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その時までは、一緒に

木漏れ日がアスファルトを点描にして、揺らめいている
五月の涼風が汗に湿った肌を洗い、私をひと息つかせてくれた

朝、七時
けやきの並木道、いつもの通り道
はやくも胸が鼓動する
期待の高鳴りで足が早まる

彼は居るだろうか

角を曲がる
……居た!
いつものように、伸びた白銀の髭を凛となびかせてそこに居た
美しい鈍色の背中、日差しをあびて眩しいくらい白い脚
蛇のように巻きつく長い尾

足早に学校や仕事に行く人間を尊大な緑の目で見下ろしていた

いつの間にかこの塀の上に居着いて、いまや違和感もなく風景としてそこに居る
道いく学生が、時折手を伸ばして彼に触れようとするも
一瞥もなく器用に避けるさまは、まるで平民に触れられるのを嫌う貴族のようだ

私はそそくさと彼に近寄り、会話する

おはよう

おはよう

彼は私を認識した印に、長い尾を一度振る

今日は天気がいいから、気持ちがいいわね

そう?あんたがそう言うならそうかもしれないな

磨き上げた翠玉の目が、私を捕らえる
声のない会話が、しんと胸に刻まれる

じゃあまたね、さよなら

さよなら

たったそれだけの会話が、こんなにも嬉しい

仕事、頑張ろう

彼と話す日々は糧

私は鼻歌を歌い、前進した


十月

気がつけば葉はとりどりの色でめかしこみ、青い空に映えている

私はやっぱり変わりばえのない日々を暮らしながら、ささやかな彼との逢瀬を楽しんでいた

いつもの塀で、彼が高くなった空を見上げている
その眼差しに、いつもと違うなにかを見つけ
私の胸が締め付けられた

おはよう

おはよう

ぱたり、と彼の尾が塀を叩く

もう秋ね

そうだね

言葉の響きに、眼差しと同じ何かが潜んでいた
私にはそれが何かわかる
それは「憧れ」「好奇心」「衝動」

……何処かに、行ってしまうの?

夢からたったいま覚めたかのように、彼の目が私の目とかち合う

たぶん、ね

そう……寂しいわ

でもまだ、今じゃない
今は、まだ


彼の言葉が、枯れ葉のように軽く舞って
私のこころを少しだけ明るく照らした

私はほとんど衝動的に彼に手を伸ばし、しなやかな背中の稜線に触れた
はじめて触れた彼はどこまでも柔らかで、強靭なばねが隠されているとは思えない程だった

ごめんなさい

謝る私に

かまわない

と一言残し、彼は塀の向こうに降り立った
物音ひとつ、残さなかった


明日も、彼は居るだろう
でも、そのつぎは?

そのつぎは?


繰り返される毎日に、ふと味気なさを覚えながら

私は家路を歩いた




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