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免疫とCOVID-19 其の二 獲得免疫① 抗体産生のメカニズム

前回の自然免疫に引き続き、今回は特異的な外来異物病原体に対する特異的免疫応答である獲得免疫、なかんずく世間でよく言われる抗体とその産生の仕組みについて概説したいと思います。カバー写真なんで魚(然別湖にしか生息しないミヤベイワナ)やねん!、ってツッコミがあるかも知れませんが、進化系統樹的に、脊椎動物の魚類以降にこのメカニズムが生物に備わっています。

今回はかなり専門的になりますが、免疫反応の中核かつ本質であり、後述するワクチンの基礎的部分になりますので、免疫に対して深い理解を得るためにも、よろしければどうかお付き合いいただければと思います。また、COVID-19の最新知見と絡めて基礎を概説したいと思います。

それでは、早速参りましょう。

1・獲得免疫は液性免疫と細胞性免疫からなる。

自然免疫では非特異的な免疫反応が駆動されましたが、獲得免疫では主に特異的抗原ー抗体反応である液性免疫(Humoral immunity)と細胞性免疫(Cellular immunity)があります。前者は主にリンパ球の中のB細胞が主役となり、後者は同じリンパ球の中のT細胞が担当します。

B細胞は主に骨髄(Bone Marrow)で産生・成熟して二次リンパ組織へ移行し、T細胞は骨髄で産生されて胸腺(Thymus)で成熟するので、頭文字からそう呼ばれます。

抗体産生はB細胞が担当するので、今回はB細胞が抗体産生する機序を説明したいと思います。正直両者とも非常に複雑でややこしいですが、とても重要なので、少々混み入りますが、以降がっつり参りますね。

2・B細胞は成熟分化の過程で特異的抗体を細胞表面に発現する。

先ず始めに、B細胞は成熟分化の過程で、無限とも思われる様々な外来異物抗原に対する蛋白質である抗体を、ただ一種類発現するように分化していきます。

抗体の構造や作用は後述しますが、非常に多様性を持つ外来抗原に対し、その抗原に特異的に反応する抗体を、なんと出会う前から事前に揃えて準備して待ち構えています。一個のB細胞は一種類の抗体しか産生しません。しかもその抗体は外来抗原に出会う前から出来ています。このシステムは、人類の中からたった一人の運命の人が既に決まっているような、映画「君の名は」を勝手に連想してしまいますが、それぐらい膨大なB細胞のレパートリーが生体内には存在し、多種多様な外来異物抗原を認識して排除します。このメカニズムを獲得した生命は凄いの一語に尽きます。

3・B細胞成熟の過程で、特異的な抗体の遺伝子再構成が起きる。

我々生物は、細菌・ウイルスなどの無数の病原体に晒されますが、それらが生体内に侵入してきた時に、特異的に病原体に結合する抗体をB細胞の分化の過程で作りあげます。ヒトの遺伝子の数は随分議論されてきましたが、どうやら2万個台あたり、というのが現在の科学的認識です。

抗体一種類が一個の遺伝子で決められているなら、億単位に及ぶ無数の外来異物抗原を認識するのに到底足りません。どうして限られた遺伝子で無数とも思える外来異物に対する抗原を認識できるのか?というのは長年の謎でした。

この問題を解決したのは日本人の利根川進博士で、抗体の遺伝子のうち、外来異物を認識する部位が、遺伝子の組み換えにより膨大な抗体のレパートリーを獲得することを明らかにしました。

偉大な科学者であるバーネットという方がそれ以前に「クローン選択説」を提唱し、様々な外来異物を認識する抗体は既に生体に備わっており、外来異物に特異的に反応する抗体産生細胞がクローン増殖して抗体を産生してゆく仮説を立てていましたが、利根川先生の発見等で今ではバーネットのクローン選択説が正しかったことが証明されています。

この遺伝子再構成の結果、ある抗原に対して特異的に反応するB細胞が骨髄で成熟し、その抗体をB細胞の膜状に発現します。発現された無数の種類のB細胞のうち、外来異物抗原を認識する抗体を持つB細胞が特異的に選択増殖されて、その外来異物に対する抗体を多く産生して、特異的かつ効果的に異物排除を行います。これがクローン選択説の本質です。

4・B細胞活性化(抗体産生)は、抗原刺激とヘルパーT細胞の刺激の双方が必要である。

前述したように、B細胞は成熟の過程で遺伝子の再構成を起こし、多種多様な抗原に対応できる抗体を生み出しますが、効率よく抗体を産生する過程において、外来異物の抗原ー抗体反応と共に、ヘルパーT細胞からの刺激を受けることが、特に一番最初に新たな外来抗原に対する抗体を産生する時に必要です。これも複雑ですが、免疫の理解に必須なので説明していきましょう。

前回お話したように、最初自然免疫が動員され、非特異的に外来異物病原体が白血球の好中球や単球系のマクロファージや樹状細胞により貪食されることを説明致しました。喩えがなんですが、わかりやすくいうとマクロファージは米軍でいうと海兵隊のような最前線殴りこみ部隊で、感染が起る局所で外来異物を貪食・攻撃して激しく戦います。

この貪食の過程で、免疫応答の中枢組織である二次リンパ組織に侵入してきた敵の詳細を伝え、より強力な免疫応答を引き起こしますが、その伝令役となるのが異物を貪食した樹状細胞です。二次リンパ組織はリンパ節や脾臓などですが、これも喩えて言うなら国防総省で、敵の情報を認識してより効果的な抗原排除を各免疫担当細胞に指令します。

局所で異物を貪食した樹状細胞は異物を取り込んで細胞内で分解し、数アミノ酸からなるペプチドまで外来蛋白質を分解します。そして二次リンパ組織へ移行し、分解した外来異物特異的ペプチドを、MHC-IIという膜蛋白質上に載せて抗原提示をナイーブT細胞に対して行います。

ここらへんの詳細は後述しますが、T細胞受容体はMHC-IIに抗原提示されたペプチドを認識し、エフェクター細胞へと分化します。

中でも、T細胞表面にCD4抗原を発現しているものをヘルパーT細胞といいます。また、B細胞も細胞表面の抗体受容体に結合した外来異物を取り込み、やはりペプチドにまで分解してMHC-IIにその断片を載せ、ヘルパーT細胞に抗原提示を行います。

活性化されたT細胞受容体が抗原提示されたB細胞と相互作用すると、サイトカインという蛋白質を分泌してB細胞を活性化し、B細胞が抗体を産生するのを助けると共に、メモリーB細胞への分化を促し、二度目以降同じ抗原に暴露された場合、効率的に抗体産生ができるように促します。

ちなみに、抗体を産生して分泌することができるようになったB細胞は形質細胞と呼ばれます。

複雑ですが、まとめましょう。

①樹状細胞→細胞内での分解、MHC-IIによる抗原提示→二次リンパ組織でのナイーブT細胞からエフェクター細胞(今回はヘルパーT細胞)への分化
②外来抗原を認識した抗体を持つB細胞が異物を取り込み、MHC-II上に特異的ペプチドを抗原提示→ヘルパーT細胞が抗原提示されたB細胞と相互作用し、サイトカインを放出してB細胞を活性化。
③活性化されたB細胞による抗体産生、一部メモリーB細胞への分化

随分ややこしいですね、、、、抗体産生がこれだけ複雑な仕組みでおこなわれているのは、恐らく自己に対する抗体を産生して自分自身を攻撃しないよう、厳重なチェックシステムが進化上獲得されたものと考えられます。

ちなみにCD4+T細胞はヒト免疫不全ウイルス(HIV)が感染する細胞で、この免疫反応の中核に感染して機能不全をもたらすので免疫不全になることは有名ですね。抗体の機能や役割については次回に詳しく述べたいと思いますが、最新の報告ではCOVID-19を引き起こすSARS-COV-2に対する抗体はどうやらあまり長続きしないことが懸念されます

グラフィカルにイメージで分かりやすい動画がありましたので紹介しますね。マクロファージ、樹状細胞、B細胞はMHC-IIによる抗原提示ができるので、抗原提示細胞(APC;Antigen Presenting Cell)とも呼ばれます。

今回は抗体産生の大まかな流れをざっと説明致しましたが、次回以降は抗体の基本的構造と機能、役割についてさらに掘り下げていきたいと思います。今回のパンデミックで跋扈してるSAR-COV-2に対するワクチンとは、すなわちこのウイルスを排除するために効果的な抗体を産生することが主な目的です。

かなり専門的になりましたが、ここまでお読みくださって本当に感謝申し上げます。拙い文章で恐縮ですが、免疫の仕組みについてより深くご理解いただく一助になれば心より幸いです。

では、また次回。ありがとうございました。

雨が長引く昨今ですが、読者諸氏の方々は呉々も御身ご自愛下さい。

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