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免疫とCOVID-19 其の三 抗体のお話ー獲得免疫②

此の度も拙文をお読み下さって本当に有り難うございます。今回は前回に引き続き獲得免疫の中の液性免疫の説明ですが、中でも特に世間でよくいう抗体の具体的な構造や機能について、出来る限り分かりやすく、しかし科学的本質の部分はしっかりと避けずに触れていきたいと思います。

特に最近、SARS-COV-2に対するワクチンの治験が第三相試験まで進んだことが世界的なニュースにもなり、ワクチンによってもたらされる抗体に対する知識は、科学リテラシーを深める上でも必須だと思います。

お付き合いよろしければともあれ是非、早速概説してまいりたいと思います。

1・抗体の構造について

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拙い図解で恐縮ですが、抗体は血清γグロブリンに含まれる蛋白質のことで、主に血液や体液に存在し、所謂「抗体」の構造はざっくり上に描いたような構造をしています。前回、ある抗原に対する特異的免疫反応として、液性免疫でB細胞が抗体を産生する仕組みを解説させて頂きました。抗体はB細胞が産生する蛋白質で、上図のように「重鎖」「軽鎖」の組み合わせから構成されています。

注意して欲しいのは、重鎖と軽鎖の末端の組み合わせで「可変部」が作られていることで、この部位で数十億にも及ぶ外来異物抗原を認識して結合します。可変部の多様性のバリエーションは抗体遺伝子の組み換えによってもたらされ、外来抗原に適合した抗体を持つB細胞がクローン選択で増殖して効率よく抗体を産生する仕組みも前回説明させて頂きました。

一方、重鎖は定常領域(Fc)を構成し、この部分で白血球の好中球やマクロファージに結合して貪食を活性化したり、補体系蛋白質と結合して補体系を活性化して外来異物抗原を破壊したりします(後述)。

抗体は最初はIgM抗体としてB細胞表面に発現され、抗原刺激を受けると徐々にIgG抗体を産生するようになり、活性化されたB細胞はIgM抗体からIgG抗体をメインに産生するようになります。時間的変化を図で示すと下のようになります。巷間盛んに言われる抗体検査とはこの2つのいずれかの抗体を特異的に検出する検査で、抗原暴露後、IgM検出なら感染初期IgGなら感染後、急性期後期から回復期以降、と大まかに判断できます。

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このようにIgMからIgGなどへ抗体の種類が変化することを「クラススイッチ」と呼びます。クラススイッチは可変部領域の遺伝子と重鎖のFc領域の遺伝子の組み替えで起ります(この2つ以外にも複数のクラスの抗体がありますが、わかりやすくするためにも代表的なこの2つを今回は挙げました)。

また、外来抗原を認識してB細胞が抗体を産生する形質細胞に変化する過程で、この可変部の領域で「体細胞超変異」というさらなる遺伝子変異がもたらされ、抗原に対する結合親和性がさらに増加します(より強固に結合)。

クラススイッチ体細胞超変異によって、抗原への親和性がより高度にもたらされるメカニズムは、やはり日本人の本庶博士らによって解明され、先の利根川博士らによる可変部の遺伝子組み換えによる抗体多様性の獲得の解明と共に、日本人が免疫学に果たしている貢献は多大なものがあります。今後述べていくサイトカインなども日本人研究者の貢献が多大です。

2・抗体の機能

抗体には幾つかの作用がありますが、中でも重要なのはやはり外異物抗原を認識して結合し、その作用を失わせる「中和」がその中心的な役割です。

他に、前述したように補体系を活性化して感染細胞などを破壊する「補体活性化」作用や、抗体の重鎖のFc領域が白血球の好中球やマクロファージのFc受容体に結合し、貪食能を亢進させる「オプソニン作用」が代表的です。

特に知識として、感染初期に産生されるIgM抗体は補体活性化が強く、後にメインで産生されるIgG抗体は中和活性やオプソニン作用が強く、胎盤移行性もあるため母子免疫に重要な役割を果たしている、という点は強調されて良いかと思います。赤ちゃんが出産後数ヶ月、あんまり風邪などひかないのは、お母さんからのIgG抗体が身体の中にあるからです(典型的には抗体がなくなる頃に、突発性発疹などで生まれて初めて高熱が出ます)。

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3・SARS-COV-2と抗体について

上記ざっと抗体の構造、機能についてですが、愈々懸案のこのウイルスと抗体についてです。感染者はご存知の通り絶賛爆増中なので、特にワクチン開発が世界的に超重大な急務となっていますが、なかなか一筋縄ではいかない難儀な問題が山積、というのが正直なところです。

先ず、感染回復者の血清にはウイルスの中和抗体があるんやから、それつこたら重症者の治療にええやないですか、と普通誰しもが考えますので、無作為化比較臨床試験(単純な比較より大事といわれてます)が実際行われたら、重症者には回復者血清効果が認められなかった、という驚きの結果になり、血清学的な治療に少し陰が過りました(たぶん)。

その後、無症候感染者や回復者の中和抗体はかなり早く失われてしまうという更に驚愕の報告がなされ軽度のCOVID-19の抗SARS-COV-2抗体がやはり早期に失われてしまうということもわかり、「いや、全く同じやないやろけど、ワクチン開発どないなるん?」と世界中の多くの研究者、医学者達が心の中で頭を抱えてしまったであろうと思われます。

目下懸念されているのは、SARSで認められてしまった抗体依存性感染増強(ADE)SARS-COV-2でも起るのではないか?という不安と警戒です。

すなわち、急務とされるワクチン開発によって抗体が身体の中に出来ても、前述の抗体の構造から、抗体に結合したウイルスが中和されずにFc領域を介してマクロファージなどに取り込まれて細胞内で複製して、却って感染を強めてしまう懸念があるため、ワクチンの安全性の評価は非常に重要である、という科学者の懸念です。

極最近、最初に言及したように、ワクチン開発の臨床試験第I/II相試験で、チンパンジーのアデノウイルスベクターを使って、SARS-COV-2のスパイクタンパク質を投与し、発熱や頭痛などの副作用はありましたが、単回投与で90%の人に中和抗体が誘導でき、T細胞免疫(後日詳述)も獲得されたという報告がされました。逆を言えば単回投与で10%の人には中和抗体が出来ず、研究期間が限られているため、抗体や免疫の持続時間も未だ未解明のままです。

このOxfordワクチンは特に重大な副作用もなく、今後大規模臨床試験の結果待ちですが、ワクチンが現実に多くの人に行き渡るのためにはまだ長い時間と多くの試験が必要なのは疑いないでしょう。上手くゆくことを願うばかりですが、非常に有効なワクチンが現実開発された場合、廉価ないし無償で最も必要とされる人に優先して配分されることが人道上も疫学上も望ましいのは論を俟ちません。

今回もここまでお読み下さって本当に有り難うございます。次回以降は細胞性免疫、T細胞の役割についてお話させていただこうと思います。貴重なお時間をお付き合い下さり、本当に有り難うございます。有用なワクチンが出来るまで、どうかくれぐれも感染しませんよう、何卒お気をつけください。

それでは、また。ありがとうございました。


















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