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【思考編-第17回】クルマの自動運転は本当に出来るのか…?単なる走行の制御レベルだけで決めてるつもり...?〖その1(前編)〗

目的に応じた本質の捉え方と、その使い方のフリートーク講座。
今回は、“クルマの自動運転は本当にできるのか…? 単なる走行の制御レベルだけで決めてるつもり…?” 〖
その1(前編)〗です。
国土交通省からは「自動運転の定義及び政府目標」や「自動運行装置の保安基準等の概要」が出され、更にメディアでは様々な記事や評論家の解説が流れています。

自動運転になったら「ハンドルから手を放してパソコンやスマホを使える」だとか「寝ていても目的地に行けるから…将来は運転免許証もいらなくなる…」等、”自動運転という言葉” だけを各人が勝手に捉えて興味本位に演出した解説や情報ばかりです。
そして、様々に流れている情報の内容を観てみると…昨今のコロナ禍対応同様に「現在この様なものがあって、将来はこの程度までできるかもしれない」という程度の内容で、必要なインフラの整備や法律の改定も曖昧な上に「自動運転の目的や役割も、達成目標や保障内容も不明確」な国交省と自工会の規定に踊らされた解説や情報です。
皆さんは「自動運転は、クルマの走行関係についての制御機能の開発➪AIと制御システムの世界」と思っていませんか? 確かに今の国交省の規定などを観るとそのレベルの認識と進め方です。
 しかし、それは大きな誤りです!!!!

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人とクルマの役割と自動運転機能の信頼性保証や商品ごとの性能機能の違い、更には「特定走行条件を満たして自動運転している最中に緊急事態が起こった時、それまで前方も見ず正しいドラポジで座っていない人間が、瞬時にクルマに代って緊急対応安全運転が出来るのか…?」
自動運転の車は「特定走行条件から外れたので自分で運転して下さい」という警報を出すだけですが、緊急時にそれを受けた人間は…?

これらは全て、自動運転の「目的と役割、そして達成レベルと製品機能や保証」が曖昧なまま「自動運転という言葉と国交省の”何が遣れる”という方法論だけ」が勝手に走っている為に、カモフラージュされてしまっている大事な部分です。

今回は〖その1(前編)〗〖その2(後編)〗と題して2回に渡りお話します。
その1では “新たな事を遣ろうとした時の進め方”。そして次回のその2では ”実現する為のアプローチの仕方と実際の対応” をお伝えします。
今までにないモノや、お客様の概念に無い新しいものを創り出そうとする時に大事な取り組み方です。
皆さんも日頃気になるテーマについてこのようなアプローチでケーススタディをやってみてください。
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