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YMOに学んだことー海外からの逆輸入

 先日、NHKのディレクターから連絡があった。私とのミーティングの予定を変えたいとのことであった。理由について、坂本龍一の訃報によって番組がずれて、その後の日程も変更になったためと述べていた。ディレクターによると、大きなニュースがあるとその後の番組の予定はずれるそうだ。ここで、大変僭越ではございますが、坂本龍一のご逝去について心よりご冥福をお祈り致します。

 坂本龍一といえば、YMOのメンバーでとても人気があった。私が子どもの頃、YMOのサインがほしいと父に軽い気持ちで頼んだことがあった。もちろん本当にサインをもらえるとは思わないで頼んだ。ある日、父はYMOのサインを持って帰って来てくれてプレゼントとして私に渡してくれた。父はマスコミに勤めていたので、YMOに取材の機会に会ったところ、心よくサインを書いてくれたと言う。今思うと申し訳ないような気がするが、その時は喜んでサインをもらって自室の本棚の上に飾った。

 坂本龍一が教授と呼ばれていた理由について、東京芸術大学の大学院を修了しているからと聴いたことがある。大学院で音楽を学んだので質問すると論理的な答え返ってくる。そこで、同じYMOのメンバーの高橋幸宏(故人)が、教授というニックネームをつけたそうである。(https://news.yahoo.co.jp/articles/093ec9975a001b7c555d349ed73910bca3b4ccac

 YMOのすごいところは、英米で最初人気が出て、その人気を持って日本でブームになったところだ。いわば逆輸入したのである。(参考 https://note.com/ts1995/n/nbdbb04b5eb84)1979年のワールドツアーのYouTubeは次のとおりである。

 この逆輸入の戦略は、なぜか私の記憶に残っていた。そして、私が海外での国際共同研究に参加する際、海外で発表してから、日本で発表しようと心に決めていた。結果は正解だったと思う。逆輸入とは、先に、海外で英語で論文や図書を発表して、その意義や方法を日本に伝える手順である。箔をつけるというのが適切な表現かは分からないが、逆輸入しないと真意は理解されなかったと思う。これがYMOに学んだことである。1970年代末の時点でグローバルに視野が広がっていたYMOは今なお偉大である。

追記 最後に動画のリンクを掲載する。聴くとなぜか勇気が湧いてくる。ありがとう、YMO。

(©️Dr Hirosh Sato 2023)

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