9. 食行動症または摂食症群(Feeding or eating disorders)

この note では ICD-11 の精神科領域の解説を行っています。
本日は 食行動症または摂食症群(Feeding or eating disorders)を扱います。

https://note.com/psycho_lec/n/ncc0e1cf5149e


9. 食行動症または摂食症群(Feeding or eating disorders)

①食行動症または摂食症群は摂食症状あるいは食行動症状を呈するもので、その食行動は他の身体疾患では説明できず、また発達面から見て不適切で文化的にも許容されないものである。②食行動症群には、体重や体型とは無関係な行動障害(非食用物質を食べる、食物の吐き戻しなど)を呈するものを含む。③摂食症群では、異常な食行動に加え、食事、体重、体型への没頭がみられる。

補足:① abnormal eating behaviours「摂食症状」、abnormal feedng behaviours「食行動症状」としたが、実際の ICD 和訳では違う表現になっているかも知れない。health condition「身体状況」としても良い。②③このように 2 グループに分けることが役に立つかどうか、まだ分からない。

この群には、主に以下のものが含まれる。

・6B80 神経性やせ症(Anorexia Nervosa)
・6B81 神経性過食症(Bulimia Nervosa)
・6B82 むちゃ食い症(Binge eating disorder)
・6B83 回避・制限性食物摂取症(Avoidant-restrictive food intake disorder)
・6B84 異食症(Pica)
・6B85 反芻・吐き戻し症(Rumination-regurgitation disorder)

6B80 神経性やせ症(Anorexia Nervosa)

①神経性やせ症は身長、年齢、発達段階から見た顕著な低体重を特徴とし、これは他の身体疾患や食料不足によるものではない。②通常使われる低体重の閾値は、成人では BMI が 18.5 以下であることで、児童思春期ではその年齢での平均的な BMI を 5 % 以上下回ることである。③急速な体重減少があれば、(6ヶ月で全体重の 20 % 以上の減少など)他の診断基準が満たされていれば低体重には至っていなくとも診断に足る。④児童や思春期では、体重の減少ではなく成長曲線から期待されるような体重の増加が認められないという形をとりうる。⑤低体重に伴い、体重増加を妨げようとする持続する行動パターンがみられる。これには、食事摂取量の制限、排出行動(自己誘発性嘔吐、利尿薬の乱用など)、過剰な運動などによるエネルギー消費があり、典型的には体重増加への恐怖も伴う。⑥低体重、やせ体型であることが患者の自己評価の中心となっているか、あるいは、自分の低体重、やせ体型を通常か太っているとさえ見做している。

補足:② threshold は「閾値」と訳すのが一般的であるが、「境界」でも伝わるだろう。③ may replace「置き換わりうる」であり、「低体重がなくても急速な体重減少があれば診断されうる」という事態を指している。④ developmental trajectory「成長曲線」⑤ restoration of normal weight「正常体重への回復」だが、ここでは単純に「体重増加」とした。⑥この内容はいわゆる「body image の歪み」である。


6B81 神経性過食症(Bulimia Nervosa)

①神経性過食症は頻回のむちゃ食いエピソード(期間は 1ヶ月以上に渡り、頻度は週 1 回以上)によって特徴付けられる。②むちゃ食いエピソードは、他の時間とは明瞭に区別され、食べることを抑制できないという主観的な体験を伴い、普段よりも特に多い量を食べ、中止したり種類や量を制限することが出来ないと感じられるものである。③神経性過食症では、むちゃ食いエピソードに不適切な代償行動を伴う。これは体重増加を防ごうと意図されるもので、自己誘発性嘔吐、下剤や利尿薬の乱用、激しい運動が含まれる。④患者は体型や体重に囚われており、これらが自己評価に強い影響を及ぼす。⑤むちゃ食いエピソード及び不適切な代償行動による顕著な苦痛もしくは個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害がある。⑥神経性やせ症の診断基準は満たさない。

補足:①頻回の、反復するなどという言い回しは不要だろう。② distinct の一語を重くみている。すなわち、「だらだら食べ続ける」のではなく、はっきりとした過食の時間というのがある。この点を強調するために binge eating episode と表現される。⑥ ICD では「診断基準」という言い回しは終始避けており、ここでも原文は diagnostic requirements となっているが、便宜上「診断基準」とする。

6B82 むちゃ食い症(Binge eating disorder)

①むちゃ食い症は頻回のむちゃ食いエピソード(期間は数ヶ月以上に渡り、頻度は週 1 回以上)によって特徴付けられる。②むちゃ食いエピソードは、他の時間とは明瞭に区別され、食べることを抑制できないという主観的な体験を伴い、普段よりも特に多い量を食べ、中止したり種類や量を制限することが出来ないと感じられるものである。③むちゃ食いエピソードは本人にとっては非常に苦痛に受け止められ、しばしば罪悪感やうんざりしたような陰性の感情を伴う。④しかし、神経性過食症と異なり、体重増加を防ごうとするための不適切な代償行動を伴わない。⑤むちゃ食いエピソードによる顕著な苦痛もしくは個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害がある。

補足:①むちゃ食いのエピソードが存在する期間は数ヶ月(a period of several months)となっており、神経性過食症よりも長めに見積もっている。反応性、一時的なむちゃ食いエピソードに対する過剰診断を防ぐためと思われる。④神経性過食症とむちゃ食い症を区別するのは不適切な代償行動の有無である。神経性やせ症にひきづられて「ボディイメージの障害」で区別されると誤解されていることがあるので、注意されたい。

6B83 回避・制限性食物摂取症(Avoidant-restrictive food intake disorder)

①回避・制限性食物摂取症は食事摂取を自ら回避あるいは制限するもので、それにより 1. 食事の量、種類の不足がある。これにより深刻な体重減少、栄養失調に陥るか、経口栄養補助食品あるいは経管栄養に依存するか、あるいは他に身体的な負荷を受けている。2. 個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害がある。これには、会食などの社会的な活動の回避や抵抗などがある。②食行動のパターンは体重、体型への囚われからくるものではない。③食事摂取量の減少及びその体重や身体、機能への影響は、食事が手に入らないこととか、あるいは他の精神、身体疾患、精神作用物質の影響によるものではない。

補足:① 1. 一文が大変長いので簡略化している。to meet adequate energy or nutritional requirements「適切なエネルギーまたは必要な栄養素のための」だが、加えなくても誤解は生まないと判断した。nutritional deficiencies「栄養失調」とした。筆者が子供の頃ほどには栄養失調という単語は耳にしなくなったが、今の若い読者にも伝わるだろうか。① 2. ここでの eating は social experiences であるから「会食」とした。②サラリと流しているが神経性やせ症との区別で重要な点であ流。③この文章も長いが構文は易しい。後半は簡略化している。

6B84 異食症(Pica)

①異食症は、非栄養性物質を習慣的に食べることで特徴付けられる。これには非食用の物質(粘土、土、チョーク、石膏、プラスチック、金属、紙など)や食材(大量の塩やコーンスターチ)などがある。異食行動は持続性または重篤で、食用物質と非食用物質を見分けられるであろう発達年齢(およそ 2 歳)に至っていれば臨床的に問題となる。②異食行動は頻度、量、食べたものの性質次第では健康被害、機能障害あるいは重大な危険を及ぼす。

補足:① consumption という独特の言い回しをしているが、普通に「食べる」と理解して良いだろう。raw food ingredients「そのままの食事の材料」であるから「食材」とした。塩は我々にとっては食材というより調味料だが、英語圏でその区別があるとは限らない。コーンスターチはトウモロコシを擦り潰して粉状にしたもの。小麦粉や片栗粉の方が食材としてはイメージしやすい。②この文章はあってもなくても同じである。

6B85 反芻・吐き戻し症(Rumination-regurgitation disorder)

①反芻・吐き戻し症は意図的かつ繰り返される、吐き戻し(一度飲み込んだ物質を口に戻すこと)、反芻(それを再度噛んだり再度飲み込むこと)により特徴付けられる。吐き戻された物質は反芻されずに意図的に吐き出されることもあるが、嘔吐とは異なる。②吐き戻し行動は頻回(一週間に数回以上)であり、期間にして数週間以上継続する。③吐き戻し行動は他の医学的状況(食道や幽門の狭窄、神経筋疾患など)によって十分に説明できるものではない。④反芻・吐き戻し症は発達年齢が 2 歳以上の場合にのみ診断される。

補足:① intentional「意図的な」とする。「自発的」などもありうる。③は直訳すると長くなるだけである。

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