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実家が空き家になってからの3年間   ~2年目~

 2022年の正月、高次脳機能障害で文字の読み書きが出来ないはずの父が、やおら紙と鉛筆を取り出して、「元旦」としっかりとした字で書きました。「凄いね。上手に書けたね」と私も心から驚きました。かつて父が書いた署名を見せると、父は嬉々として練習して、ついに署名が出来るようになりました。新聞の見出しやテレビのテロップを書写したり読み上げたり出来るようにまでなりました。
 父との旅行を試みた旅館で、箸の使い方が分からないとは知らずに仲居さんが手渡した箸を、父は普通に受け取って、普通に使いこなしました。以来、食事は箸で頂けるようになりました。
 訪問看護士の発案で、ピクトグラムで視覚的にトイレまで誘導したのが功を奏したのか、トイレの場所が分かるようになってからは、あちこちで放尿することは無くなりました。一部介助を要するものの、大きな進歩でした。

 月に1度来訪するケアマネジャーに父の変化を報告すると、「退院する時に『お父様は廃用です』と私、言ったでしょう?」と返されました。
 確かに、リハビリ病院を退院する際、うちの地域の居宅介護支援事業所から引継ぎにやって来た彼女にそう言われました。「ハイヨウ」という耳慣れない言葉に私は「どういう漢字ですか?」と聞き返した記憶があります。廃用症候群は、過度な安静や過剰な介護による活動量の低下で起きる障害の総称で、意欲が減退して抑うつ状態になったり認知機能の低下を引き起こしたりします。

「入院した時に"身体拘束"の同意書にサインしているでしょう? お父様は"つなぎ"を着てたでしょう? お父様は綺麗好きだから、オムツに排泄したくなくてトイレを探すけれど、脳の障害でトイレではない所で排泄してしまう。それでは病院側は管理が大変だから、自分では脱げない"つなぎ"を着せて、利尿剤や浣腸で排泄を管理しやすくしたんでしょう。だから、お父様は自尊心を失って廃用に陥ったのね」

 父の状態を確認したケアマネジャーから「デイサービスを利用してみない?」と提案され、訪問看護サービスを止めて、週2回、父は5時間のデイサービスに通うことになりました。おかげで私は外出出来るようになりました。
 そこで私は、実家から少しずつ父の私物を持って来ることにしました。

 まずは父の衣服から始めましたが、デイサービスに父を送り出してから残務を片付けて、行き帰りの3時間を差し引くと正味1時間半しか無いので、取捨選択する時間がもったいないです。取り敢えず一旦全部うちに送ることにしました。
 予めネットから時間指定で申し込んだ宅配業者の集荷を待ちながら、父の衣服と母の衣服がごちゃ混ぜ、というより母の衣服に著しく侵食された父の衣服を引き抜き引き抜き、実家にあった空の段ボール箱に詰めました。
 ところが、実家の地域の宅配業者は時間通りになんて来ません。人手不足なのです。集荷は指定した時間に関係なく配達作業が済んでからだ、と後で知りました。仕方ないので、自分で近所の郵便局まで持って行くことにしました。

 衣服の次は、30余冊のアルバム、几帳面な父がパソコンで作ってプリントアウトした書類の数々、書棚の書物です。いずれも重量があるので、箱詰めと発送に回数が掛かってしまいました。

 こうして2年目が終わりました。

 それにしても、まだ使えるパソコンがあるのに、短期間に新たに2台パソコンを購入していて、中身はパソコン教室で打ち込んだと思われる数個のファイルだけでした。パソコンを購入させる目的の業者だと思われますが、高齢者相手に酷いことをしたものです。

 

 

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