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より多くの人たちに文化芸術を届けるには ー THEATRE for ALL(シアター フォー オール)の取り組み

precogは今、誰もが好きなときに好きな場所から芸術に親しめる場の実現を目指し、パフォーミングアーツ・映画・メディア芸術等のバリアフリー鑑賞を推進する動画配信プラットフォーム「THEATRE for ALL」の立ち上げ準備を行っています。

この取り組みについて、音声情報バリアフリー社会の実現をミッションに、聴覚に障害を持つ人のためのコミュニケーション支援など、身のまわりにある「音や声のバリア」をなくすための活動を行う<全国要約筆記問題研究会(全要研)>にご紹介いただきました。

※本記事は、全国要約筆記問題研究会(全要研)が発行する会員向け月刊誌『全要研ニュース』11月号(2020年11月1日発行)に掲載されたインタビュー(全文)です。

より多くの人たちに文化芸術を届けるには ー THEATRE for ALL(シアター フォー オール)の取り組み プロジェクトディレクター 金森 香さんに聞く

新型コロナの影響により舞台芸術や映画上映、イベントなどは中止が相次ぎました。感染防止の観点から、以前のように劇場に出かけることもままなりません。こうした状況を打破しようと、オンライン上の劇場THEATRE for ALL(シアター フォー オール)が、来年2月に始まります。作品には字幕や手話通訳、音声ガイドなどの情報保障もつけられ芸術作品のバリアフリー化も同時に目指すといいます。劇場に行けなくても障害があっても楽しめる「開かれたシアター」とはどのようなものなのでしょうか。プロジェクトディレクターを務める株式会社プリコグの金森香さんにお話をうかがいました。

バリアフリー型の動画配信事業を立ち上げ

ーーTHEATRE for ALLとは、どのような事業なのでしょうか。

金森 インターネット上で、演劇や映画作品を公開し、パソコンやスマートフォンを使って鑑賞できるようになっているウェブサイトの仕組みを「動画配信プラットフォーム」といいます。「THEATRE for ALL」は、字幕や手話通訳、音声ガイドなどの対応を付けた演劇や映画、メディアアートを配信する、高いアクセシビリティとバリアフリーを目指す、動画配信プラットフォームです。

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実際の拠点を保たない劇場や、配信に特化した劇団、などの例はありますが、バリアフリーにテーマを特化したオンライン上の劇場は世界でも珍しいと思います。
立ち上げのきっかけはいくつかあります。私の所属するプリコグは、パフォーミングアーツの制作を長年手掛けてきましたが、コロナ禍で、劇場での公演が業界全体として難しい状況が続きました。今は少しずつ再開されてはいますが、さまざまな制約のもとで行われています。コロナがどのぐらい続くかわかりませんが、その中で作品を作り続ける、届け続けるにはどうしたらいいのか、と言う課題に直面したことが、動画配信プラットフォームを立ち上げたらいいのでは、と考えたきっかけのひとつです。
昨年、日本財団が主催する「True Colors Festival(トゥルーカラーズ フェスティバル)」という、ダイバーシティとインクルージョンを掲げた芸術祭の事務局を手掛けたことも、もうひとつのきっかけです。より多くの方々に芸術作品を開く活動に本格的に携わり、取り組みの必要性、ダイバーシティ社会の実現に人々が気づくことが重要だと痛感しました。この芸術祭の演目を始めとし、オリンピック・パラリンピックの開催に向けて計画された多様性をテーマにしたイベントが、コロナにより中断を余儀なくされたケースはいくつもあり、先行きの見えない中、自分たちの手でもこの機運を絶やさないようなプロジェクトを実行したいと考えました。
新型コロナウイルスで外出が困難になり映画や演劇を見に行けず、また作り手も作品を劇場で発表できないという問題、そしてコロナ以前から、作品に対する情報保障が十分でないために映画や演劇を楽しめない方がいるという問題、その両方を鑑みて、誰もが好きなときに好きな場所から芸術に親しめるオンライン上のアートセンターの実現を目指して事業を始めました。

文化庁の助成で来年2月に一挙配信開始予定

今年度、当社は文化庁「文化芸術収益力強化事業」に採択されました。現在、このプラットフォームに参加する上演映像や映画、番組などの作品を募集しているところです。10月9日には、演劇や映画関係者に向けて応募の説明会を行いました。11月4日が第1次募集の締切で、第2次募集は11月5日から20日までとなっています。まずはこの公募で第一弾の発表作品を集めます。
具体的には、演劇やダンス、バレエやミュージカルなどのパフォーミングアーツの場合は、上演した映像に字幕や音声ガイドなど、作品によってそれぞれ情報保障の手法を選択して付け、それをネット上で配信します。映画は作品に字幕や音声ガイドを付けたものを配信する予定です。また、そもそも創作段階からインクルーシブな視点で取り組む作品や、実験的な手法でアクセシビリティに取り組むプロジェクトも募集しています。無料のものもあれば有料のもの、配信期間が短いものや長いものなど、作品により鑑賞条件は多様になると思います。

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事業の波及効果と収益力効果

鑑賞だけじゃない「学ぶ・知る」楽しさも

この事業のもうひとつの特徴は、「eラーニングプログラム」の開発と実施です。作品に対する解説や、作品の理解を深めるためのレクチャーやワークショップを行います。これもパソコンやタブレットなどから視聴、参加することができます。
ダンスのeラーニングプログラムなら、先生が生配信してくれるレクチャーを見ながら、自分も一緒に動いてみる、といったものもあるかもしれません。講義形式のものですと、作家が自身の作品について背景や作品の持つ意味を掘り下げるものもあるかもしれません。作品単体だけでなく、作品の理解を促進するコンテンツも合わせて作ることで、鑑賞と学びを深めることを行ったり来たりしながら、体験できるようにします。
劇場でない場所であるからこそ、開かれる可能性もあると考えています。同じ作品を鑑賞した人達がネット上でディスカッションをする場が作られる可能性もあると思います。自分と違う立場や見方をしている人たちのことを知る場になるのではと期待しています。福祉施設や特別支援学校などに出向いて、一緒に画面を見ながらグループワークをする、などのリアルイベントもできるかもしれません。配信を見るのに必要な機器になじみがない方もいると思います。一緒にタブレットなどに触れてもらいながら体験をすることも考えています。

作り手の意識変革を目指す

従来からのスタンダードな字幕や音声ガイド制作の手法は重要ですし、大事にしたいと思っています。一方で、そもそも作り手側がインクルーシブな視点を持ち、創作の段階から取り組めるのが理想です。少しずつそうした考えを持つ制作者や表現者を増やすのもこの事業の役割です。
今年度は有識者会議やユーザー体験会、当事者と制作者のディスカッションなども計画中です。配信開始は2021年2月を予定していますが、その前段階としての意見交換の場や、調査研究の場が、既に少しずつスタートしています。

ファッション関連のイベントを手掛け、ダイバーシティに関心

ーー金森さんがダイバーシティやバリアフリーについて意識を持ったのはいつからなのですか。

金森 2014年に東京の日本科学未来館で開かれた、義足のアスリートをモデルとした「義足のファッションショー」に田中みゆきさんにお誘いいただき、企画参加したのが最初です。2017年には障害者や高齢者などさまざまな人が登場する「オールライトファッションショー」を企画したりしました。
もともと私は2001年から17年間「シアタープロダクツ」というファッションブランドを経営していました。その中で、常にあったのは、ある特定のサイズや人をイメージした、画一的な服作りに対する違和感でした。
人の体はもっと多様だし、もっと違う向き合い方があるのではと感じ続けてきましたが、業界全体として、その部分を切り捨てているような気がしてなりませんでした。そして「義足のファッションショー」がきっかけで、具体的なアクションを起こすことが重要であるということに気づいたのです。
今でこそ、ブランドやメーカーも意識が変化して、下着のキャンペーンなどを見ても、グラマラスな人だけではないモデルを起用するようになりましたし、洋服の「プラスサイズ」のブランドも登場しています。ですが、2000年代初めはそうしたことはありませんでした。限られた美の前提でものづくりがされていたのです。

ーー舞台芸術に直接携わっていたわけではなかったのでしょうか。

金森 子供の頃から演劇の仕事がしたかったのですが、演劇作品より洋服のほうが多くの人の日常に滑り込ませることができると考えて、ファッションの仕事を始めました。洋服も身体表現なので、ファッションは演劇的だと思っています。演劇の手法を直接使わずに、お客様の日常を変えるような力が洋服にはあると。
そんな考えのもと、ファッションショーやイベントの企画を主に手掛けてきました。
プリコグはパフォーミングアーツの制作会社です。これまでも代表の中村茜と一緒に一般社団法人ドリフターズ・インターナショナルという団体を運営し、様々なプロジェクトをする機会があり、苦楽をともにしてきました。それが、新規事業を考えるためにプリコグにも参加することになり、結果、今回の事業、THEATRE for ALLを立ち上げるに至りました。

文化芸術活動の新しいビジネスモデルを探る

ーー今回の文化庁の事業は委託事業とのことですが、芸術活動への支援と考えていいのでしょうか。

金森 確かに、演劇や映画など文化芸術に携わる仕事は、コロナ禍で大変厳しい状況に置かれていますが、今回の文化庁の委託事業は、今を生き延びるための単発的な性質の支援ではなく、来年度以降、仮に入場料収入が元の規模に戻らなくても持続可能なビジネスモデルを作ることを目指すものだと理解しています。
これまで特に劇場での演目は入場料収入を中心に収益を上げてきましたが、これからはさらに新しい収益の仕組みを開発し、持続可能な作品づくりのあり方を生み出す必要があると、理解しています。
配信プラットフォームという作品発表の場づくりもそのひとつの方法ですが、とくに舞台芸術は、配信を前提に作られていない過去作品もあるので、著作権や肖像権、権利使用に関する出演者とのロイヤリティー契約などのリーガル面の課題をクリアしていくことも重要です。
バリアフリーの重要性や可能性、やり方を知る、ということもそうです。そもそも、作品をバリアフリーにするには誰に何をどう頼めばいいのか、どのぐらい費用や時間がかかるものなのか、知らない制作者も多いので、今回の事業でそれを知ってもらい、新しいお客様を開拓できるという意味にもつなげられたらと思います。そして、中長期的にはインクルーシブを前提としたものづくりの土壌づくりになればと願っています。

ーー2月に配信開始の予定とのことですが、作品の選定など今後のスケジュールや展望を教えてください。

金森 募集締切後は、外部の有識者を交えての審査をおこない、事業実施団体を決定、11月下旬以降に発表します。その後、個別に実施スケジュールや配信の仕方などを調整していく予定です。2月には少なくとも30作品の配信、それに関連したeラーニングの配信などを行います。
この事業は、超大型の動画配信サービスを目指しているわけではなく、プラットフォームの活動趣旨に賛同してもらえる作り手や支援者、視聴者の方々とつながり、障害の有無を超えて共に創る・鑑賞できる、そんな場を育てていくことが重要だと思っています。これから、さまざまなイベントも開催予定ですので、ぜひご参加ください。コミュニティづくりの一環として、また制作資金を集めるため、クラウドファンディングも今後展開する予定です。皆さんに支援していただいた金額により、情報保障のついた作品が増える、といった試みを通して、仲間づくりを進めていく予定です。
最初から完璧なものを作ろうとするのではなく、少しずつサービスを良いものにしながら、視聴者と共に育てていく、またそれができる雰囲気や場、仕組みづくりを大切にしたいです。

――ありがとうございました。(聞き手・構成:長尾康子)

出典:「特集 より多くの人たちに文化芸術を届けるには ー THEATRE for ALL(シアター フォー オール)の取り組み プロジェクトディレクター 金森 香さんに聞く」『全要研ニュース』全国要約筆記問題研究会,11月号(2020年11月1日発行),p.3~6

<全国要約筆記問題研究会>
「音声情報バリアフリー社会の実現」をミッションに、聞こえる人も、聞こえにくい人も安心して暮らせる社会の実現を目指して、身のまわりにある「音や声のバリア」をなくすための活動をしています。
聴覚に障害を持つ人のためのコミュニケーション支援(情報保障)の拡充、社会参加の促進を図るために、要約筆記を中心とした情報保障の手段に関する研究、普及の運動などの事業を行っています。
http://zenyouken.jp/


▶文化庁「文化芸術収益力強化事業」バリアフリー型の動画配信プラットフォーム事業
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