偽装義理チョコを渡したバレンタインの夜の日のこと

学生の頃は塾に通っていて。その年のバレンタインも、ちょうど塾の日とかぶっていた。少人数のクラスだったのだけれど、メンバーはなんとなくバレンタインを作って来そうな子と、作って来ないだろうなという子と半々くらいになりそうだった。私はお菓子が作れるとか作れないとか、チョコを買えるとか買えないとかそもそもそういうことではなく、シンプルにただどんな方法でも良いから本命の1人にとっておきのバレンタインを渡したかった。

致命的なことに、私はバレンタイン当日にその本命の人を呼び出せる距離感になれていなかった。(もちろん面と向かってバレンタインチョコを渡す、なんて勇気もなかったと思う)それでもその人にはどうしても渡したかったので、義理チョコを装ってメンバー全員にバレンタインを配ることで本命の人にも渡そうという作戦に切り替えるほかなかった。

今ならバレンタインというきっかけを活かせるように、それまでのうちにちょっとずつ仲良くなっておいたらいいよな〜ということは頭ではわかっているんだけれど。当時はそれまで告白なんてもちろんしたことがなく、わずかな恋愛経験とするならば「〇〇くんが好きらしいよ」といった感じの間接的に気持ちを聞かされるといった経験しかなかった。恋愛というものが、まだまだ漠然としていた時期だったと思う。

だからどうやって自分の気持ちを伝えたら良いのか見当もつかなかったし、これが告白に値するのかなというか「これって、好きなの?」みたいな感じで自分の気持ちもイマイチ分かっていなかった。それでもせっかくバレンタインなんだしねと言い訳にできる機会に、大逆転を狙ってみたかったという思いもあったと思う。だからこそ偽装義理チョコ作戦を決行した。

その年のバレンタインは、何かをみて初めてのレシピにチャレンジしていた。あまり記憶にないのだけれど、当日より前に一度だけ練習をしたような気がする。たしかバレンタインの前の週か、その前の週か。意外とバレンタイン用のお菓子作りってお金がかかるものだから、2回3回とは練習していないはず。う〜んもしかしたら、ぶっつけ本番で作ってたのかもしれない。

その当時はそんなにバレンタインが世の中に普及していなかったか、ラッピング文化が広まっていなかったか私が疎かったのかは分からないのだけれど。今みたいに可愛い小分けのラッピング用のグッズが手軽に手に入らなかったような気がする。料理上手な友達に教えてもらって、お買い得な小分けの袋はスーパーで事前に買っておいていた。今ではどこでも出かけたらバレンタイン用の特設スペースがあって、イベントごとにのっかりやすい時代になって楽しいなあと思う。

料理も含めてお菓子作りには苦手意識がある方なので、どうやって作ったのかはもはや全く記憶にない。やってみたいレシピを実行するための、調理器具がそもそも家にはなかったということはなんとなく覚えている。それでも、失敗しながらもまあ美味しい雰囲気のものはできたんじゃないかなあ。本命の相手の感想は覚えていないけど、確か渡したうちの誰かから「美味しかった〜!」って言われたような気がする。

私にとっては運命の日である、その年のバレンタイン当日。塾に着いて、授業と授業の合間の休憩時間になって一番メンバーが揃ってる時間。運よくその日私は、隣の席に座ることができた。だから満を持して、その本命の人にさりげなくなんでもない風を装ってバレンタインを渡すことができた。でも、自分の中ではとっておきのバレンタインのお菓子を。料理が苦手ながらも、一番きれいにできたやつを選んでおいた。それをちょうど渡すことができた。「やった!」と思った。

そしたらその人、「サンキュ〜!はい、バレンタインもらったよ〜」って流れ作業みたいに、渡したお菓子をその隣の人に回してしまった。

確かにそのほうが効率がいい。んだけれど、授業のプリントみたいな扱いになってしまった私にとっての一世一代のバレンタインはそんな感じで幕を閉じた。

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