精神科専門医による ICD-11 解説

この note は、精神科専門医である私が、ICD-11 における精神、行動、神経発達の疾患(Mental, Behavioural or Neurodevelopmental Disorders)の解説を行うものです。

精神疾患では分類が非常に重要であるにも関わらず、2018 年に出た ICD-11 の邦訳がいつまでも出てこないままでは、精神医学が国民あるいは社会の期待に応えたことにはなりません。もちろん、病名の和訳や診断ガイドラインの作成は単純な作業ではなく、学会の他に厚生労働省や総務省なども巻き込んだ大事業で、時間がかかるのは無理なきことです。そこで、代わりに私が個人的な解説のみやっておこう、という次第です。何点か注意して欲しいことがあります。

①逐語訳ではない

あくまで ICD-11 の解説で、全ての文章、全ての単語を直訳したものではありません。直訳を試みると「3 つ、またはそれ以上」とか「範囲の境界」のような、しつこい文章になります。日本語の感覚としては「3 つ以上」とか「境界」で十分に伝わると思います。いわゆるカタカナ英語(スキル、パターン、コミュニケーションなど)も、十分浸透しているものは使います。

②下位分類について

インターネットで公開されている ICD-11 を見てみますと、小さい三角形に数多くの分類が隠れています。そして、隠れていた箇所にもさらに三角形が隠れており、その連続で無限に病名が増えていくような錯覚すら覚えます。(この文章が意味不明であるという人は、一度自分の目で

https://icd.who.int/browse11/

をご覧下さい。意味がわかると思います。)
現在日常臨床で用いている ICD-10 でも小数点以下まで使うことは稀です。F23 急性一過性精神病性障害の下位分類など、私はまず使いません。ICD-11 の本格導入後も事態は同様と予想されますし、何よりも、いきなり細かく勉強すると最初の神経発達症群で挫折しかねません。
 以上の理由から、本解説では小数点より前までを扱います。

③ disorder の訳について

これまで、ICD-10 や DSM-5 では disorder のほとんどを「障害」と訳していました。但し、日本では disability も「障害」と訳されてきた経緯があり、混乱に繋がるとの指摘がありました。こうした用語から感じるニュアンスは人それぞれだと思いますが、障害というと「慢性化し、固定した機能の低下」という含みがあります。それは本来の disorder の意味から遠ざかるので、今回の ICD-11 では原則的に disorder を「症」と訳し、disorders は「症群」と訳すことになっています。筆者もそれに従います。
例外として、主に認知症をその中に含む Neurocognitive disorders の群だけは、神経認知障害群と訳す予定になっています。認知症はむしろ「認知障害」としても意味が遠ざからないためでしょう。うつ病などは、国民に広く知れ渡った名称のため、「うつ病」で続投します。本解説の文中でも「disorder」の訳を行った部分がありますが、意味が通じる範囲で「疾患」、「障害」、「症状」などと訳し分けました。例えば「行動障害」や「認知機能障害」などは既に熟したフレーズですから、こうした単語を認知機能症などと置き換えると逆に読みにくいでしょう。

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