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3spoons vol.8 『福助』the 1st spoon_3月クララ

文芸ユニットるるるるんによるツイッター400字小説 3spoons

Keep the Streets Empty For Me

(ココン)短いノック。ドアはすでに開かれている。
「ねぇ、今夜だけでいいからさ、ユキのふくすけ貸してくれない?」

学生寮の隣人・スフミがスリッパのままラグマットを横断し、備え付けのベッドにバフッと腰掛ける。肩甲骨まである茶髪の縦ロールが弾む。図々しさと育ちの良さの掛け算でできあがった天真爛漫さで整列した畑の畝を踏み荒らす彼女は、まるでカチューシャをはめた猪のようだ。

「え、ふくすけは貸し借りしないでしょう、ふつう」
「ユキさ、ふくすけ買ったらすぐに彼氏ができたって言ってたでしょう? いまからコンパなんだよね。一晩だけ、おねがい!」
そういうことなら尚更ふくすけを貸すものかと、こちらも頑になる。
「もういいよ。コンビニに買いに行く」

わたしはそこでスフミの勘違いに気づいた。デスクチェアに座ったままタンスに手を伸ばし、握りこぶし大の丸まりを手探りで掴んで、ベッドに放り投げてやる。
彼女が嬉しそうに広げた塊は、120デニールの履き古した黒タイツである。目当てのふくすけを手に入れると、彼女は礼を省略して部屋から出て行った。
ブラジャーのアンダーベルトに覆い被さる腋肉、雫型に広がっただらしない毛穴。スフミの化粧ポーチは、間違いなく不潔だろう。そのスフミが、毛玉だらけのわたしのふくすけを履いて、今夜男たちに会う。
わたしはヘッドボードに飾ってある福助を抱き上げた。生臭い唾液が湧き出る。どんどん熱を帯びていく舌を、その耳朶で冷やさねば。
そんな焦燥に、ただわなないている。

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