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リハビリが苦手な理学療法士が、リハビリができる“ひと”になるまで 〜第3話〜


澤が土谷さんの担当を外れてからちょうど1週間が過ぎた。
先週までこの曜日は1日6件の訪問であったが、最後の土谷さんの枠が空いたことで澤は16時には事業所に帰ってこれた。

事業所に着いて原付バイクを降りた時、ポケットのスマホが震えていることに気づいた。
村田からの着信である。

「はい、澤です」

「あ、澤くん?今どこにいてる?」

「ちょうど事業所に帰ってきたとこですよ」

「あ、そう?ちょうど良かった!今から土谷さんの家来てもらえる?」

「え、いいですけど、大丈夫ですか?」

ーまさか、もう息を引き取りそうだからとか?いや、それしかないのでは?ー

そんな良からぬ想像を膨らませていた澤だが、電話から聞こえる声でその想像が外れていることに気づいた。

「澤さん、頼むー!アンタが最後の砦なんやー」

村田のスマホ越しなので遠くからではあったが、土谷さんの声が聞こえた。

「何か、叫んでますね?」

「アレクサが話聞かなくなっちゃったのよ。私、次の訪問もあるから、ちょっとこれ以上長く居れなくて…」

村田は困った感じで言った。
それで呼ばれたわけか、と澤は納得した。

「ちょうど先週まで土谷さんの枠やったので、空いてるし向かいます。10分ほど待っててください。ただ、直せるかわかりませんよ!」

「ありがとう!伝えておくね!」

澤は電話を切ると、再度バイクにまたがると、土谷さん宅へ向かった。

リハビリを断られてからまだ1週間しか経っていないというのに、土谷さんの家にはえらく久しぶりに行くような気がしていた。

1週間前は、“理学療法士として”もっとできることがあると思っていて、それに相応しい程度には対応してきたはずなのに、それが叶わなかったことでウジウジしていた澤であったが、今はそんなことは考えずに土谷さんの家に向かっている。

純粋に、頼ってもらえたことが嬉しかったのだ。

そして、呼ばれた理由が『アレクサの様子を見て欲しい』だけというのは、なんともあまり我慢のできない性格の土谷さんらしくて、澤は心のどこかでホッとしていた。

土谷さんの家の前に着き、インターフォンを押すと、

「入ってー」

と、奥さんからの返事がした。

どうやら村田はもう既に出た後らしい。

「こんにちはー」と言いながら、玄関を開けると、奥さんがそこに居た。

「ごめんなさいね。忙しいのに」

「いえいえ。先週までここに来てましたから」

「うちのインターネットは澤さん頼みやから、あの人が亡くなっても私が来てもらわんとアカンわ」

奥さんはそんな冗談とも本気とも取れることを言いながら、澤を土谷さんの部屋へと案内した。

部屋の前まで来ると、奥さんは小声で、

「実は昨日からあんまり寝れてなくて、今ウトウトし出したんです。やからちょっと反応が悪いかも」

と澤に伝えた。

「そうなんですね。わかりました」

そう言って、澤は部屋のドアを開けた。

1週間ぶりに会う土谷さんは、驚くほど衰弱していた。

頬は痩せこけ、目は閉じたまま。点滴や心電図のモニターが繋がっており、身体は全体的に一回り小さくなっている気がした。

ー1週間、食べてないって言ってたっけ?それだけでここまで小さくなるなるんや?ー

久しぶりなので、少し他人行儀になりながらも、澤は土谷さんへ近づいて挨拶した。

「こんにちわ」

「おーう」

土谷さんはうっすら目を開けて澤を確認すると、こう続けた。

「悪いなぁ、こんなんで呼び出して。アレクサが俺より先におかしなってもたんや」

かろうじて聞こえるほどの声量だったので、澤は聞き取るのがやっとであった。

「そうなんですね。声に反応しなくなったって聞きましたけど、どこですか?」

「ここよ、ここ」

土谷さんの代わりに奥さんが答えた。

いつもはベッド横のオーバーテーブルの上に置かれていたアレクサだが、今日は枕元にある棚に置かれていた。点滴やおむつ交換の準備などで、テーブルの上にものを置くため、奥さんが移動させたというのだ。

いつもは声をかけると青く光るランプのところが、今日は赤く光っている。

澤はそれを見るや、

「あー。奥さんがここに移動させたんですよね?」

「そうよ。え?あかんかった?」

「いやいや、これ、マイクオフを表してるんですよ。やから反応しなかったんです。たぶんですけど、移動させた時にここのボタン押しちゃったんじゃないですかね」

澤は土谷さんの枕元に置かれたアレクサを手に取って、マイクオフのボタンを指して言った。そしてそのボタンをもう一度押すと、赤いランプが消失した。

「これで多分大丈夫と思うんですけど…一回試してみましょう。アレクサ!テレビつけて」

澤の声に反応したアレクサは、

「はい」

と無機質な声で返事をした次の瞬間、テレビは問題なく映った。

「あ、直った?よかったー。ありがとうね澤さん!お父さん!澤さん、アレクサ直してくれたよ?」

「いや、お前のせいやないか!」

黙りながら澤と奥さんの会話を聞いていたのであろう。土谷さんは、半ば呆れてツッコミを入れた。
その声は、澤が部屋に入ってきた時の挨拶よりかなり大きな声だった。

「お!土谷さんらしいツッコミ出ましたね!それが聞けただけで来た甲斐がありました」

「何やそれ!」

「お父さん、そこまで張りのある声は久しぶりやね。私と看護師さんとしか会わないから喋ることなくって最近黙ってること多いんですよ」

「そうなんですね。まぁ同じメンバーなら会話もなくなってきますよね」

「やっぱり、あのお友達にも会っといたらどうです?」

「うん、そうやなぁ」

「あ、誰か会う予定あるんですか?」

「主人がずっと仲良くしてた3人組がいるんです。その人らが見舞いに行かせてくれって言ってくれてるんやけど、ずっとこの人が来てもらうの渋ってるの」

「そのうちの1人も“がん”やねん。まだ元気にしてるけどな。でも、今の俺見たら『自分もいずれあんな風になんのか』って思うかもしれんやろ?それなんか気の毒やん?」

「気持ちはわかりますけど、来るって言ってるのは向こうなんで、あとは純粋に土谷さんが会いたいかどうかだけでいいと思うんですけどね?」

「ほら、澤さんもそう言うてますよ。ちょうど今日うちに電話あってね、『そんな様子ならなおさら行かせてくれ!』って私が言われて」

土谷さんは少し考えた様子だったが、意を決したのか

「まぁそうやなぁ。死ぬ前にオッサンらの顔見てもなぁって思うけど、腐れ縁やしな。来てもらうか」

と呟いた。

「お!やった!その友達が1番喜びますね!」

「いやいや、主人が1番喜んでますよ。頑固じじいはなかなか素直になれないから。澤さんの言うことが1番聞くね」

「そうなんですか?奥さんの言うことも聞いてくださいよ」

「いつも聞いてるよ!従順な犬みたいなもんやんか、俺」

土谷さんはさっきまで眠かったのが嘘のように饒舌になっていた。
ここ最近、こんなテンポの良い会話を土谷さん夫婦としたことがなかったので、土谷さんの病気が快方に向かっているのではと錯覚するほどだ。

友人と会えることがよほど楽しみなのだろう。
まさに“病は気から”だ。

ただ、いつ集まれるのかは気がかりだ。
土谷さんは急変の恐れがあり、明日の命は保証できる状態ではない。

「いつ来れるかですね。週末?」

澤が尋ねると、土谷さんは意外な返事をした。

「いやいや、アイツら暇やから明日来れるんちゃう?」

ーいくらなんでもそれは…ー

と思った澤の顔を見て、奥さんが言った。

「ホンマに暇なんです、この人のグループ。いつも急にでも集まって飲んでましたから」

「なんというか…素敵ですね」

「暇な奴らが集まって遊ぶようになっただけやからな」

「明日なら大丈夫そうですね!」と、言いたい気持ちを抑えて、澤は、

「楽しみですね!」

とだけ言った。

いつの間にか澤が来てから30分以上が経過していた。

「そしたら僕はこれで帰ります!明日に集まれること祈ってますね!」

「ありがとう。また何かあればよろしく頼みます」

土谷さんはそう言って右手を挙げて澤に手を振った。澤も右手を挙げて応えて部屋を出た。

「何から何までありがとうございます。今日来てもらった分、ちゃんとリハビリとして請求してくださいね」

奥さんが恐縮そうに澤に伝えた。

これまでのリハビリとはまったく違った時間だったが、奥さんは“リハビリ”として価値を感じてくれているようだ。

「あー、わかりました。そこは村田さんに相談しておきます」

「主人、友達に会いたがらなかったのは自分の今の姿を見られるのが嫌だからなんですよ。その想いもわかるからあんまり私からは言わなかったんですけど、今日澤さんが来て話してるのみると、やっぱり喋れるうちに会える人には会いたいんじゃないかなと思って。本当にいい時に来てもらえたわ」

「確かに、それは強要することでないですもんね。でも、奥さんの提案があったから、土谷さんが友達に会うという決断ができたわけなんで。だから僕のおかげなんて1mmもないです」

「あなたは控え目な人ね」

「そうですかね?あまりそんな風に考えたことはなかったです」

それもそのはず。先週、土谷さんに介入を拒否された時には「ここまでやったのに!」と思っていたのだから。

「明日がもし無理でも、何とか早いうちにご友人が集まれるといいですね」

と、澤は会話を切り返した。

「そうね。友達もやけど、週末には息子も孫連れて来るって言ってくれてたし、何とかそこまではもって欲しいなとは思うんですけどね」

「そうですよね。僕も祈ってます。ちなみに、村田さん達には、ご友人と会うかもしれないとは…?」

「言ってない、言ってない!ホント今ですもん、会うって言ったの」

「それなら一応伝えておきますね。看護師さんが訪問する頃、ひょっとしたらいるかもしれませんもんね」

「いや、その時間は避けてもらいます!看護師さんの邪魔になるし」

「そうですか?まぁ、そこはご友人の暇さを信じてます!」

「たぶん大丈夫。あの人らみんな、暇や暇や言うてる人達だから」

奥さんと土谷さんの友人をダシにした笑い話をし終えたところで、澤は土谷さんの家を後にした。

澤が事業所に帰った頃、村田はまだ訪問先から帰ってきていなかった。
記録やその他の雑務をこなし、終業時刻5分前になり、やっと村田が帰ってきた。

こんなに村田の帰りを待ち侘びたことはなかった。

「お疲れ様です」

帰ってきた村田を出迎えるように玄関の方へ歩きながら澤は挨拶した。

「あー!土谷さんとこ行ってくれてごめんね!どうだった?大丈夫だった?」

「あ、アレクサですか?あれは奥さんが動かした時にマイクオフのボタン押してただけなので一瞬で直りましたよ」

「え、そんな単純なの?全然わからなかった。それはすいませんでした」

「いや、全然いいんですよ。その後少し土谷さん夫婦と話ししてて、土谷さんのお友達が早ければ明日お見舞いに来るみたいです」

「そうなの?私行った時は全然そんな話出てなかったわ」

「なんか、僕と話ししてた時に奥さんが土谷さんに『やっぱりお友達にも来てもらったら?』って本人に言ってました。それまで土谷さんが渋ってたみたいです」

「でも、確かに今会えなかったら後悔するかもしれないもんね」

「そうなんですよ。僕もそれだけは言いました。やっぱり自分の今の姿見せたくないという想いも強かったと思うんですけど、それより会いたい気持ちが強くなったみたいですね」

「そっかぁ。いいことよね!でも明日って急だけど、決定?」

「いや、早ければって感じです。でも、奥さんは訪問看護の時間は避けるって言ってたから大丈夫やと思います」

「そっか。じゃああとは何もないこと祈るだけだね」

翌朝、土谷さんの奥さんから、土谷さんの友人が会いにくることになったと連絡があった。本当に昨日言って今日集まれることにスタッフ一同驚いたが、その友人の立場からしても、今会いに行かなければ次は無いのかもしれないという想いがあるだろう。

昨日言っていた通り、訪問看護の入っていない昼の時間帯に来られるようだ。

その時の様子は、夕方に点滴を更新しに訪問した看護師にから聞いた。

土谷さんは最近では珍しいほどの声量で話しており、奥さんが友人にコーヒーを出した時に「俺も飲む」と言って、一緒にコーヒーを飲んだそうだ。元々コーヒーは好きな人であったが、この1週間は水ぐらいしか口にしていなかったので驚きだ。
看護師が訪問した時にはもちろんみんな帰った後だったが、土谷さん夫婦からは満足感が伝わったと言っていた。

満足感。

家に帰って、澤はこの言葉について考えていた。

ーこの土谷さん夫婦の満足感に、少しは貢献できたのではないか?ー

以前、書店で立ち読みした終末期のリハビリテーションの“患者・家族のメンタルケア”に当たるであろう部分を提供できたと感じた。

奥さんには控えめに「僕のおかげなんかじゃない」と言った澤だが、これまで家電やインターネットの接続に澤が尽力してきたことで、昨日は訪問することができたし、だから友人のお見舞いを後押しすることができたのだから、少しは得意気になるのも当然だ。

これまでの関わりは何一つ無駄でなかった。
トイレまでの歩行練習も、インターネットやデバイスの接続も、すべてがこの日に繋がっていた。
もちろん、結果が出てから振り帰るから、すべての過程に意味があったと思えただけで、過程にいる最中は『なんで拒否されなアカンねん!』と、目の前の事象に捉われてしまっていた。

しかし、この成功体験を積めたことは澤にとって大きな財産だった。誰に対しても、どんな対応でも、“この先の何かしらに繋がっている”と、体験から気づけたのだから。

振り返ると、訪問リハビリに関わって1年間は、病院時代の経験の貯金でこなしてきた感があった。
澤は比較的考えが柔軟であったため、病院という“命を守る場”のリハビリから、訪問という“暮らしを守る場”でのリハビリに転職した時でも、大きなミスもなく、利用者やケアマネジャーからの評判も良く過ごしてきた。

ーこんな感じでやっていれば大丈夫ー

澤にはいつしかこんな想いが芽生えていた。土谷さんの経験はまさにそこに一石を投じるものであった。

「やっぱ、刺激は学びやなぁ」

と、澤はつぶやいた。同時に、訪問リハビリの仕事をしていく上で、まだまだ成長できるであろう自分にもワクワクした。

ここから3日後の週末、土谷さんは息を引き取った。
ちょうど、息子さん家族が帰省していた時だった。

それから1週間が経ち、土谷さんの奥さんがお礼の品を持って事業所に挨拶に来られた。

澤は訪問に出ていたので直接会うことはできなかったが、『最期はバタバタしたけど、友人や家族と会えて笑っている主人を見れてよかった』と、この場でも話していただいたようだ。

その日の夕方、澤は村田に話しかけた。

「こんなこと言うのも変ですけど、土谷さんで初めて訪問リハビリに転職したんやなって実感が湧きました」

「あー、なんとなく言ってる意味はわかるよ。がん末で最期までリハビリの人が関わることって今までうちではなかったもんね」

「はい。なぜ今回は関われたのかなって考えた時に、それまでの過程っていうのが大事なんやなって、改めて感じました。病院ではオーダーがあったら介入するのは当たり前で、そこを深く考えたことなかったんで」

「私も、事業所立ち上げてから学びばっかりよ。それが成長ってことなんだろうけど」

村田はそう言うと立ち上がり、机の上に置かれたクッキーを2つ手に取り、澤へ突き出した。

「土谷さんの奥さんがくれた物だから食べてね。澤くんはすごくいい仕事したんだし、これからもよろしく頼むよ」

「何すか、改まって」

照れ隠しで、ドライに接した澤だが、胸に秘めたアツい想いを吐露してみた。

「僕、土谷さんの経験を学会かなんかで発表したいと思ってるんですけど、いいですか?」

「もちろんいいよ。最初の同意書でそういう場合もありますってどの利用者さんにも説明してるから」

村田の許可ももらえたので、帰宅後の澤は夕食を摂るよりも先に、どうやってこの経験を発表するかを考えた。いくら症例報告とはいえ、学会となると抄録など形式が決まっており、うまく伝えたい部分が伝えられる自信がなかった。

そう。土谷さんの経験で重要なのは、“どうなったか”ではなく、“どう関わったか”だった。そして、土谷さんの最期に求められていたリハビリテーションはどのようなものであったのか。そこを伝えなければ意味がない。

澤は考えていた。

ーそうか。こういう経験は学会とかに出しにくい内容だから誰の目にも触れらることがなくて、他人が学ぶ機会も少ないんだ。だからみんな現場で苦労するのかもしれないー

決心した。敢えて学会で出すことを。査読で落とされるかもしれないけど、最低限の形式だけ守り、あとは伝えたいことをメインで書き出すことにした。

3ヶ月後。

澤のパソコンに、エントリーした学会から返信があった。

結果は“採択”。ただし、『タイトルは内容を想起しやすいよう、抽象的な表現は避けてください』とあり、やんわりとタイトルを修正するよう指示があった。

「えー!やっぱり?ちょっとふざけすぎたかな?気に入ってるんやけどなぁ。まぁ、さすがに学会やし、タイトルはもう少し硬くいくか?」

何となく予想通りの修正指示だったので、澤は原稿のファイルを開いてタイトルのところにカーソルを合わせた。

『リハビリが苦手な理学療法士が、リハビリができる“ひと”になるまで』

澤は一瞬ためらってからそのタイトルを消すと、頬杖をついて新たなタイトル案を考え出したのであった。

おわり。

〜あとがき〜

私は、本作の主人公・澤と同じく、普段は訪問看護ステーションで理学療法士として働いています。
本作の内容はフィクションですが、私のこれまでの経験から、この仕事の理想と現実や課題の部分をリアルに表現できればと考えていました。その中で伝えたかったことがあります。

それは“理学療法はリハビリテーションのごくごく一部である”ということです。

リハビリテーションというのは、“全人間的復権”と訳されています。立つ、歩くという基本動作ができるようになることはもちろん、働くことや趣味を楽しむこと、精神的に落ち着いていることなど、自分らしさを取り戻すためにおこなわれること全般を指します。

理学療法士や作業療法士、言語聴覚士はリハビリテーション専門職と呼ばれおり、リハビリテーションの中の“医学的リハビリテーション”という分野を主に担っています。

本作で言えば、澤が土谷さんの身体機能の回復のために解剖学や運動学などの専門的知識を元にリハビリの方法を考え、見事に歩行器を使って歩けるようになったことは、まさに医学的リハビリテーションの中の理学療法でした。

しかし、病状が進行し人生の最期を迎えるフェーズに来た土谷さんは、訪問リハビリを拒否します。この時期に必要とされていたリハビリテーションは、理学療法のような医学的リハビリテーションではなかったようです。

この時期に求められていたのは、土谷さんと奥様が後悔しないような最期を迎えることでした。

しかし、問診のように、

「最期に何がしたいですか?どうすれば後悔ありませんか?」

などと聞かれて答えられる人など、ほとんどいません。

本音や自分の想いを話してもらえる利用者さんとの関係性、その内容を共有してみんなで動けるチームとの関係性、それを日常的に構築しておくのが重要なことだと、私も日々の現場で痛感しています。

実は、利用者さんや患者さんが、本音をリハビリ中に吐露することは多いのです。なぜなら、訪問に限らずリハビリ中は利用者さんと理学療法士は30〜60分間ほど1対1になります。これだけの時間を、利用者さんと1対1になる専門職は他にありません。

澤の場合、デバイスの設定やインターネットの接続などを手助けしており、“1人のひと”としても土谷さんと接していました。おそらく彼のような人は、これ以外の場面でもそういう接し方をしていると思います。

そうすることで、『インターネットに困ったら澤さんに聞く』という考えを土谷さんが持つことができたので、リハビリを拒否した後でも澤を呼ぶことができました。そして澤は、最期を迎える間際の土谷さんを素直にさせ、土谷さん夫婦の満足感を引き出すことに成功しています。
理学療法だけでなく、もっと大きな意味でのリハビリテーションを提供したということですね。

本作のように、利用者さん達と“ひと”としての関わりを持つことで、様々なリハビリテーションを提供してきた理学療法士は数多くいらっしゃると思います。ただし、作中にもあったように、このような貴重な経験をアウトプットする場がないことも現状です(学会になると少し硬い印象になる)。なんとももったいない。

“理学療法士“としても、“ひと”としても、ケースバイケースで使い分けて関わっていける。そんなリハビリができる理学療法士が素敵だと伝えたくて、今回私はnoteを活用させていただきました。

と、偉そうに述べてきましたが、最後までこの拙い文章を読んでいただいた読者の皆様に厚く御礼申し上げます。

ありがとうございました。

#創作大賞2023

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