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人間力UPプロジェクト再開(2)

人間力UPプロジェクト(2)

主観と客観


=心の目線は生立ち、
生活環境、経験や学びの多少で
当然ながら差異が生じます。
現代社会で活動活躍している人は
二代目が多いと言われてる老舗、
政治家がおりますがその中でも
人間力に大きな違いがあります。

中でも、
他人の釜の飯や画境と異なる生活を
体験した人坊ちゃん育ちと周りの人
から言われる人の夫々の心の大小、
感性の強弱、意思決定力、選択力、
決断力などに個人個人の相違点が
在ることが「生き方」に有意義な人、
弊害になる人の人間力に現れる
と実体験をしました。

さて、今日まで
私達が気付かなかった政治家達の
政治資金管理に於ける裏金作りや
その流れは国民から信頼を損なう
大きな問題であると受止めます。
これは、
政治家独自の「当たり前」の心に
因り起きるべきとして起きたことで
あると私見ですが思います。
これは、当人の「当たり前」(常識)
の判断基準や受止め方の人的弊害
とも言えると思います。

そして今、
私達の日本社会では物事や人への
「当たり前」(=個人の常識)の選択・
判断の基準を精査し大きく変わる
ターニングポイントに面している
と強く感じます。

国民として、本気で真摯に受止め
なければならないと思います。
それを実行する前に必要とされる
取組み認める心(認知・非認知能力)
思い遣り、感謝、敬意、誠実さ、
謙虚さ、優しさなどと言われる
人間力(心)の中にある意識の本質
を理解受容れる「知学」の活動です。


人と和し、繋がるために、
自分自身だけの「当たり前=常識」
で人の心や言行を勘定で判断基準
にしないことも大切です。
少子高齢化社会に入った現在
いつ起こるかもしれない人的要素事故、
今迄の常識が通じないいつどこの場で
起きるか判らない計り知れない自然界
災害(天災人災❓)に備える物と心の
準備を一人ひとりが必要最低限して
おかなければならないと思われます。
なぜか❓元旦に起きてしまった今回の
能登半島地震に因り人と人が繋がる意識
とその活動の大切さを私達日本人の多く
が感じ取ったのではないでしょうか。


その一方で、
国内で起きている様々な悲しい出来事や
今現在から犯罪を少なくするためにも、
古より自然界との調和を伝承すると共に
「人と和し人と繋がる」和の意識が薄れて
来たことに対する「天から日本人へ警鐘」
である、と私見乍ら受止めます。

現在の日本社会環境は、
年々増え続ける高齢者への支援サポート、
と共に有り余り選択に迷う物や様々な情報
に満ち溢れています。

一方、
世界中からおもてなしや様々な芸術や文化、
漫画、近代ファッション文化、四季折々の
変化を見せる唯一無二の自然環境、和食、
新旧の信頼出来るモノ造り、職人文化の
国と全世界から注目されインバウンドに
因る世界中から観光客日本の技や文化を
コトとして学ぶも人も増えています。

また、
今迄に起きた日本各地の自然災害の支援
をして下さった各国への恩返しの意味も
含めて東京オリンピック後の国内総生産
(GDP)を伸ばす努力を国全体で実践して
行かなければならない現状です。
国政で日本中を騒がしている裏金の事件は
政治家何人かの人の文字の原点を無視した
国民視点=目線を軽んじた取組み意識と
言行態度の現れであり、国内のこの騒動は
極端ですが、日本の社会環境を良し悪しに
関わらず大きく変える結果になると思います。


今迄は
「当たり前(個人の常識)」の基準として、
人と和するため、繋がりを持つために
必要不可欠なルール・マナー・モラル、
年齢や立場相当のコンプライアンスと
礼儀作法・仕草所作など関することは、
「当たり前、知っている、判っている」
で終わらせない意識が必要です。
同時に、
その基準は個人の立場や経験や生活の
環境によって大きく差が生まれます。

故に、
自分の当たり前の基準「ものさし」だけで
測り人やモノ、事象を選択判断するのでは
なくて人の心やその判断活動が果して
「人として正しいか?」と言う
ことと共に時代の変化に照らし平等、
冷静沈着に各々の人として正しいと
言うものさしで受止め思考して選択
判断決断が出来なければなりません。

社会生活上で、
自分の常識の基準=当たり前の心を顧みず、
或いは無理強いして、それが出来ていない、
しないから、と自分勝手に怒っている人に
出会い触れ合ったことはありませんか❓
私も、
現場に立ち共に汗を流し指導していた
時期に思い当たることが多々あります。
特に上に立つ人の中には、パワハラ
セクハラ・モラハラとなる現行態度に
気付かず自分の当たり前だけの基準で
平気でする人も少なくありません。


さて、自他のココロの「当たり前」には、
コンプライアンス、道徳倫理、モラル、
マナー常識(躾)などが当て嵌まります。
同時にそれは子供から大人まで差があり、
コンプライアンスは地位立場や置かれる
社会生活環境によって幅があります。
この意識の違いを個々人が確り弁えた上で、
日々の社会生活に実際に生かして行くこと
が何よりも大事なことです。
自分が「当たり前」と思っていることでも、
社会生活や人間関係上でどの様に生かし
活動するのかと言うことを自分と触合う
相手、社会や会社の様々な「ものさし」=
正しい基準に照らし合わせる心身の活動
が何よりも大切であると受止めます。


この当たり前の「ものさし」が感情や我欲
で大きな誤差を生みや見えなくなること
や人としてその立場として適正でないと、
時により人・愛・信頼・立場(地位)生活
の場を失う場合もあり得ます。

また、最近目立つ無視の姿勢や既読スルー
メールやSNSを使ってのやり取りです。
あるコンサルの方がビジネスはメールが
殆どで電話は使わないと言ってました。
体温を感じ取れられないデジタルツールの
メール、SNSの文字だけの文言では自分
の本音を隠しどのようにも書ける、と意識
して置き文を読むことも大切です。

また、
何らかの御縁を戴いた人と接する仕事を
している方に何等かに役立てばとの思い
から人を紹介し仲だちの時間を作ったり、
自作の参考文献をお送りしたり、何かを
伝えたいためにメールを送ってもスルー
何の返事が無い場合が少なくありません。


子供の頃から親に
他人からどんな物でも何かを戴いたり、
お世話になった方には、必ず何らかの
「御礼」をしなさいと言われて育って来た
私は、現役で活動していた時、何事も
猜疑心を持ちネガティブに捉えてしまい
「自分にはその人がレスやアクション
を起こさせる価値がないのかなぁ」
「レスやアクションしても何の見返り
が期待出来ないからかなぁ」と自分の
常識の「ものさし」で判断して来ました。
※(何かのアクションをされたら
受容れ許してしまうかも。😂)


最近は、
会社経営、管理の立場の人、政治家、芸人
有名人、プロスポーツマン、一般会社員が
我欲や自己保身により自らの「当たり前」の
基準が様々な原因で不適切な結果となり、
社会やファンの信頼を失い大切な多くの人、
物を失うことも報道などで時折見かけます。
先年自然災害に見舞われた被災地熊本で、
今迄の当たり前の基準やその対策対処法
の予知を上回る余震が続きました。

同時に、
被災者の方々や市役所などで被災者を
サポートする側の心身のケアに対する
配慮もその一つであると考えられます。
今回迄、国内で起きた様々な自然災害は、
現代社会で求められる日本人の「当たり前」
「ものさし(基準)」に確りと焦点を当てる時
が来ている、と天からの通知と受止めます。
また、
先人の残した名言・格言、本(雑誌)の内容、
新聞やネット上の真偽不明な記事などを、
自分の「ものさし」でどの様に受止め選択し
どの様な意識で捉え、その記憶として残し
実際にどう活用するかが大切です。

ただの知識だけで終わらすか、それとも
学びや知恵として実際の生活に生かすかは
個人の持つ当たり前の「ものさし」です。

🟢自分の「当たり前(常識)のものさし」

自らの心を育み個性的な魅力を作るために
自らの「当たり前のものさし」を見直すこと
は自分の心を成長させると共に触合う人へ
の感謝・敬意表現や思い遣る心を育みます。

上手な対人関係上の当たり前(常識)
【思い遣りと4本の支柱】

思い遣りと4本の支柱

上の思い遣りと4本の支柱が
人付き合いの当たり前=常識と
皆が意識出来る社会環境になれば
心の闇、イジメ、多くの事件犯罪、
でネガティブな気持ちに成ることも
減少し平和で幸福感溢れる生活環境
を生み出せると思います。

一方、
常識(当たり前)の個人判断の
「ものさし」は、自他の心、社会生活、
組織内、家庭生活上、社会生活上の
場で必要なコンプライアンス、道徳、
倫理、モラル、マナー、常識(躾)など
の元=基準である見方・尺度・捉え方・
原義・定義・意識を表し示すと解します。

別な捉え方として、
対象となる相手をその人の目線に立つ、
立場転換意識の元に、様々な角度から
思考し適正・適切・適確な選択、判断
決断することであると思います。


この活動は、
日々触合う人への目線・心眼
=「ものさし」を察知し行動する源
とになってその結果として、人間関係や
人との繋がりを創り出す基基です。


前記しましが、
この『心』の「ものさし」は、
個々人の今迄生き方、生立ち(環境)、
学歴、経験度、年齢、地位や立場に
より個人差が大きく出ることを
認識して置きましょう。


それは人と繋がりを創り出し、
【自利利他】の活動にも結び付きます。

人との【和】を生み出すためにこの「心」
の「ものさし」を適切な人心に的を合わせ
或いは誰に対しても平等に使い人の思惑
を気にし、曖昧にしたり自分の心に言訳や
嘘をつくことを避ける心身の活動に努める
ことで自分のココロに育まれす。

今迄、
簡単に考えていた「当たり前」=常識と
そのものさしは奥が深いと学びました。

当たり前の「ものさし」✅診断
【診断基準】
ある=〇・どちらとも=△・無い=✕
1. 様々な環境で求められる人物の判断をする
 (見分ける=心眼)
2. 感謝と礼の表現と活動
3. 人として、社会人、企業人としての
 義務と責任
4. 年齢相当の人として常識・知識
5. 平ら(平等)な心と活動
6. 清潔感の表現
 (人として・職業人として)
7. 自己表現➡(開示・顕示)
8. 時間管理➡(約束事・配分)
9. 善悪の判断
10. 身嗜み➡(清潔感)
11. 許容範囲⇒会社・家庭
 ➡(礼節・役割遂行他)
12. けじめ➡(公私の区別)
13. 状況の診断、判断➡(決断)
14. 報告・連絡・相談・点検・確認の夫々
15. 言葉の使い方
 (語彙の認識・ТPО・敬語・挨拶・接客用語)
16. 口調の使い別け
17. 目と顔の表情から察知する
 (流し目・眉間・笑顔・顎の位置・表情筋)
18. 取組み姿勢➡(やる気の有無)
19. 会話時の姿勢態度➡(傾聴力)
20. 環境維持、美化➡(整理・整頓の5S)
21. 電話応対とレスポンス
22. メールのマナーとレスポンス
 (ビジネス・プライベート各々)
23. 観察・察知・洞察⇒
 (目配り・気配り・心配りなど)
24. 立場や環境に適した動作
 (仕草・所作・行動)
25. 接客上のお迎え、案内、誘導の仕草と言葉
26. 接客接遇上のお見送り
 ⇒(実施度・言葉・態度・方法・意識の有無)
27. 他者や物事の判断、決断
28. 自分自身の感性
29. 自らを指さすこと
30. ビジネスメールのマナー
31. 役割認識と活動
32. 社会人としてのモラル
33. 社会人としてコンプライアンス
34. 感情のコントロール(自制心)
35. 自利利他の本質の理解
(必要性)
 有=の№【                     】
 無=の№【                     】
 どちらとも言えない=?の№ 
 【                         】
 将来は必要=✔の№
 【                         】
(重要度)
 Sの№【                     】
 Aの№【                     】
 Bの№【                     】
 Cの№【                     】
(優先順位) 高 ③・②・① 低 ※不必要=無記入or0
 ③の№【                     】
 ②の№【                     】
 ①の№【                     】
 ※不必要=の№
 【                        】

人それぞれの当たり前


主観-人としての当たり前

普段の社会生活や会社・組織・店舗で、
自分の持つ当たり前を無理に押し付け、
或いは、パワハラ的に強制したりして、
それが出来ていない、実践しないから
と言い自分勝手に感情的になっている
人に出会ったことがありませんか?

私も、現場に立ち共に汗を流して活動
していた頃の自分の言動に思い当たる
体験や見聞きしたことが多々あります。


人間ひとり一人の備え持つ
「当たり前」(常識)と言われることは、
「個人が必要とする当たり前」(常識)
社会生活で一般常識とされる
「客観的要素が含まれた当たり前」、
経験やスキルにより異なる各々の
「主観(常識)を基に思考する当たり前」
会社・組織、立場・地位、大小格差の
「立場環境により異なる当たり前」(常識)、
男女の性別や子供と大人と言った
「身体的要素による当たり前」(常識)
愛を育み、人間関係を構築するための
「対人関係上・会話での当たり前」(常識)
などと言った様々な当たり前(常識)があり、
それはその人の心の備っている主観(常識)
=(判断基準)や想像力の感じ方に拠ること
が大きいと思われます。


夫々が当たり前の基準の対象となる
人や物への思考(意識)・主観によって
正誤・善悪の区別け、好き嫌いや
喜怒哀楽と言った感情が生まれます。

その感情は、時に人と繋がりを生み、
心に愛を育み、時に御縁や繋がりが
切れる原因になる場合もあります。

また時には、
いじめやD.V、引籠り、自殺、うつ病
などを引き起こす要因・起因・誘因に
なることも少なくありません。

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