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鑑賞マナーをゆるくした『消しゴム山』上演回レポート ~子どもも障害者も劇場へ~

演劇って静かに客席に座っていなきゃいけない気がするけれど、「子どもがおしゃべりしちゃうかも」「障害があって上演中に休憩したくなるかも」……そんな心配や周囲へ申し訳なさで、劇場に行きたい気持ちを閉じ込めてしまわないように。“より多くの方に観劇体験を届ける”ためにprecogが企画制作を務めるチェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』はさまざまな取り組みをしてきた。

2019年10月の初演(KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭)では、日英字幕上演や、視覚障害者や子どもを対象にしたタッチツアー、子どもが参加できるワークショップなどを実施した。

再演となる2月の東京公演では、さらに「鑑賞マナーハードル低めの回」を設定。上演時間約130分という、小さな子どもでは集中力がもたないかもと思われる時間だが、そんな親子連れの方々でも気兼ねなく観劇を楽しんでいただきたいと、足を運びやすい2月13日(土)12:00の回に、鑑賞マナーを少しだけゆるくした上演をおこなった。

結果として、親子連れや障害のある人、観劇経験が少ない人だけでなく、訪れる誰にとっても新たな観劇体験に繋がる可能性も見えてきた。


さまざまな観客の来場

開演60分前の11:00に、受付とともに劇場ホワイエも開場する。時間に余裕を持ってきても、それほど手持無沙汰になることはない。ホワイエには『消しゴム山』をはじめとする「消しゴム」シリーズを紹介する展示を見ることができたり、撮影スポットがもうけられていたり、イスに座ってくつろげたりと思い思いの時間を過ごすことができる。

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ホワイエの展示

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ホワイエで開演を待つ子どもたち

来場者のいろんなお困りごとに対応できる準備もそなえられていた。受付には、聴覚障害の方と筆談でコミュニケーションができるよう『筆談ボード』があり、スタッフが感染症対策のフェイスシールドごしに丁寧に対応してくれる。また、手話通訳の担当スタッフもホワイエの中央で来場者のようすに目を配っていた。

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筆談ボード

子ども達の来場も多く、ホワイエにはベビーカーも行き交う。親子連れ、小さな子ども達、全盲や弱視など視覚障害の方、聴覚障害の方、歩行障害の方、知的・発達障害の方など、さまざまな方が観劇に訪れた。

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開演前のホワイエ

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ホワイエでの消毒

座席案内

客席に入れるのは11:40。けれども、移動に時間がかかる方や、小さなお子さんを連れている方などは早めに案内される。この日は、視覚障害の来場者には誘導スタッフが、階段の多い劇場内を客席まで案内していた。

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視覚障害の観客を座席まで案内する

ちなみに障害者割引チケットというのがあり、それを利用すると介助者1名まで無料で観劇もできる。

字幕

『消しゴム山』は、俳優たちは日本語を話すが、舞台上のスクリーンには日本語と英語の字幕がついている。また、別の上演回でおこなわれたライブ配信では、日本語字幕・英語字幕・字幕なしの3つから選び視聴できるようになっている。

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舞台奥の字幕

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舞台裏で配信のオペレーションをするスタッフ(配信版『消しゴム山は見ている』は、precogが運営するオンライン劇場「THEATRE for ALL」にて2021年4月30日まで期間限定でアーカイブ配信中)

エクストラ音声貸出

『消しゴム山』では、イヤホンによって音声を聞きながら観賞できる『エクストラ音声貸出』がおこなわれた。イヤホンは数量に限りがあるので、視覚障害の方が優先的ではあるが、希望すれば誰でも利用することができる。この『エクストラ音声貸出』が、公演をより特別な、バリアフリーと舞台作品を掛け合わせた“より多くの方に観劇体験を届ける”ことを実現している。

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エクストラ音声貸出

『エクストラ音声貸出』は、舞台上で起きている状況を説明するものではなく、作・演出の岡田利規の書き下ろしテキストを俳優の太田信吾が読み上げるものだ。テキストのタイトルは『山がつぶやいている』。
もちろん「登場しました。人たちが、舞台に。6人」「これから第二部です」などの場面紹介はあるものの、ほかにも「青空が広がっています」「風が舞台を吹き抜けています」など、実際の舞台の風景とは違うけれど、なにかイメージを呼び起こすものもある。

「何が「エクストラ」かというと、それ以外の上演の構成要素では語られていないものを音声によって付け加えているんですよね」(岡田)

『消しゴム山』は会話劇ではないので、イヤホン越しに聞こえてくる言葉によって、さまざまな風景が脳内に広がっていく。これにより、エクストラ音声なしで舞台を見ている人、エクストラ音声ありで舞台を見ている人、エクストラ音声ありで舞台を視覚的に「見る」ことはできない視覚障害の人……それぞれが異なる鑑賞体験をする。そもそも障害の有無に関わらず、演劇作品の見方は人それぞれだ。「エクストラ音声」を利用することは、目が見えない人が見える人の追体験を目指すガイドではなく、見えない人も見える人も関係なく、一人ひとりが自由な鑑賞をすることができる。

観劇中でも、できるだけストレスなくいられる場を

劇場には、何名もの子ども達がいた。親御さんの膝の上でおしゃべりをしたり、お人形遊びをしたり、絵を描いたりしている子ども達。思い思いに過ごしている。まわりの観客達も嫌がる雰囲気はない。劇場全体には「観賞マナーハードル低めの回」という前提があり、静かに客席に座って観賞しなくても大丈夫、という柔らかい空気が流れているようだ。

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来場者の様子

途中、ひとりの女の子が声を上げだした。そのまま客席にいてもかまわないような温かい雰囲気は会場に流れている気がしたが、親御さんは子どもを抱えて、客席うしろの扉から出ていく。それからはホワイエのモニターで、リラックスしながら観劇を楽しんだようだ。

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上演中のホワイエ

観客の声「自分が劇場に行ってもいいんだなと思える」

終演後に、障害者手帳をお持ちの方数名に直接のインタビューと、アンケート記入をお願いした。
インタビューでは「劇場に来るのは数年ぶり」と言う方も何人かいた。慣れない場所に足を運ぶのは、なかなか腰が重いことだろうが、口をそろえて「鑑賞マナーハードル低め、と言われていると、自分が行ってもいいのかなと思える」と第一歩を踏み出しやすくなると言う。ほかにも「スタッフの心配りが行き届いていた」や「そもそも観劇マナーを知らないけれど、マナーをわかってなくても大丈夫なのかな、と少し安心できる」など、具体的なバリアフリーよりもまず先に、観劇に対する心のハードルが少し下がることへの安心感があげられた。

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インタビューに答える観客

エクストラ音声については「作品を楽しめて面白かった」という声の一方、「テレビのように情景描写するものと自分で選べたら」など、いわゆる『音声ガイド』とは違うガイドに、新鮮さと慣れない不安の両方を感じたようだ。
また、そもそも試みについて「アクセシビリティを考慮したイベントはまだほぼ存在しないため、ぜひおこなってほしい」という要望もあった。

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インタビューに答える観客

参加型ワークショップの開催

また『消しゴム山』ではそのほかに、オンラインでのワークショップも行おこなっている。チェルフィッチュの俳優たちと一緒に、午前の部は8歳〜16歳を、午後の部は8歳〜無制限を対象に、一緒に「消しゴム」の世界を体験する。これもまた、観劇とは別の方法で、演劇に触れる体験だ。自宅などそれぞれの場所からのオンライン参加のため、長時間は集中できない子どもや、障害のある人も参加しやすい。

劇場へ来る人々への影響

これらのバリアフリー対策は、対象となる親子連れや障害のある方だけでなく、ふだんなら鑑賞マナーハードル低めではない回で観劇している人にとっても影響があるのではないだろうか。『消しゴム山』の上演後、子連れではない観客達が「親子で来やすくていいね」と言葉を交わしていた。上演中に子どもが歩き回り、劇場通路でさまざまな人とすれ違う。観劇が誰のものでもあることを、肌身で体感できる時間になっていたのではないか。訪れる誰にとっても過ごしやすい場所であってこそ、劇場は自由な空間になれるかもしれない。

より多くの方に観劇体験を届けるために。その方法を知るには、まだあまりにも試みが少ない。そのため、たとえば障害のある方も劇場でのバリアフリー対応に慣れていないという現状もある。そこでまずは今回のように『鑑賞マナーハードル低めの回』と打ち出し、まずは観劇を遠慮することなく足を運びやすくすることは重要だ。さらに「どうだったか?どうしたらいいか?」と来場者の声を聞き、次回に反映していくこと。ひとつひとつの公演のその積み重ねの先に、観劇へのアクセシビリティの向上があるはずだ。

取材・文:河野桃子
写真:高野ユリカ


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