4. 気分症群(mood disorders)

この note では ICD-11 の精神科領域の解説を行っています。
本日は 気分症群(mood disorders)を扱います。

https://note.com/psycho_lec/n/ncc0e1cf5149e

4. 気分症群(mood disorders)

①気分症群は双極症とうつ病を含むグループである。②気分症群は、気分エピソードの型と、その継時的な出現パターンによって定義される。③気分エピソードの型には、抑うつエピソード、軽躁エピソード、躁エピソード、混合エピソードがある。④気分エピソードは診断病名ではないため、それ自体ではコードを持たない。⑤気分エピソードの組み合わせによって、うつ病や双極症の診断病名となる。

補足:① superordinate「上位の」「階級が上の」ということであるが、訳出しなくても気分症群という大きな括りの意味合いは通じるだろう。③混合エピソードは DSM-5 には存在しない。

この群には、主に以下のものが含まれる。

・双極症と関連症群(Bipolar or related disorders)
・うつ病群(Depressive disorders)

補足:「Depressive or related disorders」ではなく「Depressive disorders」であるから「うつ病群」と訳すしかない。対比できるような並びにした方がわかりやすいのだが。


双極症と関連症群(Bipolar or related disorders)

①双極症と関連症群は躁エピソード、軽躁エピソード、混合エピソードあるいはそれらの症状の出現によって定義されるエピソード性の気分症群である。これらのエピソードは典型的には経過中に抑うつエピソードあるいは抑うつ症状に交代する。

補足:① episodic mood disorders は「エピソード性の気分症群」とする。但し、気分循環症までエピソード性の疾患と考えて良いかは微妙な所である。双極症と関連症群には、主に以下の 3 つがある。

・6A60 双極症Ⅰ型(Bipolar type I disorder)
・6A61 双極症II型(Bipolar type II disorder)
・6A62 気分循環症(cyclothymic disorder)

6A60 双極症Ⅰ型(Bipolar type I disorder)

①双極症Ⅰ型は躁エピソードまたは混合エピソードを1度以上発症していることで定義される、エピソード性の気分症である。②躁エピソードは、多幸、易怒性、誇大性などで特徴付けられる極端な気分の状態が少なくとも1週間持続する。(治療介入によってこの期間は短縮されうる。)また活動性の増加と主観的なエネルギーの増大の体験があり、その他に素早くせきたてられるような発話、観念奔逸、自己価値観の肥大あるいは誇大感、睡眠欲求の減少、注意の転導性の亢進、衝動的で無謀な行動、気分の変動性(易変性)などの特徴的な症状を伴う。③混合エピソードは躁の目立った症状のいくつかと、抑うつの目立った症状のいくつかが同時に存在するか、あるいは極めて急速に交代するものである。(同日中、あるいは日毎に)④混合エピソードの症状では気分の状態変化(抑うつ、不快、多幸、誇大)を必ず伴い、これはほぼ毎日、ほぼ 1 日中続き、少なくとも 2 週間に渡る。(治療介入によってこの期間は短縮されうる。)⑤双極症Ⅰ型は躁あるいは混合エピソードが 1 度でも明白にあれば診断される。しかし、典型的には躁あるいは混合エピソードは経過中に抑うつエピソードへ交代する。

補足:② extreme mood state「極端な気分の状態」は意味がわかり辛いが、こう訳すしかない。euphoria「多幸」は伝統的には統合失調症の症状と考えられることが多かったが、躁の代表的な症状として記載されている。pressured speech はよく使われる言い回しだが、定まった日本語訳というのはない。③ prominent「目立った」は原文の意味がはっきりしない。with those observed in manic episodes and depressive episodes は訳出しなくても問題ないと思われる。④この注意は、精神運動症状や妄想のみを以て混合エピソードと診断しないように、という戒めである。持続期間については、躁エピソードに合わせての 1 週間ではなく、抑うつエピソードに合わせて 2 週間とする。⑤この文章だと躁、混合エピソードの直後に抑うつエピソードが生じるようにも読める。そのような症例もあるし、そうでない症例もある。

6A61 双極症II型(Bipolar type II disorder)

①双極症Ⅱ型は軽躁エピソードおよび抑うつエピソードをそれぞれ1度以上発症していることで定義される、エピソード性の気分症である。②軽躁エピソードでは気分の高揚、易怒性があり、活動量の増加または主観的なエネルギーの増大によって特徴付けられる状態が少なくとも数日間以上持続する。その他、発話の増加、速い思考、自己価値観の肥大、睡眠欲求の減少、注意の転導性の亢進、衝動的で無謀な行動などの特徴的な症状を伴う。③症状により患者は平素の気分、エネルギー水準、振る舞いからは異なった様子となるが、機能を明瞭に障害する程度ではない。④抑うつエピソードは、ほとんど 1 日中、ほぼ毎日の抑うつ気分または活動における興味の減退がみられ、これが少なくとも 2 週間持続することで特徴付けられる。その他、食欲や睡眠の変化、精神運動焦燥あるいは制止、疲労感、自己の無価値観または罪業感、将来への希望のなさ、集中困難、希死念慮といった特徴的な症状を伴う。⑤躁エピソード、混合エピソードの既往はない。

補足:② talkative というと「話しやすい、話せる」というニュアンスがあるが、ここでは「発話が増える」という意味である。軽躁の症状は、ざっくり言えば躁症状をマイルドにしたものになるが、それがなるべく訳出に現れるようにした。(但し、自己価値観の肥大と誇大でどう違うかと正面切って尋ねられると苦しい。)③かなり思い切って、represent a change を意訳している。④excessive or inappropriate guilt は「過度または不適切な罪業感」と訳すべき箇所であるが、またはまたはと連続して読みにくい。また、ICD では「抑うつ症状」と「抑うつ気分」を用語として使い分けるので、注意されたい。

6A62 気分循環症(cyclothymic disorder)

①気分循環症は少なくとも 2 年以上に渡る気分の持続的な不安定さによって特徴付けられ、その多くの期間、軽躁症状(例えば、多幸、易怒性、誇大性、精神運動性の活動の亢進)と抑うつ症状(沈滞、活動における興味の減退、疲労感)を有する。(症状のある期間の方が、ない期間よりも長い。)②気分循環症における軽躁症状は軽躁エピソードの基準を満たすことはありうるが、躁エピソードや混合エピソードの既往はあってはならない。③気分循環症における抑うつ症状は、重篤さまたは持続期間の点で抑うつエピソードの基準は満たさない。④症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:① instability「不安定さ」とした。psychomotor activation はここまでになかった表現だが、activate には「活性化する」という能動的な意味合いがあるので「活動の亢進」とした。feeling down もここで初出と思われる。「沈滞」とした。② may or may not … と長く続くが、要するに軽躁エピソードはありうるが躁、混合エピソードにはならないということ。③ ICD は「診断基準」という表現は終始避けており、diagnostic requirements「診断の必要事項」という言い回しをしているが、便宜上「基準」と訳している。②においてもこれは同様である。


うつ病群(depressive disorders)

①うつ病群では抑うつ気分または快楽の喪失がみられ、他の認知、行動、または自律神経系の症状を伴い、個人の機能を大幅に低下させる。うつ病の診断は、過去に躁エピソード、軽躁エピソード、混合エピソードを経験しているものには当てはまらず、それらは双極症の診断を示唆する。

補足:①多くの場合、「抑うつ気分」と並列されることが多い症状は興味の喪失(loss of interest)である。ここでは、loss of pleasure という原文になっているため、「快楽の喪失」と表現した。うつ病群には、主に以下の 4 つが含まれる。

・6A70 単一エピソードうつ病(Single episode depressive disorder)
・6A71 反復性うつ病(Recurrent depressive disorder)
・6A72 気分変調症(Dysthymic disorder)
・6A73 混合抑うつ不安症(Mixed depressive and anxiety disorder)

6A70 単一エピソードうつ病(Single episode depressive disorder)

①単一エピソードうつ病は、1 度のみの抑うつエピソードの存在により特徴付けられる。②抑うつエピソードは、ほとんど 1 日中、ほぼ毎日の抑うつ気分または活動における興味の減退がみられ、これが少なくとも 2 週間持続することで特徴付けられる。その他、食欲や睡眠の変化、精神運動焦燥あるいは制止、気力の減退あるいは疲労感、自己の無価値観または罪業感、将来への希望のなさ、集中困難、死や自殺についての繰り返す思考といった特徴的な症状を伴う。③先行する軽躁、躁あるいは混合エピソードの既往はない。

補足:① when there is no history of prior depressive episodes などと付け加えなくても病名から事態は明らかである。② うっかり自殺企図と訳してはいけない。用語として自殺企図と希死念慮は使い分けねばならない。

6A71 反復性うつ病(Recurrent depressive disorder)

①反復性うつ病は、2 度以上の抑うつエピソードの病歴によって特徴付けられる。抑うつエピソード同士は、重大な気分の動揺のない数ヶ月以上の期間によって隔てられている。②抑うつエピソードは、ほとんど 1 日中、ほぼ毎日の抑うつ気分または活動における興味の減退がみられ、これが少なくとも 2 週間持続することで特徴付けられる。その他、食欲や睡眠の変化、精神運動焦燥あるいは制止、気力の減退あるいは疲労感、自己の無価値観または罪業感、将来への希望のなさ、集中困難、死についての繰り返す思考や自殺といった特徴的な症状を伴う。③先行する軽躁、躁あるいは混合エピソードの既往はない。

補足:①後半の内容は、エピソード同士が「重大な気分の動揺のない期間」で隔てられていないのであれば、それは一つの長いエピソードとみなして必要に応じて単一エピソードうつ病と診断せよ、ということである。また、disturbance の語は繰り返し現れているが、元の意味「妨害」で通る箇所はひとつもない。ここでは「動揺」とした。②③は同じ内容である。

6A72 気分変調症(Dysthymic disorder)

①気分変調症は少なくとも 2 年以上に渡る持続的な抑うつ気分よって特徴付けられる。(症状のある日の方が、ない日よりも多い。)②児童および思春期の場合、抑うつ気分は持続的な易怒性として表現されるかも知れない。③抑うつ気分は、以下のような付加的な症状を伴う。すなわち、活動における顕著な興味あるいは快楽の減退、集中困難あるいは決断困難、自己価値感の低下あるいは罪悪感、将来への希望のなさ、睡眠あるいは食欲の変動、気力の低下または疲労感である。④この疾患の初めの 2 年間において、抑うつエピソードの診断基準を満たす期間はあってはならない。⑤軽躁、躁あるいは混合エピソードの既往はない。

補足:③気分変調症でみられる抑うつ症状は、ざっくり言えば抑うつエピソードをマイルドにしたものである。「自己の無価値感」ではなく「自己価値感の低下」である辺りにそれが反映されているが、実臨床で使い分けようと思うと難しい。④その場合は、うつ病の診断が妥当になるためである。

6A73 混合抑うつ不安症(Mixed depressive and anxiety disorder)

①混合抑うつ不安症は、不安と抑うつの両方を有しており、症状のない日よりもある日の方が多く、2 週間以上持続することによって特徴付けられる。②抑うつ症状は、抑うつ気分と活動における顕著な興味あるいは快楽の減退のいずれかを含んでいなければならない。③不安は、「緊張」、「心配」、「落ち着かない」、「先々への懸念をコントロールすることが出来ない」、「何か恐ろしいが起こるのではないかという恐怖」、「休息の困難」、「筋緊張の亢進」、「交感神経の緊張」などの多数の症候を含む。④抑うつ症状と不安症状のそれぞれの評価において、症状の重症度、数、持続期間などの点から、うつ病の診断基準も不安症群の診断基準も満たさない。⑤症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。⑥軽躁、躁あるいは混合エピソードの既往はない。

補足:③ anxiety を「不安」と訳すのはコンセンサスが得られていると思うが、nervous「緊張」、anxious「心配」、on edge「落ち着かない」、worry「懸念」あたりは怪しいものである。この辺りは無理に日本語に置き換えなくても良いと思われる。muscle tension, or sympathetic autonomic symptoms などを単に「筋緊張」「交感神経」とのみ訳すと意味不明であるから、それぞれ不安による機能亢進の意味に理解するべきであろう。④診断基準を満たすのであれば、それぞれうつ病、不安症の診断をする。
余談だが、この病名は DSM-5 でも載せる案があったが、field trial での診断一致率が低く見送られた経緯がある。ICD-11 は同じ理由で DSM-5 の「Disruptive mood dysregulation disorder」を退けているから、道義的には混合抑うつ不安症も弾くべきであった。こういう裏事情は ICD 本編には載らないから、やはり私の記事を読むべきである。

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