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死ぬまで生きるという仕事

新約聖書ルカによる福音書2章22-38節より

 すべての生き物には寿命があり、いつか死ななければいけません。私も、そして皆さんも同じです。では皆さんに質問ですが、もしも明日世界が滅びて死んでしまうとしたら、最後に何を食べたいですか。どこに行きたいですか。誰と一緒に遊びたいですか。自分が死んでしまうということを考えると、私たちは死ぬまでにどう生きるかを考えます。特に歳を重ねておじいちゃん、おばあちゃんと呼ばれる年齢になるとお友達や家族が亡くなってしまうので、「自分もそう遠くないうちに死んで天国に行くんだな。じゃあそれまでどうやって生きようかな」と考えることはとても大切です。

 今日の聖書にはおじいちゃんとおばあちゃんが登場します。シメオンさんとアンナさんです。シメオンさんは歳を取り、もうすぐ死んで天国に行きます。でも神様から「あなたは救い主であるイエスさまを見るまでは死にませんよ」と言われていました。だからいつ私は救い主イエスさまにお会いできるのかなと楽しみにしていたところ、ついに赤ちゃんイエスさまが目の前に来てくれました。シメオンさんは喜びに溢れ赤ちゃんを腕に抱いてこう神さまをほめたたえます。「神さま、私は神さまの約束通り救い主であるイエスさまをこの目で見ることができました。ありがとうございます。この方は全ての人の救い主です。これで私は安心して死ぬことができます。」シメオンさんは自分が生きている間の最後の仕事としてマリアとヨセフ、そして周りにいた人たちにこの赤ちゃんこそ救い主、キリストですよと伝える仕事をしたのです。

 もう一人、聖書にはアンナというおばあちゃんが出てきます。84歳です。非常に歳をとっていると聖書には書かれてありました。今と違って昔は84歳ってめったに生きられない年齢でした。アンナさんはおばあちゃんになってから毎日神さまの神殿で熱心にお祈りし、神さまに仕えていました。自分は歳をとったから多くのことはできないけど、死ぬまで神さまを礼拝しよう。そう考えていたんです。そこに赤ちゃんイエスさまがやってきました。知り合いのシメオンじいさんが「この子こそキリスト!全ての人の救い主!」と叫び声をあげます。それを聞いたアンナさんは毎日熱心にお祈りし、神さまを礼拝するという仕事に加えて、自分が死んでしまうまでその日の出来事をたくさんの人に語り伝えるというお仕事をしました。

 私たちには寿命が来るまで生きるという仕事があります。生きるというのは何かをすることです。何かを食べ、どこかに行き、何かを話して誰かと過ごすことです。歳を重ねていく、重い病気になるとだんだんとできることが少なくなってきてしまいます。とても残念なこと、寂しいことです。でも私たちには最後までできることがあります。私たちを生かしてくださる、支えてくださる神さまをほめたたえることです。イエスさまこそ救い主、本当に素晴らしい方なんですよと周りの人に語り伝えることです。私のお友達の牧師さんが年末年始に久しぶりにお父さんお母さんの住んでいる実家に帰り93歳になる入院中のおばあちゃんに会いました。おばあちゃんはずっと寝ていましたが、「讃美歌を歌うよ」といったらうなずき、お祈りしたら「あ〜」と目を瞑ったまま言ったそうです。「アーメン」って言ったんだね。すごいですね。でも本当にすごいのは神さまです。93歳のおばあちゃんは自分を生かしてくださる神さまをほめたたえるという仕事を一所懸命にして、周りにいる家族に神さまが与えてくださる信仰の素晴らしさ、力を伝えています。

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