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DH2022に参加しました 2

協力研究員の高橋舞です。前回のつづきです。
7月に、DH2022という国際大会で「速度偏差を用いた演奏様式の特徴づけ(Characterizing playing style with speed deviation)」というタイトルのポスター発表をさせていただきました。今日は、その発表内容について簡単にご説明します。

録音分析の客観的な手法を考案

これまでの演奏研究から、1920年代までは19世紀の伝統を受け継ぐ、速度変化の大きい演奏様式であったことが明らかになっています。しかし1930年代以降の演奏様式の変遷については、研究者によって見解が異なり、また客観的で再現性のある分析手法が確立されているとはいえません。そこで、客観的で再現可能な手法を提案し、その新しい手法を用いて、1910年代から現在までの演奏様式の変遷を検証しました。

研究対象はバッハの《半音階的幻想曲とフーガ》の「フーガ」と、《平均律クラヴィーア曲集》第1巻第1番の「前奏曲」および「フーガ」の3作品です。1910年代から2010年代までの83の録音データには、ピアノ・ロールという電気録音が開発される前に普及していた最初期の演奏資料といえるもの、SPレコード、CDなどさまざまなフォーマットがあり録音方法も歴史的に変化してきました。メディアの種類や楽器等に左右されない数値として「速度」に焦点を当てて分析します。

これまでの録音分析は、作品の一部分を抜粋して行われることが多かったのですが、抜粋することで結果が恣意的になる可能性があり、異なる録音間の定量的な比較もできません。そこで構造を問わずに同じ拍数であれば適応でき、定量分析が可能な手法を開発しました。

まずSonic Visurliserというソフトウェアを使用して、録音データに1拍ごとのマークを入れる拍打ちをします。得られた拍データをテキストファイルとして書き出し、書き出された拍データをPythonで読み込み、ある拍から次の拍がうたれるまでの時間を計算することによって、拍ごとの速度が分かります。大域的な変化具合を測る指標として作品全体の速度の時系列データに対する標準偏差を、速度の平均値で割った変動係数を速度偏差と定義し、3作品すべての録音の速度偏差を計算して、演奏様式の変遷を可視化します。

演奏の違いを可視化

中段の3つのグラフは、すべての録音の速度偏差を計算して可視化したものです。左から《半音階的幻想曲とフーガ》の「フーガ」、《平均律クラヴィーア曲集》第1巻第1番の「前奏曲」および「フーガ」です。グラフの青の実線はすべての速度偏差の平均値、青の点線は平均からのずれ、標準偏差をあらわします。左のグラフの1と2は1910年代のブゾーニとバックハウスで、青点線の外側にあるため、速度偏差が圧倒的に大きいといえ、19世紀の演奏様式を残した修辞学的演奏(青丸)であると結論付けることができます。

そして緑色の実践は修辞学的演奏とみなした1と2を除いた、全ての録音に対する速度偏差の平均、緑の点線は標準偏差をあらわします。緑の上の点線より上にある録音を準修辞学的演奏(緑丸)、緑の下の点線より下にある録音を非修辞学的演奏(赤丸)と定義します。

検証したバッハの3作品において、次の共通点があることがわかりました。
・1920年代まで:修辞学的演奏が主流・・修辞学的演奏期
・1930~50年代:準修辞学的演奏が多く、非修辞学的演奏はない
        ・・修辞学的演奏の残滓のある期間
・1960~90年代:準修辞学的演奏が減り、非修辞学的演奏が増加
        ・・修辞学的演奏の衰退期
・2000年代以降・修辞学的演奏および準修辞学的演奏が再びあらわれる
        ・・修辞学的演奏の再出現期

今後の予定

今はまだバッハ鍵盤作品の3作品しか検証できていないので、将来的にはこの手法を使って、様々な時代の作曲家による作品で検証していきたいと思っています。この会議では、音楽学関連ではほかに、ピアノ・ロールをデジタル化に関する研発表が2件ありました。最初期の録音資料は数が少ないことが悩みの種なので、ピアノ・ロールのデジタル化がすすめば、演奏研究ももっともっと進展していきそうです。

もっと詳しく知りたい方は、The Book of Abstracts of DH2022(200MB以上のPDF)から、私たちの発表部分をトリミングした以下のファイルをご覧ください!

”Characterizing playing style with speed deviation”
Mai Takahashi, Micikazu Kobayashi, Ikki Ohmukai.





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