5. 不安または恐怖関連症群(Anxiety or fear-related disorders)

この note では ICD-11 の精神科領域の解説を行っています。
本日は 不安または恐怖関連症群(Anxiety or fear-related disorders)を扱います。

https://note.com/psycho_lec/n/ncc0e1cf5149e

5. 不安または恐怖関連症群(Anxiety or fear-related disorders)

①不安および恐怖関連症群は過剰な恐怖と不安およびそれに関連した行動面の障害によって特徴付けられる一群である。また、これらの症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。②恐怖および不安は近接した現象である。恐怖は、眼前の差し迫った脅威に対する反応と表されるのに対し、不安はより未来志向といえ、想定される脅威に対する反応と言える。③両者を区別するための鍵は、疾患特異的な不安の焦点、つまり、それぞれの疾患において恐怖あるいは不安を誘発する刺激や状況が何であるか、である。④不安、恐怖関連症群の臨床像として典型的には、不安の焦点で分類すると疾患を区別するのに有用な独特の認識パターンが見られる。

補足:①古典的には恐れる対象のはっきりしているものを恐怖、恐れる対象が漠然としているものを不安と呼んでいる。significant distress or significant impairment は両方同じような意味であるから分けなかった。② perceived はあっても無くても同じである。③「何であるか」まで加えると原文よりもしつこいかも知れないが、あった方が分かりやすい。つまり、患者の供述が「不安であるか恐怖であるか」よりもそれを引き起こす刺激、状況が重要ということである。但し、この区別にどれだけの意義があるかは疑問である。apprehension も「不安」とした。あまり細かく訳し分けても意味はない。④わかりにくい文章である。これは例えば、広場恐怖症の患者であれば「脱出困難、援助が得られない」のを恐れるとか、パニック症であれば「さらなる発作を恐れる」とか、不安症ごとに独特な恐怖・不安の型があることを指す。

不安または恐怖関連症群には、主に以下のものが含まれる。

・6B00 全般不安症(Generalized anxiety disorder)
・6B01 パニック症(Panic disorder)
・6B02 広場恐怖症(Agoraphobia)
・6B03 限局性恐怖症(Specific phobia)
・6B04 社交不安症(Social anxiety disorder)
・6B05 分離不安症(Separation anxiety disorder)
・6B06 場面緘黙(Selective mutism)

・6B00 全般不安症(Generalized anxiety disorder)

①全般不安症は数ヶ月以上持続する顕著な不安症状によって特徴付けられる。症状はない日よりもある日の方が多く、浮動性不安のような全般性の不安あるいは日々の多数の出来事(大抵は家庭、健康、貯蓄、学校、仕事に関して)に対する過剰な懸念として表現される。これらの不安症状に、筋緊張や休まらなさ、交感神経の過活動、主観的な緊張、集中困難、易怒性、睡眠障害などの付加的な症状を伴う。②これらの症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。③症状は他の身体的な疾患によるものではなく、精神作用物質によるものでもない。

補足:① nervous, nervousness は「神経質」でも良いかも知れないが、通じない場合もあるだろう。ここでは「(精神の)緊張」と訳した。ICD 全般に渡って言えることだが、experience を全て経験とか体験とか訳していると冗長になる。maintaining concentration の「maintaining」なども同様である。③ health condition は「身体的な状況」が直訳になるが、ここでは甲状腺機能亢進症や低 Ca 血症などによる不安の除外を要求しているため、condition を「疾患」とした。

・6B01 パニック症(Panic disorder)

①パニック症は、特定の状況や刺激に依存しない予期されないパニック発作を反復することで特徴付けられる。②パニック発作は強い不安や恐怖を呈する、はっきり区別されるエピソード性のものである。これに急速かつ同時に始まるいくつかの特徴的な症状(動悸あるいは心拍数の増加、発汗、振るえ、息切れ、胸痛、めまい、冷感、熱感、死の恐怖)を伴う。③加えて、パニック症では反復する発作に対しての持続する懸念、あるいは発作の再発を回避しようとする行動がみられ、結果として個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。④症状は他の身体的な疾患によるものではなく、精神作用物質によるものでもない。

補足:①逆に、疾患によっては特定の状況や刺激に依存する、予期されるパニック発作もあるということ。② dizziness or lightheadedness はまとめて「めまい」とした。lightheaded はふらふら程度の意味で、精神医学の記載としては馴染みがない表現である。③ concern「懸念」とした。「心配」「憂慮」なども考えられる。発作の再発を回避しようとする行動は、「以前パニック発作を起した場所や状況を避ける」などの行動を指す。

・6B02 広場恐怖症(Agoraphobia)

①広場恐怖症は「脱出が困難で援助が得られない可能性のある」多数の状況に対して顕著かつ過度の不安や恐怖を呈するものである。このような状況には公共交通機関の使用、人混みの中にいること、家の外で1人でいること(店、映画館、行列)などである。②患者は、こうした状況に対して「何か悪いことが起こるのではないか」という心配を継続して抱いている。例えば、パニック発作や、何か他の恥をかくような症状を呈することである。③こうした状況は積極的に避けられるか、信頼できる人間の同伴ありきなどの限られた場合にのみ許容されるか、あるいは大変な恐怖または不安をもって耐え忍ばれている。④症状は少なくとも数ヶ月間持続しており、個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:①こうした文脈からは「不安か恐怖か」の比較は意味がないことのように読み取れる。standing in line「行列」は家の外で1人でいることの例えとしては少し奇妙な印象を受ける。内容的には being in crowds「人混みにいる」にむしろ近いのではないか。③ enter を「入っていく」とか「向かっていく」とするとどうも違和感があるので、ここでは「(広場的状況が)許容される」と訳した。

・6B03 限局性恐怖症(Specific phobia)

①限局性恐怖症は、ある特定の対象や状況( 1 つとは限らない)に対して常に生じる顕著かつ過度の恐怖または不安で特徴付けられる。患者はそれらの刺激へ暴露されるか、あるいは暴露が予期されるだけでも不安、恐怖を感じる。刺激の例としては、ある種の動物への接近、航空機、高所、閉所、血や外傷を目にすることなどがある。そうした対象や状況が実際に危険なものであるとしても、患者の示す不安、恐怖は度を超えて強い。②恐怖の対象、状況は避けられているか、大変な恐怖または不安をもって耐え忍ばれている。③症状は少なくとも数ヶ月間持続しており、個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:①は、英語は 1 文でまとめているが、日本語で真似しようとすると長くなって読みにくい。あえて微塵切りにした。actual danger は、恐怖の対象次第で存在したり存在しなかったりするが、誤解を生まないよう少し長めの日本語訳とした。

・6B04 社交不安症(Social anxiety disorder)

①社交不安症は、社交的な場面( 1 つとは限らない)に対して常に生じる顕著かつ過度の恐怖または不安で特徴付けられる。社交的な場面には、会話などによる交流の他、他人と飲食をしたりスピーチをするなど、人から見られたり人前で何かをするような場面を指す。②患者の懸念は、自分の振る舞いや、不安症状を呈することにより、他者から否定的な評価をされるのではないか、ということである。③そのような社交的な状況は常に避けられるか、または大変な恐怖または不安をもって耐え忍ばれている。④症状は少なくとも数ヶ月間持続しており、個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:②社交不安症の恐れる本質は「他者からの否定的な評価」である。


・6B05 分離不安症(Separation anxiety disorder)

①分離不安症は、特定の愛着ある人物からの分離に対して常に生じる顕著かつ過度の恐怖または不安で特徴付けられる。②児童あるいは思春期の分離不安は、典型的には養育者、両親、あるいは他の家族との分離によって起こり、恐怖あるいは不安は発達段階から考えられる程度を超えている。③大人では、典型的には分離不安は恋人あるいは子供との分離によって起こる。④分離不安の訴えられ方としては、よくない事が愛着ある人物に起こるのではないかという考えや、学校や仕事に行く事への抵抗、分離に対しての繰り返す過度の苦痛、愛着ある人物と離れて眠ることへの拒絶、分離に関する繰り返す悪夢などがありうる。⑤症状は少なくとも数ヶ月間持続しており、個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:② focus on を「焦点づけられる」とすると分かりにくい。caregiver は「養育者」としたが、もっと広い意味に理解しても良い。幼児期に、主に母親からの分離に抵抗するのは自然である。その程度が著しい場合にこの診断が考慮されるということ。③ focus を「焦点」としないのは先ほどと同様。④ thoughts of harm or untoward events befalling the attachment figure は、「よくない事が愛着ある人物に起こるのではないかという考え」である。befall は「降りかかる」と訳してもいい。

・6B06 場面緘黙(Selective mutism)

①場面緘黙は、「子供が家庭などの特定の状況では適切に話すことが出来るのに、学校などの他の状況だと常に話せなくなる」といった、持続的な発話の状況依存性で特徴付けられる。②この症状は少なくとも 1 ヶ月持続し、学校が始まった最初の 1 ヶ月は除く。この症状により学習の進展あるいは社会的コミュニケーションに支障を来す。③話せないことは、その場面で必要とされれる言語への知識や安心感の欠如によるものではない。(家と学校で話される言語が異なる、など)

補足:① language competence は「言語能力」の方が原文に近いが、これだと「文章の理解」なども含む広い意味合いになってしまい、意味としては少しずれる。selectivity「状況依存性」はぶっ飛ばし過ぎているかも知れないが、「選択性」などとすると意味が分からなくなる。②特に小学校に入学直後の 1 ヶ月などは、緊張などから学校で話せなくなることはしばしばある。こういうものは場面緘黙に含めない。of sufficient severity の直訳など、すべきではないと判断した。③ lack of comfort with … は、迷ったが「安心感の欠如」とした。日常的な感覚でも、家と学校とで話される言語が違えば、安心とはいかないであろう。

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