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空飛ぶ部屋 超短編

 夜中いつものようにキッチンでタバコを吸っていると異変に気づいた。

 部屋が飛んでいる。

 窓の外の風景がどんどん高くなる。

 窓から下を覗いてみようと思うが透明の壁が邪魔をして窓から顔を出す事が出来ない。

 なるほど、不思議な事が起きている最中は何でもありだ。

 これはアパート全体なのか自分の部屋だけが飛んでいるのか、それも確認出来ない。

 こんな時、何をすれば良いものか分からず、とりあえずスマホを片手にテレビを付けてみた。

 テレビの画面には砂嵐が映し出されスマホは圏外になっている。

 そうなると、どうせラジオも受信しないだろうからステレオコンボにCDを入れ再生させた。

 真夜中の空のど真ん中でJAZZを響かせる。なんてロマンチックなのだ。

 少しずつ音量を上げて行き、せっかくなので日常では出来ないMAXにまでボリュームを捻り上げた。

 透明な壁のせいで窓を開けても風は入って来ないが全ての窓を開け放ってみた。

 私はかつて経験した事が無い程の開放感に包まれた。

 そして冷蔵庫からビール缶を取り出し一気に飲み干した。

 ひょっとして、このまま大気圏を越えてしまうのか?不思議とこの部屋の行き先に不安は無かった。

 こうなればもう、どうとでもなれば良い。
 私は私の行ける所まで行こうじゃないか。

 大音量の「テイク5」は私の気分をより一層高揚させる。

 部屋は曲に合わせるように勢いを増し上に上にどんどん上がって行く。

 この高揚感から繰り出される物質は脳内では収まり切らず弾け爆発しそうになる。

 素晴らしい。これが自由なのだ。

 私は今、自由のど真ん中に存在している。

 ありがとう。神に感謝するにはちょうど良い高さにまで来た。

 
 曲が2回目のテーマに辿り着く頃、微かにドアを叩く音がしている事に気付いた。

 一体どういう事だ。ボリュームを絞ると確かに何者かが部屋のドア叩いているのが分かる。
 地上から遠く離れた場所での訪問者か。なるほど穏やかな話では無さそうだ。
 しかし、そもそもこれだけ不思議な夜の中に居るのだ。
 今更何が起きても受け入れる準備は出来ている。なにしろ脳内麻薬は全快なのだ。
 むしろ面白い。

 ドアを開けると、そこには隣の住人が顔を真っ赤にして立っていた。

「音を下げろ!何時だと思っているんだ!一人だけで飛んでると思うな!」


 隣の住人に叱られてる間に「テイク5」は終わり、曲名も分からない曲が小さな音でステレオコンボから流れている。

 私は窓もカーテンも閉めロマンも閉ざした。

 神様。早く地上に戻してください。

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