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ドライブトークと怒りの処理


仲のいい後輩がいる。

前職の元後輩であり、現在進行形でともにプロジェクトを進めるチームメンバーでもあり、一緒にアイスを食べる友人でもある不思議な関係。常に笑顔を絶やさない4つ年下の彼は、誰が見ても人当たりのいい穏やかな人間だ。


クライアント先への訪問日。
移動に2時間弱かかるため、彼が運転をかって出てくれた。遠距離訪問の時は、いつも気遣ってそうしてくれる。気遣いの権化だ。


今日も今日とて穏やかな彼は、コンビニで私に向かってにこやかにレッドブルを突き出す。おい、買えってことか。いやいいけど。


車に戻り、走らせる。

車内ではプロジェクトの話や、仕事・キャリアの話がほとんどだ。
最近になって気を許してくれたのか、どうでもいいプライベートの話をするようになった。なんだか難関クエストをクリアしたかのような、勝ち誇った気分。自分、あとは端っこで肉焼いてていいっすか。

そして今日も、くだらない話を始めた。
私が「あのさ、いっつも笑顔だけど本気で怒ることってあんの?」と問うたことが始まりだ。なんか今思えばとんでもなく失礼な質問な気がしてきた。


すると、間髪入れずに

「あるよ」

と返答が返ってくる。
なんなら食い気味だ。意外。意外すぎる。



面白くなった私は、「怒った時って、どう対処するの?」と聞いてみた。


そうだなあ、と顔色を変えずに考える彼。


ちなみに私はグッと堪えて、帰宅してからひたすらに無言で水回りを掃除する。それか、ものすごい目つきをしながら、これまたものすごい速度で部屋の整理を始める。「あの人ひょっとして夜逃げするんじゃないかしら?」とお向かいさんに心配されるのも時間の問題だ。

ちょっと考えて彼から出てきた言葉は、想像通りだった。


「ふて寝かな」


穏やかだ。
なんて穏やか。ピースフル。

次回のノーベル平和賞は間違いなく彼に与えた方がいい。時間というものをうまく使いながら、淡々と自己消化している。いやはや、敬服するわ。先輩として恥ずかしいことこの上ない。

「それか」


と彼が続ける。
ふむ、他にも解消法があるのか。まあ寝るだけで解決することができないような問題もあるだろう。だって人間だもの。そうだもの。


「ベッドで暴れながら絶叫」


突然の不穏。

180cmの大男が、ベッドの上で奇声を上げながら怒り狂っている姿を想像する。今ハンドルを握っている、その長い手足をバタバタさせているのだろうか。ちょっと怖い。

そして何がいちばん怖いって、普段にこやかな人間が感情に身を任せて暴れているのが怖い。よく「普段優しい人ほど怒らせちゃいけない」だなんていうけれど、それは本当にその通りで。まだ富士急ハイランドの戦慄迷宮(お化け屋敷)の方が怖くないかもしれない。


怒りに対する反応は人それぞれだけど、ここまで180度正反対の処理をする人間に会ったことはない。

どんな事案の時はピースフル解決法で、どんな事案の時にはサイコパス解決法を選択するのか気になるところだ。だが、万一私が引き起こしてしまった怒りの場合の対処法は聞きたくなかったので、それ以上は踏み込まないでおいた。


どれだけ時間をかけても、話をしても、意外と知らない一面ってあるよね。


だから仲良くなるのって面白くて、でもちょっと面倒で、怖いんだよな。



その直後、後ろから白いプリウスがかなり強引に割って入ってきた。迫り来る対向車。私たちとの車の距離、鼻先30cm。


その瞬間

「おい!!!!危ねえだろうが!!!!」

という怒声が運転席から飛んできて、背筋がピンと伸びる。



あ、この子の前ではちゃんとしておこう。



追記:
この直後、「大きい声出してすいません…」と小さな声で謝っていた。お前はどこまでいい奴なんだ。あのプリウスには、三日三晩カラスのフンが落とされる呪いをかけておくことにした。


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