ネガティブな」誇りや自信となります。

当然その頃は別の闇に覆われてるし、絶対晴れない闇がある事にも気付くので堂々巡りですけど。



少なくとも、
「自分はいつ終わってもおかしくない凄まじい苦難を乗り切ってここまで自分の足で歩いてきた」
という自負がトラウマ付きで手に入ります。

まさに刃物。血錆と脂まみれで穢れ切った、
鍔もない剥き身の刃みたいな。
まあでも武器は武器、持たぬに越したことはないはずでしょう。



しかし。
どんなに歪んでいても武器(自信)とはどこまで行っても傲慢さを備えており、振りかざしてしまう。

持ってたら痒くなる感じ。
「常識的に手に入れた自信」とはかけ離れたそんな危なっかしいもんを人に向ければ、言葉を選んでいたとしてもその根っこにチラつく狂気を浴びせる事になる。
向けられた人は本能的に恐れ、誰でも無意識に遠ざけようとする。

そして過敏で臆病な人は、その臭いで焦り、徹底的に叩き潰そうとするのです。

本来なら、少しでも他人の気持ちを汲めるタイプの人ほど。残酷なまでに。


そうなると残ってくる本当に心許せる味方というのは、同じかそれ以上の痛みを乗り越えてきた人間だけ。狭まります。

『そんな濃い友達は普通居ない』
『親友がいる事に何の不満がある』
『幸せじゃないか』
『上等だ』
『むしろ普通の人の何倍も幸せだろ』
『その方が本物だろ』
『羨ましい』

そう言われたことはあります。反吐が出る。



そういう本当の親友とは、口を開けば傷を抉り合う関係でもあります。
そこには「1番の共感と1番の孤独」がある。  

そういう意味で、本気で分かり合える人間とほどあまり語らなくなりました。
滅多に会わなく、会えなくなりました。





Kの作る曲や出す声や書く詞から、そういう、

自分にあまりにも似た「闇」「誇り」「歪み」「孤独」を感じずにいられませんでした。
今思えば。気付いた。




「歌」はあくまでも芸術・娯楽。
そこにどんなメッセージを乗せようと、奏で手・歌い手の手を離れれば全ては聴く側の受け取り方次第。  


要するに、自分に向けての詞や曲など絶対に無いんです。

だから安心して聴ける。決めるのは自分。
お前宛てでも俺宛てでもない。


Kの書く詞や曲・声には、そういう突き放すような強い冷たさがあり、
だからこそ最大級の温かみと優しさを感じ、本気で寄り添ってくれていると思えました。



対して音楽の知識もなく、ジャンルなどロクに知らず、知らないけどただ騒げて楽しいってだけのテンションでライブに行っていた頃でも、無意識でPTPにハマった。
その理由がそこにあると思いました。

半ば無理矢理連れて行かれたハコでPTPを見て、一気にのめり込み、瞬時に理解者を得たようで
信仰にも近い感情を抱いていました。  





神を失った信者は何も信じるものが無くなり露頭に迷う。救いを求めて彷徨う。

実際、Kが死んでからの自分は、
ずっとフラフラ寄りどころを探すように様々なタイプの人間と薄く雑に付き合い、
自分の耐久力を試すかのように危険など気にせず何処にでも足を踏み入れ、
激烈な経験に好奇心を費やし、
同時に色んな本や音楽を聴き漁る様になりました。


digるとか高尚なもんじゃなく、ただ寄りかかれる音や言葉を探すだけな聴き漁り。

その間に、悲惨な別れだとか生まれを恨むことだとか墓場まで持ってく罪だとか、以前にも増して負が重なって行ったと思います。


PTPに出会う前、生まれてすぐから側にあったB'zの稲葉浩志が唯一同じ世界観で寄り添ってくれてたからなんとかなってた。
居なかったら死んでたかもしれないです。本気でそんぐらい。
唯一涙を本気で堪えたから泣かなかったバンド。良かったら深く聴いてみて下さい今B'zも稲葉さんも関係ないけど!


そうして歪んだ自分磨きに疲れ果て、
その分、心にスッと落ちてくる音楽に心を塗り潰されていったと思います。







みたいな事が、クロークの前で走馬灯のように一気に駆け巡りました。

そのまま色々考えている内に合流。
無事を確認し、確認され、色々話して、解散して、独り帰りながらも色々と考えています。  

長い前振りですが、
そうして現在に至ってて。  




Kってどうだったかなと思った時、それらの走馬灯をまとめたようなものを無意識に感じて、
そのタイミングでRainが流れて、

初めての涙が止まらなくなったんだなと。
今はそう思うし理解できます。  




それと同じく、  結局俺は

『BONEZが止まったタイミングで復活なんて金の匂いしかしなくてヘドが出る』

だの

『死人に口無しかよオナニーも大概にしろ』

だの

納得いかない理由を何かのせいにしてただけで、


結局、

“自分が2/2のPTP復活ライブですら泣けない、心の芯の底まで冷めた人間だと決まってしまうのが怖いだけ ”  

そして何より、

“ 唯一の存在と無意識に神のように見立て、依存していた1人であるKの死を、7.8年もの間、全く受け入れていなかった ”  

そう気付けました。



今はとてもすんなり、Kは死んだんだなと思います。

今後楽曲を使ったり復活ライブがあったりしても、死んでるからなー、と。
今まで比べたらですはありますが、抵抗はそこまでないと思います。  




また、既存の楽曲に対しての感じ方も変わりました。  

正直大大大嫌いだったvoiceの、
序盤の

「ほら 今日もここにはまだ 気づかぬふりして歩く人」

という歌詞は、まさにそれを示していたのかも知れないですね。  


Kにとってただの客や1リスナーでしかない
「認識外」に分類される自分だったからこそ、

『Kの関わらないPTPを動かすのは冒涜でありオナニー』

などという勝手な考えを振りかざして安心して逃げられたのだなと思いました。

受け入れずに伝説に出来たから。



実際にKと近くで関わっていた彼らにとって、 「認識外」である我々のなんぞ為に、PTPに触れないように置いておくという行為は残酷で、
なんのプラスにもならないばかりか自分達の歩みを明確に止めてしまう行為でもあったのでしょう。
現実は残酷です。受け入れざるを得ない。


自分は、
その痛みを誰より知っているはずでした。
なのに、まるでわかってなかった。
否、わかっていてわかろうとしなかった。



彼らは、自分のような人間からの言葉を裏切りの様に感じたかと思います。
しかし耳を貸さず、前を向いていた。  

だからこそ、すぐ次のフレーズに

「過ぎゆく時の中に 僕らは何を見つけだして まだ見ぬ未来に何を抱くことができる?」

と、諭すように続くのでしょうね。  

冒頭から凄まじい言霊の念を感じる。
たった2つの文だけで、takaや、残されたバンド仲間達の乗り越えた苦痛が浮かびます。  

本当に強い人達だと思います。

だからこそKに惹かれ集まったのだろうし、
こうやってKを改めて知らしめてくれたのだろうし、  



だからKは死んだのかなとも思いました。  


本当に言ってはいけない言葉だとしても、そう思います。


Kはそんなに強くなかった。
Kは弱い男だった。
だからだった、
Kだけは


違うはず、


強くそう思います。


だからこそ、
weight of my prideやTHIS LIFEが
より大好きにもなり、当然Kへのリスペクトが増しました。  
ヒーローの魅力とは弱点ですからね!





Kはバンドマンらしい最期だったと聞きます。

それは死因として説明してしまえば端的かつ淡白なものでしょうし、
例え今現在の公式発表のように明らかにされてないが故、悔やまれる死に方であったと捉えられたとしても、
PTPを知らない人からすれば「変な人の自業自得」的な片付けられ方でしょう。  

今の自分には、
Kが何故そうなったのか、何故死んだのか、どう思いながら死んでいったのか、どう死にたくなかったのか、
本当の事が深部までぼやけて、色々とわかる様な気がします。

ですが、やっぱりわかりません。  



ただ、自分や自分のような多くの悩める人達を救い続けていたのだけは間違いないと思っています。  

この「俺のKの痛み」を乗り越えた今はとても清々しいです。  
生まれ変わったかのよう。


これ書きながらBuryの歌詞を思い出して、
まんまやんけこの流れ!全部K仕組んどったやろ!って笑えてます。聴こうぜ。  





「神」を失っていた8年間は、
無自覚でも何より濃く長く暗く、苦しかった。

いくつも十字架を背負い、
もう疲れた充分やったからいつ死んでも良いと、足りてなかったのならそれでもいい喜んで地獄に行くと、
本気で思ってここまで生きてきた。

何を手に入れても、すぐに手の隙間から逃げてゆく気がしていた。

それに怯え、なんでも手中に収めようと常に焦っていた。

そう焦るほどに消えてゆき、罪や後悔以外に何も残らなくなった様な感覚に苛まれていた。  



でも本当は、その間もずっと片時も離れず共に在ったみたいな、

かけがえのないそういう宝物を再認識出来て良かったです。  





これからもPTPは、
現世・浮世・THIS LIFEと共にあります。

Kが俺をこの世に遺していってくれたので、
これからもTHIS LIFEで、

雨の日も頑張って歩いていこうと思います。  


俺もいつかKの様に、誰かの痛みに寄り添える音楽を生み出したいと思います。

まあ、
逆に誰かの痛みにだけは寄り添わないとか、
音楽ではやらないとか表現をしないとか
抱える事にするとか言い出すかもしれんけど!

Kならそんな感じだったと思うんで!  




そういう「俺の痛み」でした。

読み辛い長文、失礼しました。  




ちなみに、
このnoteはある程度時間を置いてから有料に切り替える予定です。
基本的には見られたくないし、

「Pay money To my Pain」だから!

当たり前!  


無料期間中に読んだ人はずっと無料で読めるらしいので安心して下さい。
直接このnoteのURLを送った人に関しては、
どう悪用してくれても結構です。  




あと、

ホーム画のBreakfastロゴのヤツ。
ブレアのチケを余らせている時に誘った人が作ってくれたマネークリップです。
インスタでも書いたんですが、プレゼントしたマネークリップを使って本革手作業で作り

「俺の代わりに連れてったてや!」

と渡してくれました。

画像1

ブレアに行くことにしたと伝えたのがギリギリだったので、
間に合わへんなーってしゃーないから超簡単な作りになってショボいわ気に入らん!

と言ってたのがまた余計に涙腺にキました。  
泣いてないけど!

仕事で知り合い、PTPとKの話しで意気投合した、生き様・考え方・精神性をリスペクトしている人です。男前やし⭕️

今一緒にメインの仕事で絡んで稼ぎながら、最近別で一緒に商売も初めました。
全ての能力が高まり、特にやりたい事を行動に移すスピードが格段に早くなったのはその人のおかげ。
キッカケをくれたKに感謝です。

その人にだけは恥ずかしくてnoteとか書いてしまった事を隠してます笑




最後に、  





光の中の闇であり、闇の中の光でした
K、ありがとう👊  


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