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「かしこいことと鈍なこと」-エッセイ

昔から私はよくドジをする子供でした。
そんな時、祖母は必ず「鈍臭ぁ」や「鈍な奴やなぁ」と突っ込んできました。

京都寄りの関西弁を話す祖母の言葉は、時折キツく聞こえることも。
それでも言われ慣れていたせいか、そこまで落ち込むことはありませんでした。

……ただ。腑に落ちない点がひとつ。
例えば、お茶を淹れようとしてこぼしたり、何かを運ぼうとして落としたりすると、祖母は自分が同じことをしても「あーあー、かしこいことしてしもたわ」と言うのです。

もしかすると、それはツッコミ待ちのボケだったのかもしれません。
子供の頃の私にはその意図が分からず、内心で「同じことをしているのに、なぜ自分のことは褒めているのだろう」と困惑するばかりでした。

関西弁は面白いもので、一つの言葉が文脈やシーンによって幅広い意味を持つことがあります。
例えば、「えらい」は偉いという褒め言葉として使われることもあれば「大変」の意味や「しんどい」の意味でも使われます。

そこで、大人になってから気づいたのは、「かしこい」の意味を取り違えていた可能性があるということです。
私は「賢い」という意味だと思っていましたが、元々は「畏い」(恐れ多い、恐ろしいなど)という意味でも使われていた言葉だそうです。
つまり、祖母は「えらいことしてしもた!(大変なことをしてしまった)」というニュアンスで使っていたかもしれません。

すでに祖母は他界しているので真相は分かりません。
でも、言葉というのは捉え方一つで真逆の印象を与えることもある難しいものだと改めて思いました。

もうひとつ。鈍臭いと言われたときのシチュエーションで、こんなエピソードにあります。
ある日、祖母と私が一緒に夕飯の準備をしていたときのこと。まだ子どもだったので、レシピを見ても作り方がよくわからない料理もありました。
「三杯酢は酢の物作るときに、よう使うから覚えときや。酢・醤油・みりんを大さじ1ずつ。ようけ作る時はこの3つが同じ量になるように増やしてくんやで」と教えてもらったときのこと。
酢、醤油までは順調に入れてたのを最後のみりんだけドバッ入れすぎて「あーあー鈍臭いなあ」と言われてしょげていました。
祖母は笑いながら「まあでも、料理はきちんとし過ぎんでええんよ。たまには甘めの酢の物もええし、好みに合わせて少し調整して自分らしい味付けを見つけたらええんやからなぁ」と付け加えてくれたこと。

色々教えてもらって忘れたことも多いけど、家事に関して祖母に教わったことは結構多かったです。
祖母の言葉の表面だけ切り取ると意地悪な言葉のように感じる人もいるかもしれません。ですが、祖母がその言葉を使うときには、「あほやなあ」などのニュアンスに似た、関西らしい愛情表現とユーモアが込められていた気がします。

「かしこいこと」の言葉の本当の意味は分からないまま。
当時の祖母とのやりとりを思い出すと、わざと笑わせようとしたのか自虐の意味だったのか、どちらにしても祖母らしい言葉選びだったなぁと思うのでした。

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