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ウエスカ井上萌選手に密着。スペインでプロ契約を結んだ彼女の経験と将来の展望に迫る。

2024/2/27
私はスペインのウエスカにやってきた。
そこでの経験を綴る。


筆者がウエスカに行った経緯

私はサッカー文化の広がりや育成に興味があり、サッカー大国であるスペイン行きを決めた。instagramやLINEで、スペインにいる日本人に直接アポを取り、複数のチームで練習見学を行えることになった。そのうちの1つがウエスカフェメニーノだった。今回はそこに所属する井上萌選手に密着することができた。

ピレネー山脈から吹き下ろす冷えた風にやられる私

井上萌選手について

プロフィール

経歴 : 浦和三室SSS→浦和レッズレディースユース→十文字高校→早稲田ア式蹴球部女子→ウエスカフェメニーノ23才、浦和出身、ミッドフィルダー。

私と同郷、同い年。浦和三室少年団に女子で上手い井上萌って人がいるっていうのは有名だったので小学生の頃から一方的に知っていた。そのため、以前からinstagramをフォローしており、陰ながら応援していた。ということで今回思い切って連絡してみた。

プロ契約を結んだ経緯

早稲田ア式蹴球部女子での活動を終え、スペイン2部チームのトライアウトを受けた。しかし、上手く契約がまとまらず、3部のウエスカと契約することになった。本当はもっと上のリーグでやりたい気持ちがあったが、まずは試合にたくさん出ることが大事だと判断し、ウエスカに入団することを決めた。

ステップアップに向けて

3部からステップアップするために一番早いのは結果を出すことだと理解している。日本にいたときはセンターバックやアンカーを担いチームを影で支える役割だったが、スペインではゴール前にも顔を出し、貪欲に得点を狙うプレースタイルに変わった。日本にいたらこんなプレースタイルにはならなかっただろうと語る。新たな視点からサッカーを考えプレーする新鮮さを楽しんでいるように見えた。

スペイン語学習

大学生のときからスペインに行きたい気持ちがあったため、大学でスペイン語の授業を取っていた。ウエスカに来てからはサラゴサ大学に併設された語学学校に通っている。移動は少し大変だが、都心の語学学校より授業料が安いことはメリットだった。また、チームが宿を用意してくれていて、スペイン人選手2名と一緒に住んでいる。そのため、日常からスペイン語を勉強することができている。私と一緒にカフェに行った際は、店員さんにスペイン語で注文してくれた。練習中も仲間とのコミュニケーションも通訳なしでスペイン語を話していた。1年も経たずにここまで喋れるのは凄まじいと思った。

独自の身体ケア方法

東洋医学に基づいた身体ケアをしているという。サプリも摂るし、栄養にも気を使っている。身体の中からコンディションを整えている。「筋の回復が遅いのは筋が硬くなり血管が圧迫され血流が悪くなり栄養が届かないから。筋を良い状態にすること、栄養を摂ることをしっかり行わないといけない。」と理解して行動しているそうだ。特に、有機ゲルマニウムとモリンガたんぱくを愛用している。有機ゲルマニウムは飲むタイプと塗るタイプがある。これを使えば筋が緩んでくれるという。モリンガたんぱくは睡眠の質を高め、疲労を軽減してくれるそうだ。これらの知識は自ら探して得たものだ。「自分の身体のことだから誰かに任せるのではなく、知識のある人に頼りながら自分で答えを見つけ行動している。」と語る姿にプロ意識の高さを感じた。ちなみに、午前中の語学学校終わってから夜の練習の間にシエスタ(昼の長い休憩)を取り入れているそうだ。働きすぎな日本ではめったにない経験だろう。これも練習や試合で力を出すためのコンディショニングといえる。

モリンガたんぱくと有機ゲルマウォーターを持つ萌選手

ウエスカフェメニーノについて

所属リーグとスタッフと選手について

現在3部リーグに所属。第1監督、第2監督、フィジカルコーチ、メディカルコーチが在籍。選手は20名以上おり、半数は地元の選手。日本人は3名。最年長は30歳で、最年少は15歳。地元の選手が多いため、このメンバーでこのチームで上に行きたいという雰囲気がある。萌選手のような助っ人選手は、チームで上に行きたい気持ちもあるが、それよりも自分が上のリーグに行きたいという個人のステップアップの気持ちが強い。

日本のプロリーグとの環境の違い

最近、日本ではweリーグが発足され、女子サッカークラブのプロ化が始まったが、給料は決してよくない。一方、ウエスカでは3部のチームでさえ、裕福ではないが生活に困らない程度の給料と、宿の提供(無料)がある。練習時間は1時間半、週3回の練習と週1回の試合というスケジュールで、時間に余裕はある。各選手は練習以外の時間に、学校へ行ったり、他の仕事をしたりしている。萌選手は語学学校に通っている。ただ、男子に比べると環境や待遇は劣ってしまうため、スペインの女子サッカーの間でも抗議活動のようなものが行われているそうだ。

サッカースタイル

フォーメーションは3-5-2で、前線に早くボールを送り込み中盤でセカンドボールを回収し、攻め込んでいく。サイドからクロスを上げる際は、FW2枚と中盤の1枚が必ずペナルティエリアに入る。迫力のあるサッカースタイルだ。萌選手のような中盤の選手は、セカンドボールの回収とペナルティエリアへの侵入まで担い、走力やパワーが求められる。

ウォーミングアップ

練習前のウォーミングアップは、フィジカルコーチの指導で、障害予防トレーニングやチューブを使った体幹トレーニングが行われる。女子サッカー選手は特に、膝前十字靭帯断裂の怪我が多いため、膝周りと体幹の安定化トレーニングが主だった。

ピリオダイゼーション

ピリオダイゼーションとは、試合に向けてコンディションやパフォーマンスを最も良い状態にするために、練習内容や強度を変え、期分けすることである。例えば日曜日に試合があり、次の日曜日にも試合があるという場合、火曜日は中強度、木曜日は高強度の練習を行い、金曜日はセットプレーなどを含む試合に向けたトレーニングをするというような具合だ。週によって異なるが、概ね試合に向けた練習という考えがある。上手くなるために練習をするのではなく、勝つために練習するというプロフェッショナルな考えを持って、トレーニングに励んでいる。私が見学した日は、週末に試合がない火曜の練習で、チームの雰囲気を高めるための和気あいあいとした内容だった。学生時代、常に上手くなるためにたくさん練習をしてきた萌選手にとって、練習時間や内容が調整されてしまうことに少し不満を持っているようだった。

井上萌選手が経験した日本とウエスカでのギャップ

バカ真面目な日本人と天真爛漫なスペイン人

天真爛漫は明るく無邪気というポジティブな意味合いもあるが、自分の思う通りに振る舞うわがままな性格という意味ともとれる。彼女たちは、自分がミスをしてもすぐ人のせいにするし、ミスする選手にはあからさまにパスを出さなくなるし、思ったように行かないとプレーをやめる。彼女たちを見ていると、日本人ってバカ真面目だし、相手のことを優先しないと非難される文化があるんだなと感じた。日本人のバカ真面目さは罰ゲームという文化で表される。日本では罰ゲームがよく行われるが、罰ゲームを全力でやるのが日本人の性質だそうだ。スペインでは罰ゲームという概念がない。勝負に負けた上に罰を受けるということに納得しないからだろう。きっと彼女たちに罰ゲームをやらせても、全力でやらないからやっても意味がないと想像できる。これは驚いたしとても面白い文化だと思った。

自主トレはチームで禁止

ピリオダイゼーションによって、練習の強度や内容が調整されるスペインのプロの世界では自主トレが禁止されている(ウエスカに限った話なのかもしれないが)。もっと上手くなるためにもっと練習をしたい萌選手にとって少し不満があるようだった。チーム練習後の居残り練やオフの日にランニングに出掛けることは認められていない。練習前に先にグランドに来ることが素晴らしいという日本の考えも通用しない。練習はチームの練習だけにしてと言われるそうだ。それでも我慢できない萌選手は、練習前に家で身体操作系のトレーニングをこっそりしてからグランドに来るそうだ(笑)。

敗戦に対する向き合い方

彼女たちは、試合に負けても切り替えが早いそうだ。cabeza arriba(顔を上げろ)という合言葉のようなものがある。たとえ7試合勝てないことがあっても、彼女たちは切り替えが早いそうだ。日本では常に強豪チームでプレーしてきた萌選手にとって、7試合勝てないという経験がなかった。そんな状況に慣れてないためとても焦る、しかし練習は制限される。そんなジレンマの中に立たされることもあった。

将来の展望

「長くサッカーをやりたい。」「スペインで活躍したい。」という2つの情熱を燃やし、今回たくさんのことを話してくれた。多くの人が長く楽しくサッカーを続けて欲しいというテーマを掲げて活動している私にとって、彼女はすごく応援したくなる存在だった。私からみた萌選手は、チームで誰よりもボールを奪うし、誰よりもボールを受けに行くし、そして誰よりも楽しそうだった。私がウエスカの練習に来れたのは、彼女のこのような日頃の働きがあったからだと確信した。これから彼女はステップアップしていくに違いない。今後の動向に目が離せない選手の1人になった。


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