6. 強迫症または関連症群(Obsessive-compulsive or related disorders)

この note では ICD-11 の精神科領域の解説を行っています。
本日は強迫症または関連症群(Obsessive-compulsive or related disorders)を扱います。

https://note.com/psycho_lec/n/ncc0e1cf5149e


6. 強迫症または関連症群(Obsessive-compulsive or related disorders)

①強迫症および関連症群は、病因における類似性を共有すると考えられ、本質的に近しいと思われる、反復する思考や行動により特徴付けられる一群である。②強迫思考、侵入する思考、没頭などの精神現象は、この群の一部の疾患での中核的症状であり、関連する反復行動を伴う。③ためこみ症では侵入的で本人の望まないような思考は伴わず、むしろ所有物を蓄積させることへの欲求や、それらを捨てることへの不快感を伴う。④この群には、繰り返し習慣的に体表に手を出す一方で精神面では目立った症状のないもの(抜毛や皮膚むしり)を主とする、身体への反復行動症群も含んでいる。⑤症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:① aetiology「病気の原因」であるが、現在の精神医学でどこまで病気の原因が判明しているのか、疑問ではある。… key diagnostic validators は大幅に意訳するしかない。②伝統的に obsession は「強迫思考」と訳す。compulsion は「強迫行動」である。preoccupation は「没頭」とした。「没入」「囚われ」は良いが「先入観」はおかしい。③ need「欲求」とした。ためこみ症患者が自己の所有物に対して「後で必要になるかも知れない」という病理を抱えている事が多いのは事実だが、「蓄積を必要としている」のではない。④ action を「活動」とすると意味が取りにくい。

この群には、主に以下のものが含まれる。

・6B20 強迫症(Obsessive-compulsive disorder)
・6B21 醜形恐怖症(Body dysmorphic disorder)
・6B22 自己臭症(Olfactory reference disorder)
・6B23 心気症(Hypochondriasis)
・6B24 ためこみ症(Hoarding disorder)
・6B25 身体への反復行動症群(Body-focused repetitive behaviour disorders)


6B20 強迫症(Obsessive-compulsive disorder)

①強迫症は、持続する強迫思考または強迫行動、大抵は両者を有することで特徴付けられる。②強迫思考は反復性かつ持続性の、侵入性で本人に望まれぬ思考、表象、衝動であり、多くの場合不安を伴う。③患者は強迫思考を無視あるいは抑制しようとするか、または強迫行為を行うことで打ち消そうとする。④強迫行為は反復する精神活動を伴う反復する行動であり、患者は強迫思考への反応として掻き立てられるように感じているか、強固なルールに囚われているか、あるいは「完璧」を目指して行われている。⑤強迫症の診断のためには、強迫症状は時間を浪費するものであるか、あるいは個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こすものでなければならない。

補足:② unwanted「本人に望まれぬ」は汚い訳だが、「望ましくない」としてしまうと倫理的に問題があるような含みを持ってしまう。考えることを本人が望んでいないのに考えてしまうという強迫の性質を、ここでの unwanted は意味している。④ feels driven「掻き立てられるように感じる」とした。completeness「完璧」は、原文では ‘completeness’ と記号で括られている。この強調された completeness は、単なる一般常識や外的な規範に対する perfectionism(完璧主義)ではなく、強迫症患者の独特、固有の「完璧感」の病理を表すと思われる。


6B21 醜形恐怖症(Body dysmorphic disorder)

①醜形恐怖症は、他者からはほぼ気付かれないような自己の外見に関する欠点(1 つとは限らない)への持続する没頭で特徴付けられる。②患者はしばしば関係念慮を伴う過剰な自意識を有する。これには他人がその欠点に気づいており、その話をしているなどの確信などがある。③こうした没頭への反応として、患者は以下のような行動を繰り返す。その欠点の程度を繰り返し確認したり、その欠点をどうにか隠すか外科手術などによって改善しようとしたり、社交的場面や、その欠点についての不快感を増すような刺激を避けたりする。④症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:① defects or flaws も訳し分けず、まとめて「欠点」とした。in appearance「外見に関する」である。② self-consciousness「自分が、自分に向ける意識」のことであるが日本語でも「自意識過剰」などの表現をする。ideas は妄想と訳すべきではない。妄想は、delusion のためにとっておかねばならない。③「外科手術などによって」は誤解のないように筆者が加えた。後半が美しくないが、 triggers that increase distress about … に対する訳としては「…についての不快感を増すような刺激」とするしかなかった。

6B22 自己臭症(Olfactory reference disorder)

①自己臭症は、他者からはほぼ気付かれないようなものであるにも関わらず、自分の体臭や口臭が他者を不快にさせているのではないかという持続する懸念で特徴付けられる。②患者はしばしば関係念慮を伴う過剰な自意識を有する。これには他人がその臭いに気づいており、その話をしているなどの確信などがある。③こうした没頭への反応として、患者は以下のような行動を繰り返す。その臭いの元を繰り返し確認したり、臭いのないことを繰り返し確認したり、臭いをどうにか隠そうとするか、改善しようとするか、防ごうとするか、あるいは社交的場面やその臭いについての不快感を増すような刺激を避けたりする。④症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:病名については reference の意味を汲んで「自己臭関連症」としてしまうと related の意味と紛らわしいので、単純に olfactory disorder「自己臭症」とした。①かなりの意訳とした。「にも関わらず」は筆者が加えたが、あった方が分かりやすいと思ったからである。persistent preoccupation with the belief that …「…という考えへの持続する没頭」ではなく「…という持続する懸念」とまとめた。②以下の構文は先程と同様である。


6B23 心気症(Hypochondriasis)

①心気症は、重篤または進行性または生死に関わる疾患(1 つとは限らない)に罹っているのではないかという持続する懸念によって特徴付けられる。②この懸念は、以下の 2 つの内、いずれかを伴う。1. 繰り返される過度の健康関連行動。健康関連行動には、病気の兆候を求めて身体を調べたり、長時間その病気について調べたり、複数の医療機関を受診するなどして病気でない保証を繰り返し得ること、などがある。2. 健康に関する、非適応的な回避行動。これには、受診を避けたりすることなどが含まれる。③症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:②1. evidence「証拠」とするとおかしい。check of the body for … の for を「求めて」とするのは疑問かも知れないが、実際心気症では病気の evidence を「求めて」おり、これで良い。②2. 受診を避ける行動や、健康診断を拒否する態度などが回避行動に含まれる。


6B24 ためこみ症(Hoarding disorder)

①ためこみ症は、所有物の過度の蓄積によって特徴付けられる。それにより、生活空間は散らかり、その空間の実用性または安全性が損なわれるまでになる。②この蓄積は、繰り返す収集癖および捨てることへの困難さ(これは所有物を保管することへの欲求と、破棄することへの不快感による)によって起こる。③仮に生活空間が散らかっていないとすれば、それは第三者の介入によるものである。(家族、掃除業者、あるいは本人から見て「強い人」からの指導)④収集については受動的に生じる場合もあるが(チラシや手紙)、積極的な収集が行われることもある(無料のもの、購入したもの、あるいは盗んだもの)。⑤症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:①「使用が損なわれる」など意味がわからないので、「実用性」と訳した。②一文で 2 度 due to 表現が使われるので訳しにくい。urges or behaviours related to amassing は「収集に関する欲求あるいは行動」と直訳してもよい。ためこみ症でみられる need は「保管することへの必要性」ではなく「後で必要になるかも知れない」という意味である。③ authorities「権威」の一単語で済ませると意味不明である。

6B25 身体への反復行動症群(Body-focused repetitive behaviour disorders)

①身体への反復行動症群は体表に、繰り返し習慣的に手を出すことで特徴付けられる。これには、抜毛、皮膚むしり、唇を噛むことなどがある。典型的にはその行為を減らすかやめようとしているが、上手くいかない。結果、体毛の喪失や、皮膚や唇の傷などの皮膚科的な後遺症がある。②その行為は短時間エピソード性に見られ、1 日の中で間隔をおいてみられるか、あるいはより少ない頻度でより長期間持続している。③症状は個人、家庭、社会、学業、職業、あるいは他の重要な領域での機能障害を引き起こす。

補足:① action については冒頭で注意した通りである。「手を出す」も理想的ではないが、「触る」「かまう」も良くない。② scattered は「散らばって」であるが、この文脈では「間隔をおいて」「間隔をあけて」と理解する。直訳になっているが、誤解の恐れはないと思われる。本文中では hair-pulling , skin-picking と日常語で表現されているが、下位分類の病名はそれぞれ trichotillomania , excoriation となっている。

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