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第34回 『愛着』について考える…無償の愛の大切さ、あなたを大切にしてくれた人は誰ですか?

 愛着がある、愛着がない…ということを、私達は自分の所有物などに対して使いますが、今回は心理学における「愛着」とはどういうことなのかということについて書いてみようと思います。まず「愛着とは」”人が特定の他者(養育担当者、多くは母親と父親)との間に築く情緒的な絆”であり、将来的な対人関係や学習の基盤になるものとされています。

そして、人間にとってこの「愛着」の形成が、それ以降の人生に大きな影響を及ぼすとも言われています。特に乳幼児期に母性的養育を受けられなった子どもや、母親との分離体験が多い子どもほど、それが不安の根源となりやすいという研究結果も発表されています。

「安全基地」とは何か?
簡単に言うと、子どもにとって愛着対象(養育者)となる人です。子どもにとって愛着対象である人との間に、きちんと「愛着」が形成されている場合、子どもはその対象とくっつくことで得られた安心を持ったまま、自分でさまざまに探索を始めます。そしてその安心感がなくなると、愛着対象のもとに戻り、安心を回復し、また探索を始めることができるのです。

乳児期の子どもは、このように養育者と離れたりくっついたりしながら心身を発達させていくのですが、その過程には個人差があります。それは養育者の態度と、子どもの愛着スタイルによるところです。また子どもにとって養育者の存在が、安全基地として有効に機能しているかどうかは、養育者がその役割をきちんと果たせているかどうかに左右されます。

養育者が安全基地となり得るために大切なことが、”子どもからの働きかけにすぐに適切に対応できているか”ということなのですが、これを「敏感性」と呼びます。子どもに対して拒絶的であったり、無関心な養育者は「敏感性」が低いということになり、この場合は子どもが養育者にサインを送っても受け止めてもらえないため、逆に近づかないことで安心を得ようとします。

また、この「敏感性」を持って関わるときと、そうでないときとの差が激しい養育者の場合は、子どもが養育者に、”いつ見捨てられるか分からない”という感情を持つことになります。そのため養育者の関心を自分に引きつけておこうとして、突飛で我がままな態度を取ったり、わざと派手な感情表現をしたりするわけです。

そうですね、思い当たりませんか?
こういう態度を公共の場で見せる若者やいい大人が、今、日本で急激に増えていると感じているのは私だけではないはずです。

今やこの国では家庭環境の多様化のため、養育者も母親と父親には限らなくなり、実の親であっても何らかの理由ときっかけで、血を分けた我が子にひどい仕打ちをするというニュースも、めずらしくなくなりました。

何らかの理由で、不遇な子ども時代を送らなければならなかった人もいるでしょう。養育者と健全な「愛着」が形成されず、悲しくつらい思いをしてきた人もいるでしょう。

しかしどんな関係性であっても、人間の発達段階で無償の愛を与えてくれる大人、そして青年期以降でも友達や仲間との出逢いによって、心の安定と安心・安全、幸福感を得ることはできます。

依存、支配、服従などの、不健全な人間関係を選ぶことなく、自分のことを一番大切に!そして、その自分と同じように、あなたのことを大切に扱ってくれる人達、あなたの安全基地になれる人達との人生を生きてほしいと思います。

2023年、春…
皆さんがよき出逢いに恵まれますよう!
そして幸せに向かって、新しいスタートがきれますように!!!