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配信の可能性を試せる場所を——配信スタジオとしての山吹ファクトリー


「創る、食べる、一息つく、学ぶ、遊ぶ、出会うためのフリースペース」を掲げる山吹ファクトリーは2020年6月、配信スタジオとしての利用貸出と配信イベントのコーディネートをスタートした。配信スタジオとしての山吹ファクトリーではどのようなことが可能なのか。山吹ファクトリーの配信イベントコーディネートを担当する兵藤茉衣と栗田結夏に聞いた。

▼舞台芸術の専門集団が運営する配信スタジオ

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兵藤  山吹ファクトリーの「ファクトリー」という名前はもともと、稽古やワークショップ、交流会、ちょっとした発表会など「創ること」を中心に発生する色々なことを試せる実験場のような場所、という意味でつけられたものです。今回、配信スタジオとしての機能を備えることにしたのも、このような状況下でも新しいことを試せる場でありたいという思いからのことでした。
新型コロナウイルスの影響で多くの演劇公演が中止となり、劇場や稽古場に人が集まることが困難な状況で、山吹ファクトリーとしても約2ヶ月の休館を余儀なくされました。でも、そんな状況で、舞台芸術の作り手がオンラインでの作品発表にチャレンジしていました。そこで、山吹ファクトリーもそういう挑戦の手助けができるような場所にして行きたいと思い、配信機能を持った稽古場という構想がスタートしました。
オンラインもオフラインもそれぞれの良さがあるので、新型コロナウイルスの流行が終息した後も、オンラインでの発信もあれば劇場公演もあるというかたちで、両方にまたがって舞台芸術を展開して、作り手の活動の場を広げられないかと思うんです。
作り手が、ちょっと稽古のショーイングをしてみたいとか、公演の宣伝で稽古場からトークをやりたいという需要はきっとあるはず。そういうイベントにも対応できる場所であるということは山吹ファクトリーとしても強みになると思ったんです。

栗田  配信機能の整備に向けてリサーチをはじめた4月の段階で配信のサービスを提供していたのは、もともと配信事業をしているところがほとんどだったんです。テレビやネット向けの番組の収録や編集を含めて事業としてやっているところも多かった。もちろん、そういうところを利用すれば映像としてはハイクオリティなものが作れます。でも、試しに使ってみるみたいなことができるような利用料じゃなかった。
一方では、一部の劇場でも配信機能を備えるところが出てきていました。劇場としても試行錯誤の段階ということなのか、配信のサービスについては劇場利用者に無料で提供しているところもあったんですけど、そもそもが劇場を借りることを前提としているので、公演以外のイベントの配信にはやはり向いていないように思えたんです。
気軽に配信を試したり、あるいはもっと実験的に配信を使ったり。稽古場に配信機能を備えることで、そういう需要にも応えられる。機材はある程度の知識があれば使えるものを揃えました。山吹ファクトリーを借りていただければ、何も機材を持ちこまなくてもそれなりのクオリティの配信ができるはずです。配信全体をコーディネートするプランも用意しているので、どうやって配信をすれば良いのか分からないという方にもご利用いただけます。
プリコグは演劇分野を中心にやってきている会社なので、演劇というものをわかったうえで配信をプロデュースできる。配信者の意図を汲んだうえで配信の技術も提供できるというところが、配信のみを専門としている制作会社との違いでもあります。

兵藤  配信のコーディネートと言ってしまうと演劇の制作とは全然別のことのように聞こえるかもしれません。でも、イベントの主催者や作り手がどういうことをやりたいのか、誰に届けたいのか、どういう体験を視聴者に起こしたいのかを考えるという点では同じです。劇場公演では、たとえば客席の形状をこうしましょうと提案するところで、配信イベントでは使うツールをYouTubeにしましょうとかZoomにしましょうと提案する。もちろんそういうツールの特性を把握しておく必要はありますが、考え方はそれほど変わらないんです。

▼配信コーディネートという仕事

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栗田  山吹ファクトリーでは配信に関連するものとしてスペース利用、配信機材貸出、配信コーディネートの3つのサービスを提供しています。
「スペース利用」としてご利用いただく場合には山吹ファクトリーに備えつけの設備も使えます。音響機材もありますし、イベント用の机や椅子も揃っています。
「配信機材貸出」の場合はそれに加えて配信に必要な機材一式を貸し出します。カメラ2台に映像・音響用のミキサーなど、なんの機材も持っていない人でも配信が可能になるように機材は揃えています。
「配信コーディネート」については基本のプランとして事前コンサルティング、配信イベント制作進行、配信技術スタッフの手配などを用意しています。
事前コンサルティングでは、利用者がやりたいことは何なのか、観客はどういう想定なのか、何を見せたいのか、イベントを見るために予約はする必要があるのかないのかなど必要な情報のヒアリングを行なったうえで、それだったらこの配信ツールがいいのでは、この機材がいいのではということをこちらから提案させて頂きます。
配信ツールや使用する機材を選択することは配信の前提になる部分ですが、配信をしたことがない人にとっては、想像がつきにくいところです。そこを汲み取っていくためにも、事前コンサルティングは重要です。
配信イベントの制作進行もご依頼いただける場合はまず、事前コンサルティングの内容に基づいて配信イベントの運営マニュアルを作成します。事前に必要な準備、機材やソフトの使い方のレクチャーや事前確認も含めて、こういう手順で進めていきますというのをプランニングして進行管理をしていく。配信イベントの制作進行スタッフには劇場公演での舞台監督のような役割があります。

兵藤  人によってオンラインツールの習熟度には差があるので、Zoomなどのツールを使って出演者がそれぞれの自宅などから出演するイベントの際には、事前にそのツールの使い方のレクチャーや確認の時間を設ける必要もあります。オンラインのイベントでは誰かが操作を一つ間違えただけで出演者が急にいなくなってしまうみたいなことも起きる。出演者全員に進行台本をお渡しして全体の進行とその都度の操作を共有したうえで、出演者側と実際の操作を確認するリハーサルの時間を設けておくことで、本番の進行は格段にスムーズになります。

栗田  技術スタッフも込みのプランでは全体をコーディネートするかたちになります。技術スタッフとのやりとりについても配信の具体的・技術的なことがわかっていないとやりづらいところがある。だからこそ、あいだに私たち制作者が入ることで、諸々の調整がしやすくなります。

兵藤  オフラインのイベントでは「あと5分」みたいなメッセージは舞台袖からカンペで知らせることができますが、オンラインのイベントではそういうわけにはいかないですよね。スタッフ間のやりとりについてはイベント用の表のチャンネルとは別のチャンネル、LINEなりメッセンジャーなりを用意して共有しておかないといけないことになります。しかも、そういうメッセージツールを使うと今度はイベント中に通知音が鳴ったりする。だから、事前に通知音をオフの設定にするというところまで出演者サイドと確認しておかないといけない。ちょっとしたことですけど、配信イベントをやりなれていない場合はそこまで気が回らないことも多い。技術スタッフからの確認事項も含めて、事前に確認しておくべき点をリストアップすることも配信イベントでの進行管理の仕事ということになります。

▼ZoomにするかYouTubeにするか、それが問題だ——様々なライブ配信の形

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「ACCカルチュラル・カンバセーションズ 〜シリーズ:ニューノーマルにおけるアートを考える〜 第一回:コロナ禍と演劇 岩城京子 × 中村 茜 × 山本卓卓」配信の様子

兵藤  配信スタジオとしての山吹ファクトリーの利用の第一弾となったのは6月26日に行なわれたアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)のオンライントーク「ACCカルチュラル・カンバセーションズ 〜シリーズ:ニューノーマルにおけるアートを考える〜 第一回:コロナ禍と演劇 岩城京子 × 中村 茜 × 山本卓卓」でした。山吹ファクトリーを配信スタジオとしてご利用いただき、ファクトリースタッフが配信ツールの選定や配信技術スタッフの手配、当日運営などの配信コーディネートを担当しました。
このときの配信ツールにはYouTubeを使うことをこちらからご提案しました。出演者全員が山吹ファクトリーに集まって話す形式だったのと、配信したトークをアーカイブとして残すことが決まっていたからです。

栗田  同じトークシリーズの「第二回:コロナ禍と現代美術 遠藤水城 × 田中功起 × 百瀬 文」でも山吹ファクトリーをご利用いただきましたが、このときは海外にいらっしゃる方もいて全員が同じ場所に集まることはできなかったので、Zoom上で集まって話しているものをYouTubeで配信する形になりました。山吹ファクトリーをスタジオとして利用せず、全てオンラインで完結することも可能な形式だったんですけど、配信に不慣れな方もいらっしゃったので、何かあったときに直接やりとりができて問題解決がしやすいということで、一部の関係者は山吹ファクトリーに集まっての配信でした。
イベントの目的や形式などによって使うツールは変わってきますし、山吹ファクトリーを利用するかどうかも変わってきます。オンラインで完結するかたちで配信のコーディネートを請け負うこともできますし、山吹ファクトリー以外の場所からの配信をコーディネートすることもできます。

兵藤  山吹ファクトリーが配信スタジオとして本格稼働する前のイベントですが、プリコグの中村茜と金森香が理事を務めるドリフターズ・インターナショナルが渋谷QWSとともに立ち上げたスクール事業「リ/クリエーション」のブースト・コースでは、オンラインで様々な形のワークショップを実施しました。

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「リ/クリエーション」ブースト・コースの様子

このときは公開講座としてオンラインワークショップの様子を一般公開していたので、講座の受講生はZoomを使ってワークショップを受講し、それ以外の観客の方はYouTubeを通して配信を見るという形で2つのツールを併用することになりました。

講師の方の中にはワークショップ中に他にもいくつかのオンラインツールを使っている方もいらっしゃいました。オンラインでのコミュニケーションや共同作業をテーマにした、ワークショップデザイナーの臼井隆志さんの講座では、Googleスライドを使った「チェックイン」が講座の最初に行なわれました。受講生全員に「このイベントに期待していること」と「自分の関心対象」をGoogleスライド上に書き込んでもらったんです。オフラインのワークショップでは付箋などを使ってやることの多い「チェックイン」ですが、オンラインでは受講生全員が一斉に書き込んでいく様子が可視化されて、オフラインとはまた別の盛り上がりがありました。

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臼井隆志さんの講座での「チェックイン」の様子

制作としてオフラインでワークショップをコーディネートするときは、ワークショップが一度はじまってしまえば基本的には講師にお任せで、私たちは見学側に回ることが多いんです。でも、オンラインでの開催だと次の進行に向けて裏でやっておかなければならないことが常にある。
臼井さんの場合はご自身で技術面のオペレーションもやってらっしゃいましたけど、オンラインでの講座に慣れていない方が講師の場合はワークショップをする本人とは別にオペレーションを担当する人も必要になります。オフラインだと現場の空気とか目配せでなんとなく進められるようなところも、事前にきっちり役割分担を決めておかないとイベントがスムーズに進みません。対面でのイベントよりも事前の確認事項や決めておくべきことはずっと多くなります。臨機応変な対応みたいなことをやろうとすると他の人が対応できずかえって上手くいかないみたいなこともある。オンラインイベントは準備が8割というのが進行管理として実感しているところです。
無料の配信で、クオリティにもこだわらないということであれば、多少のトラブルは笑って済ませられるかもしれない。でも、小さなトラブルがイベント全体の印象を損ねてしまうこともあり得ますし、場合によってはイベント自体が途中で中断してしまうことだってある。配信コーディネートの仕事は、配信イベントをやりたい人たちが、安心かつ集中してイベントに取り組める環境をつくるためにあるんです。配信スタジオ機能と私たちの配信コーディネートを組み合わせることで、より豊かな配信イベントの可能性を山吹ファクトリーから発信していければと思います。


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取材・構成:山﨑健太

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