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2024年『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』感想

2024年ドラマ『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』(演出/坪井敏雄、富田和成、石井康晴、元井桃)鑑賞。

あらすじ

5年前、指揮者、夏目俊平(西島秀俊さん)は音楽の街、ウィーンで指揮台に立ち、聴衆を大いに沸かせた。しかし、俊平はその時、娘、響(芦田愛菜さん)がヴァイオリンのコンクールを抜け出し、事故に遭っていたのを知る由もなかった。

5年後の2023年、秋。家族は彼の元を去り、俊平は指揮者を辞めて一人きりでウィーンの街にいた。そんな俊平の許に日本にいる妻で画家の志帆(石田ゆり子さん)から5年ぶりに連絡が入る。フランスで仕事が入ったため、留守中に子供たちの面倒をみて欲しいと言われ、俊平は20年ぶりに帰国。

息子、海(大西利空さん)は喜ぶが響は俊平を避ける。おまけに音楽以外マイペースで家事能力がゼロの俊平は失敗ばかり。そんな状態の中、父子3人の生活が始まる。更に俊平は存続危機にある市民オーケストラ、晴見フィルハーモニーの指揮を依頼される。実はこの依頼は志帆が晴見フィルの団長、古谷悟史(玉山鉄二さん)に協力してもらい、出した案だった。

参考/『さよならマエストロ』公式Wikipedia

最初、西島さんが指揮者を演じると知り、不安でした(突然すいませんw)プライベートで楽器を嗜んでいるのは知識として知ってはいましたが、感情を露わにする印象のある指揮者は、正直、西島さんにとって苦手な部類なんじゃなかろうかと。そんな失礼な先入観から鑑賞を始めましたが前言撤回。心優しく情熱的(アパッシオナート)なマエストロ、夏目俊平を見事に演じました。素晴らしかったです。また、ウィーンに関わるシーンでは西島さんのドイツ語も堪能できました。

第1楽章の冒頭、燕尾服姿で懐中時計を開き、時間を確かめながらウィーンの街を彷徨う俊平。とある大きな楽団にて病気のマエストロの代役を依頼されたのだ。それは一生に一度と言われるまたとない大きなチャンスだった。時を同じくして別の場所ではドアのノックに怯えるドレスアップした響の姿が映し出される。一方、俊平は楽しそうに演奏を指揮し、演奏の小道具であるピストルを宙に向けて撃つ。別の場所にいる響は苦しそうな荒い呼吸になり、そのまま地面に倒れるシーンが映し出される。衝撃の始まり方。

毎週、各話ごとにメインテーマとなるクラシック音楽があり、音楽と物語がリンクしながら、登場人物、特に夏目家の繊細な心の動きが描かれています。幸せな芸術一家の暮らしから一転、家族と離れ、それぞれ後悔と喪失感に苛まれながら過ごした俊平と響の止まっていた5年間。不器用ながら再生を図る物語は、富士山がよく見える静岡県の風光明媚な晴見市(架空の町)の澄んだ空気に囲まれる中、個性的で魅力たっぷりの晴見フィルのメンバーや、行きつけの「うたカフェ二朗」のマスター、コムちゃんこと小村(西田敏行さん)らの心に触れ、徐々に変化して行きます。

本編はシリアスの中にコメディ要素がふんだんにありますが軽妙洒脱で上質な古い外国映画のようでした。役者さんたちがずっと練習していたと言う楽器演奏シーンも素晴らしかったです(ドラマ内では楽器に合わせて指などの動きだけとの事ですがレッスンの末、最終的に弾けるようになった役者さんもいたそう)

妻、志帆に無理矢理日本に呼び出され、やっと20年振りに日本に来ると言う有様だった俊平。指揮からは退きながらもウィーンでは音楽大学に勤務しており、ほぼ抜け殻のような生活で志帆から届いていた離婚届に記入すらしていなかった。そんな志帆は、と言うと俊平と入れ違いにフランスで仕事が入ったと言う設定だったのに安易に外出しては海くんに簡単にバレ、俊平にも響にも呆気なくバレてしまいます(笑)

改めて、面と向かって離婚を切り出される俊平は、やり直したいと言いますが、志帆から今までの鬱憤を怒涛の如く吐き出されます。ここでは明るいファミレスが舞台で「あなたが指揮棒を振っている間に私は人生を棒に振っていたんだから!」と言う志帆の大喜利のような上手い言葉もあり、多少コミカルには描かれますが、言葉そのものは重い。俊平の言われようが散々です。
ウィーンで過ごしていた頃は志帆も子供が成長すればいつかは絵を描くつもりでいたのでしょう。けれど多忙な毎日の上、成長していく響の情緒が不安定になっていく様を見守る中、不運な事故も重なり、俊平も殻にこもってしまった結果、言葉にするのを諦め、そのまま離れたのかなと思います。

そんなふうに多分、結婚に向かない男である俊平ですが、音楽に関しては圧倒的に頼りになる存在感を発揮します。晴見フィルのメンバーは俊平と出会った時、一番最初に奏でた即興曲で魔法にかかったように魂に火が灯ります。劇中、俊平が悩める晴見フィルの団員でティンパニ奏者の内村菜々(久間田琳加さん)の一人にこう話します。

「指揮者は、間違いを見つけて叱る先生ではありません。オケと一緒に、この作品を演じる仲間です」

この俊平の言葉に代表されるように、これが西島さんの演じるマエストロの姿勢なのだと思いました。柔和で、乱暴な部分が一切ない。
このドラマでは音楽と同時に言葉も彩り豊かで、登場人物の個性に合っていて印象的でした。それは第1楽章から発揮されていて、至る所に宝石のように散りばめられています。俊平が語る言葉は多少抽象的ではあっても適切で説得力があります。それは18歳で音楽を知り、強い影響を受けてから、よそ見をせず音楽と共に生活をしていた俊平だからこそなのでしょう。

やがて、市から援助を切られ、晴見フィルはいよいよ危機に瀕しますが俊平は3か月限定で晴見フィルのマエストロになる事を決意。そこからは新たな団員を募集したり、市長(淵上泰史さん)の手により使えなくなったコンサートホールを野外にしようと提案したり、プロとアマチュア奏者の実力の違いから仲違いしたチェリスト、蓮(佐藤緋美さん)とトランペッター、大輝(宮沢氷魚さん)を音楽で仲直りさせたり、見事な発想の転換で生き生きと音楽に触れ合う俊平と晴見フィルの姿が描かれます。俊平が笑顔で指揮を執ると、その音色は優しく力強く周囲に伝染し、心に深く響き、光の輪が広がっていくようです。

その分、市役所に勤める響からは冷ややかに見られますが、そんな響自身も音楽を辞めてからあまり他人と関わる事がなかったようで、俊平をポンコツ扱いしながら実は響自身も少々成長しきれておらず5年前に帰国してからずっと友達もおらず世間知らずでもありました。しかし職場の先輩、大輝の陽気で優しい人柄に触れ、響にも少しずつ心に繊細な変化が生じます。大輝の祖父は「うたカフェ二朗」の店主、小村です。店に集まる客たちも、小村の家族たちもみんな明るくて、少々お節介に感じるほどの大輝の人懐こさは、話す相手がいない響に必要な存在だったのだと思います。

前半は晴見フィル存続に向けての物語が中心でしたが、中盤は楽器もできずに晴見フィルのメンバーに応募して来た素晴らしく強い心臓の持ち主で指揮者見習いの高校生、天音(當間あみさん)や、俊平の息子、海が大きな存在感を見せます。
天音は、初めて聴いた俊平の指揮による晴見フィルの演奏に心を震わせ、俊平を師匠に、響をコーチに、そして海とは音楽を通して友人となり、俊平から「指揮をするには演奏者の痛みを知る必要がある」と教えられてヴァイオリンを始めます。
その天音が実は晴見フィル存続を反対した市長の娘であり、好奇心のすべてを父親に反対されながらも、俊平、響、海に助けられ、結果的に父親すら感涙させてしまうようなヴァイオリンの演奏をします。たった2か月の猛練習で、好きだと言う感情だけで。そんな天音に少なくとも内緒でコーチを担当していた響が影響を受けないはずがない。天音の演奏を聴いて、響の中で凍っていた感情が解凍され始めていました。

このドラマが聡明だと感じる部分の一つは、"音楽" と "こじれてしまった親子関係" があくまでも中心にあり、余計な恋愛関係を作り出さない所だと考えています。例えば、俊平に惹かれる魔性のフルート奏者、瑠李(新木優子さん)はいつもの軽い恋のつもりで俊平にアプローチしていたけれど、俊平によって瑠李の奏でる音が本来彼女の持つ "無垢な本質" だと見抜かれてからは変化し、これまで腰掛状態だった晴見フィルのため積極的に動きます。志帆に想いを寄せる古谷も、志帆と同時に俊平も大切に思っているので、拗れる事なくあくまでも控えめで、どちらかと言うと古谷に関するエピソードは晴見フィルの方に比重を置かれていました。
唯一、恋に落ちて行く様子が描かれたのは大輝と響でしょうか。決定的な言葉はありませんが二人の関係は少しずつ少しずつ心の距離が近づいていくので、個人的に見ていて、ほのぼのニヤニヤしました(笑)
このように、恋愛と音楽がきっぱり絞られていてとても良かった。どうしても物語が長期化していくと登場人物に愛着を感じるようになるので、こことここがくっつけばいいのに、と思う事もありますが、そうした横道に逸れず、本筋を通したのがまた素晴らしかった。

細かい事を言ってしまうと俊平と志帆には別れて欲しくなかったですが、家族と離れて、アトリエで3か月間思う存分描いて完成させた志帆の絵は見事な写実画で、絵が生きがいだと語っていた志帆の想いを俊平もまた理解したのでしょう。仲違いで別れた訳じゃない。そう言う自由な道を選んだ。芸術家同士だと恋愛ならまだしも、結婚と言うのは難しいんだろうな。最終楽章のシーンでは俊平と志帆だけにしか判らない馴れ初めの話もありました。

遡って第8楽章では(ぐちゃぐちゃでごめんなさい)高松市の実家へ帰郷する俊平の過去の話が描かれました。18歳までは野球一筋だった俊平が "塀の向こうから聞こえたヴァイオリン" に激しく心を揺さぶられ、やがてそれは野球をやめるきっかけになる。響も海も全く知らなかった俊平の過去。30年間会う事のなかった父親との和解。この回でようやく生涯の師となるシュナイダー先生(マンフレッド・Wさん)と俊平の詳細が描かれます。第1楽章から俊平が指揮を執るごとに度々登場する美しい懐中時計はシュナイダー先生から受け継いだものでした。そして所々、大切なシーンで繰り返される "In bocca al lupo" と言うイタリア語も先生に教わった言葉でした。
"狼の口に飛び込め" と言う力強い励ましの言葉は、俊平はもちろん響もヴァイオリンを練習する天音にいつの間にか使っていました。

俊平が5年前家族を失った日々と、シュナイダー先生が日本にいた頃の状況は酷似していた。妻を亡くし茫然自失になり日本に来たシュナイダー先生は、初めて聴くクラシック音楽に強く魅了された若き俊平と出会い、彼もまたアパッシオナートを取り戻す。それから響の心を失った俊平を思いやり、また才能も信頼しており、高齢である自分の地位、ウィーンのノイエシュタット交響楽団の常任指揮者に俊平を推薦する。それは俊平が18歳からずっと憧れているものだと響は知っていたが、俊平はこのまま日本で晴見フィルと共に活動すると言って断ってしまう。

第9楽章。とうとう俊平と響の間に起こった過去が明らかになります。
想像以上に痛々しかった。これは単純に響が強情だとか素直になれない、と言うには語弊がある。響は自分が俊平ほどの能力がない事に気づき、本気で俊平に追いつくため、寝食も忘れて努力を重ねた結果、見えなかった真実が見えてしまった。響が命を削るように練習を重ねた日々を俊平は理解していなかった。あの時の響の心身状態では志帆も響を看ているのがやっとで、ここでは登場しなくても弟の海もいて、その上で殻にこもる俊平までは世話ができず、離れる以外できなかったのでは、と思う。本当に互いに向き合うには時間が必要だった。

けれど、響がこの辛い経過を打ち明ける相手は大輝だった。
第1楽章から響は結構、口が悪くて辛辣な性格という描かれ方だったが、大輝に話したこれまでの音楽環境の中では俊平や志帆、そして海以外に於いてはライバルしか周囲におらず、友人と呼べるような関係性が作れなかったためなんじゃないかなと思います。大輝は俊平に反発して家出をした響に対しても「俺んち来る?」と声をかけ(実家の部屋代わりにしている納屋でした)困った響にはいつも自然と手を差し伸べてくれる人だ。だからこそ響は次第に大輝に対して素直になっていた。大輝にすべて話せた事、また黙って聞いてくれた事でそれは響の中でカウンセリングのような効果があり、心がほどけたのではないかと思う。

俊平と響の和解のシーンは背景に流れる音楽もなく、二人が奏でるピアノと響が俊平の前では久しぶりに手にするヴァイオリンのみ。俊平は5年前、響を奈落に突き落とした自分を既に理解し、ずっと悔恨していた。二人が奏でるのはメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」。響が棄権したコンクールでのセミファイナルで演奏した曲です。

「あの頃響は、長い間、一人ぼっちで音楽を。ずっと、一人ぼっちで。僕はそんなことにも気づかずに、崖の上ギリギリに立ってた響を、突き落としてしまったんだ……」

たどたどしく話す俊平。
"一人ぼっちで音楽を" と言う言葉はとても俊平らしい。俊平も5年間音楽から離れ、家族にも去られて一人ぼっちになり、その苦しさを味わったのだろう。何より音楽は楽しいものだと思っていた。それがあの頃の響に、嫌いになったのは俊平のせいだと言われてしまった。痛みをきちんと受け止め、自分の体の内側から出て来る言葉で語るからこそ、伝わる力も大きくなる。そして完璧さだけを追求し、音を楽しむ事を忘れていた響も俊平の言葉を受けて「私、もう一度ヴァイオリンを弾いていいのかな」と、語りかける。その頼りなげな声に俊平は優しく力強く響に「幼い頃からずっと音楽家なんだよ」と諭す。微笑んで俊平を見つめる響の柔らかな表情が、多分本来の響の姿だろう。
「帰って来てくれてありがとう。お帰り、パパ」
これまでずっと "あなた" や "あの人" と他人行儀に呼んでいた響。その一言ですべてのわだかまりが溶けていく。静かで、時の流れを越えた愛情が包み込む素晴らしいシーンでした。

作中、幼い響の手を取り、ウィーンの街並みを一緒に歩く若き日の俊平の姿が幾度も描かれますが、その握った手が俊平から大輝へとバトンタッチしていくのだろう。響の思春期はとうとう終わった。

さて、この物語中、第4楽章で唐突に出て来る俊平のウィーン時代のマネージャー、鏑木くん(満島真之介さん)ですが、彼はモーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」に登場する、主にどこまでも従順について行く "レポレッロ" だと言います。しかし所構わず突然現れ、その場を乱して行く姿はトリックスターのようで不思議な存在でした。最終的に彼がいて初めて本当に前を向くための「さよなら」へと導く大事な役でした。

タイトルに「さよなら」とついていたから最終回を迎えるまでは先が判らないためもしや誰か死んでしまうのでは、と言う不安が常にありましたが、安易に死や同情、気持ちを察して解決なんて展開に逃げなかった。そんな所にもこの作品の矜持を感じます。第9楽章で俊平と響の負のアパッシオナートは解決できた。最終話は、自分のせいで止めてしまっていた俊平の時間を何とかして進ませてあげようと願う、15歳の頃の心の傷が癒えた響から大好きなパパへの贈り物のような美しい想いを描き出しています。

俊平はずっと離れていた響や海と一緒に過ごし、多分これまで一人暮らしで自分のため以外にした事もなかったであろう家事や炊事をやるようになり、更に晴見フィルと出会い、自分が知らなかった世界を知った。
気持ち良さそうに自転車を漕いだり(下手で道から外れたり駐車の仕方が激突だったりはしたw)道すがら木の葉に触れたりして風景の一つ一つを愛おしんでいるようだった。そんな純粋な俊平を西島さんは表情豊かに、何もかもを新鮮に映す輝く眼差しで瑞々しく演じました。
俊平は、天才ではあるけれど決して孤島の天才ではなく、みんなと音を楽しむことが彼の目指すマエストロの姿なのだと思います。本当に素晴らしい作品でした。

"音楽は人の心を救うことができる"
第1楽章から最終楽章である10話まで、一環して変わらないのはこの言葉でした。いつも好きな事には情熱(アパッシオナート)を持って。長くなりましたがここまで読んでいただき、ありがとうございました。以下、番外編を持って感想は終了になります。

『晴見シンフォニーフルバージョン』


※番外編

色気を一切消して演じた玉山鉄二さんが素晴らしい。個人的に助演男優賞を進呈したいです(笑)

ハンサムの面影がない二人w

毎週居場所が変わり、もしや夏目家に住んでいるのでは、いや、俊平の化身では、と思わせたぬいぐるみのモモンガちゃんがとても可愛くて毎週探しました。西島さんの衣装も茶系のモモンガ色だった(笑)

夏目家にいるタイリクモモンガのぬいぐるみを持つ俊平(西島さん)
モモンガちゃんは1話目からきっちり登場していました(わかるかな?)
蓮くん(佐藤緋美さん)が持ってたシュンペイ・ナツメのCD、欲しい。

サムネイルでは下部を削ってしまいましたが全貌はこちら
もうひとつのポスター。

↓ 西島さんのインタビュー。いい記事です。

♩『晴美シンフォニー』も収録されているオリジナルサウンドトラック。

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