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研究者のキャリアパスvol.2~理想と現実、そして未来への希望~ #フェロー寄稿

Project MINTβ版パイロットプログラム0期生フェロー黒田垂歩さん(タルさん)に「研究者のキャリアパスとアカデミアの未来」についてお話を伺う第二弾!!

vol.1はこちらから

日本で研究者キャリアをスタートしたタルさん。
その後アメリカでも長年アカデミアの研究者として働いた経験から、日本とは全く違う研究者のキャリアに対する考え方を知ります。
そして、思い切って企業へ転職したことで見えてきた未来とは?


ーー研究者を取りまく世界は、構造的ジレンマのある厳しい環境との事ですが、それはアメリカでも日本と同じような状況なのでしょうか?

 はい、アメリカも基本的には同じような状況ですが、日本と大きく違う点があります。私が所属していたハーバード大学医学部では、大学院生が5年程研究をして博士号を取得すると、次は研究の外の世界へキャリアを求める割合が高かったです。日本では、研究者というと研究室に閉じこもってひたすら実験に没頭する人達という、周りからのステレオタイプがありますよね。そして、研究者自身も自分達は崇高な理想のもとプライドの高い仕事をしている、企業での仕事はお金儲けばかりでくだらないと思っている節があり、研究をやめて企業に入ると見下されるような雰囲気があるんですが、アメリカでは全く違ったんです。博士号を持っている人が社会に出て、その知識や経験を社会に活かすことが良い事だと認識されているのでしょう、製薬業界やコンサルタントなど違う業種への就職がキャリアパスとしてあり、それが普通に祝福してもらえる感じでしたね。

ーーそれは日本とアメリカで大きく違いますね、研究者のキャリアに対する考え方が。

 そうですね。アメリカに長期滞在したことで研究者のキャリア概念はかなり変わりました。研究者として割と順調な滑り出しをした事もあって、私は「自分は研究を続けてそのうち大学教授になるんだ」という固定観念にとらわれていたんですが、アメリカでの経験を経てからは、もっと自由にキャリアを変えても良いのかも、と思うようになりました。実際にお給料は一流企業だと一般の研究者の2倍程度になる事も多いですし、キャリアアップとして普通に評価されます。
 自分にも日本人研究者としてのステレオタイプがあり、企業に移る事に迷いはありましたが、これ以上研究の世界にいても自分のワクワクが続かず、むしろ擦り減っていくだけかも、と疑問を感じていました。
 ちょうどそのようなタイミングでヘッドハンターの方からお誘いをうけ、話を聞く機会がありました。最初は「自分の市場価値を知るだけでも」という気持ちで面接を受けたのですが、とんとん拍子で話が進み、数社からオファーをもらい、最後には給与面でも仕事内容としても満足のいく職に就くことが出来ました。
 研究者マインドが捨てられずに企業に飛び込めない人や、自分が面白いと感じる仕事に出会えない人も多くいますが、私は思い切って飛び込んでみました。大きな冒険でしたが、今では飛び込んで本当に良かったと思っています。

ーー実際に製薬会社ではどのようなお仕事をされているんでしょうか?

 オープンイノベーションといって、大学と製薬会社がタッグを組みながら創薬研究を進めていく際の、プロデューサー的役割です。自社にとって最もよい相手がどこにいるのかを探し当てる、スカウト&目利きの役割もします。自分が研究者に対して資金を渡す側になった訳ですが、その経験の中で「研究者が社会にとって実益のある研究をやることで、ちゃんと資金がもらえるようなシステムができれば、日本の研究環境がよくなるのでは?」という考えに至りました。つまり、上述の構造的ジレンマにちょっとした風穴を空けたいなと。研究者、起業家、大企業など色々な人が協力することで付加価値が生まれ、技術が社会実装されることで利益にもつながっていきますし、雇用や地域産業も生まれます。もちろん、研究者のハッピーにもつながります。そうすることによって、研究の世界をもっと夢のある世界にしたいんです。子どもたちが「研究者になりたい」と胸を張って言える社会にしたいんですよね。これが私が考える、理想のエコシステムです。

ーー素敵ですね!!現在タルさんが相談を受ける方はどんな方が多いのでしょうか?

 これから研究者を目指したいけど、どうやったら私のようなキャリアを歩めますか?という若者からの質問は多いですね。また、以前の自分と同じように研究者キャリアに葛藤を抱えている人も多くいます。研究はもういいから別のキャリアを歩みたい、といった方です。案外知られていないことですが、日本の研究者は昼夜関係なく身を粉にして働いても、給与水準は日本の平均とそう変わらないという現実があります。また、先程指摘したようなヒエラルキーが強い環境で上下関係に嫌気がさしたり、論文を書くために研究費を稼ぐというサイクルが辛いという方も多くいます。私が学生の頃は、ポスドク1万人計画に乗っかって研究者を目指す学生が比較的多かったので、学生を労働力とした研究環境が成り立っていたのですが、今では「研究者はきついばかりで報われないから」と学生の研究希望者が少なくなり、必然的に人的資源が足りず、研究を続けること自体がとても大変になっています。
 順風満帆な研究者の方はもちろんその世界で突き進んでいただければ良いのですが、もしキャリアの雲行きが怪しくなった場合でも、それまでの研究者経験を活かす生き方がある、むしろそんな多様性も楽しいかも、という認識を持っていただければ嬉しいですね。

ーー国が研究にお金を回してくれないという点も大きく関係していそうですね。有能な人材が海外に流出していると聞いたことがあります。

 その通りです。アメリカは長年研究費を多く出していますし、中国もここ最近の研究費はうなぎ登りです。日本は研究費が少ないままずっと横ばいですので、これでは研究力は成長しないですよね。海外で修行をした研究者が日本に戻りたくても、良いポストが日本の大学にない、という事も大きな問題です。官僚をつとめる友人からは「国が社会保障費の圧迫で厳しい財政の中、科学技術予算が減らされてないだけマシ」というのが官僚の論理だと聞きました。しかし、科学技術研究費は未来への投資なのではないでしょうか。良い研究が良い技術を生み、それを活かすスタートアップや大企業が国を富ませるんです。特に資源の少ない日本ではとても大事なことですよね。しかし政府にはそれが投資だという発想がないようで、このままでは日本の未来は先細りです。社会保障費のほんの数パーセントでも未来への投資に回してくれれば、日本の科学技術の世界は大きく変わると言われています。今の現状では、好奇心に目を輝かせて研究の世界に入っていく若者が、すなわち昔の自分が、かわいそうです。希望に満ち溢れているはずなのに、、悲し過ぎます。

ーー研究投資があれば、未来に希望が持てるのでしょうか?
 
 投資だけではなく、大学組織が変わる必要もあると思います。失われた平成の時代にシステムをアップデートできていないので、人事制度などが旧来から変わっておらず、時代遅れだと思います。もっとフレキシブルな制度に変える必要があるでしょう。また日本の大学の教員は、学内の雑務や書類書きに時間を取られ過ぎで、研究に費やす時間が削られています。こういった管理業務には思い切ってテクノロジーを導入して効率化するなど、システムの前向きな変化のためにお金と技術をきちんと使って欲しいです。
 加えて、研究とビジネスの両方がわかる起業家がもっと増えるといいですね。そのような起業家がスタートアップを立ち上げて、良い技術を情熱を持って社会実装する事で、事業化の0→1の部分をどんどんやって欲しいです。最近は日本でもスタートアップを支援するプログラムが多くできており、私も複数の支援プログラムに関わっています。またベンチャー投資も近年活発になり、筋の良いスタートアップは苦労せずとも資金集めが可能です。実際、研究室で得た発見を元に起業するケースや、企業と積極的に共同研究を目指す研究室も増えてきており、良い兆候は既に見えていると思います。こういった領域にも、研究者出身の方の活躍のチャンスが大いにあると思いますよ。

ーー大学のシステムのアップデートと、起業家育成も、大事なのですね。それでタルさんはこれから、どのようなアクションを起こしていくのですか?

 製薬会社の本業に加え、私自身は今、複業でベンチャーキャピタルの仕事を手伝っていますが、これはライフサイエンス・エコシステムにとってプラスになると信じています。複業を通して壁を飛び越え、いろんな業界をつなぐ事ができるコネクター人材がもっと増えれば、業界が活性化するし、個人としてもより活躍の幅が拡げられると考えています。
 私の友人には今でもアカデミアの第一線で研究を続けている人が多くおり、彼・彼女らの事をとても尊敬していますし、応援しています。そして、彼・彼女らの研究活動の援軍となるようなライフサイエンス・エコシステムを構築し、活性化していけたら嬉しいです。これからは、アカデミアにいる研究者達に、即ちに過去の自分に、直に語りかけるアクションも必要だと思っていますし、研究者が夢を持って、目を輝かせて実験台に向かえるような、未来を創っていきたいです。

0期生フェロー:黒田垂歩(くろだ たるほ)

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