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名前が書かれた誘導灯

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ねえ、みっちゃん。この話、知ってる?「名前が書かれた誘導灯」の話。

え、知らない?

うそっ。めちゃくちゃ有名だよ。実はさ……、昨日体験しちゃったんだよね、私。

体験したって、どういうこと?って……。ほんとに何も知らないんだね。


「名前が書かれた誘導灯」ってのはさ、まあその名の通りなんだけど。

緊急避難用の出口ってあるでしょ。

そうそう。緊急時の出口。まあ、緊急じゃなくても使うことはあるけど。その出口の案内板っていうかさ。「ここに出口ありますよ~」っていうのを示すために、緑色の看板が出てるじゃない。上のほうに。緑色の長方形のやつ。人が逃げ出してるイラストも描いてあってさ。あれが「誘導灯」っていうらしいんだけど。


その誘導灯が、私の会社にもあるのね。3階の廊下のいちばん奥に「非常口」って書いてある誘導灯。


ここから昨日の話になるんだけど。私、残業で遅くまで残ってたわけ。夜食用にドーナツも買ってたくらいだから、何時くらいだったんだろう、21時くらい?やっと終わって、帰ろうと思ってふと廊下の奥を見たら、なんかいつもと違うふうに感じて。

あれ、何だろうと思って近づいてみたら、いつもは「非常口」って書いてある誘導灯に「まゆみ」って書いてあったの。


そうそう、誘導灯に名前。

おかしいよね。

私も

「なんで名前?」

「しかも、なんで私の名前?」

と思って。


そんでさ、急に怖くなってきて。

今、夏だしさ。真夏の怪談かよって内心つっこみながら。でも名前書いてあるって普通じゃないからさ。ほんと、これ何だろうと思ったときに、思い出したわけ。

「名前が書かれた誘導灯」の話。


「名前が書かれた誘導灯」の話を説明するとね、こんな感じなの。

それは必ず、建物の中の、長い廊下の先にある。昼間気付く人はほとんどいない。気付くとすれば、夜の間だけ。廊下の奥で緑に輝くそれを見て、人は「なんだろう」と目をこらす。そこに書いてあるのは、それを見た人自身の名前。「→」の先には扉。扉の先には、明け方の空と非常階段。その扉を開けると、その日の朝に戻れる。過去にタイムスリップできるというわけだ。

って……、すごくない?

この話を思い出しちゃったんだよね。


え、今私の目の前にも、その誘導灯があるんですけど?
右横に非常口の扉あるんですけど?みたいな。


そうそう、興奮してくるでしょ。

みっちゃん。ようやく興味持ってくれたね。

それでさ、開けないわけにはいかないでしょ、非常口の扉。


……開けてみたの、おそるおそるね。

何があったと思う?

いつも通りの非常階段なのは同じだったんだけど、空が違ったの。

さっきまで、会社の窓には月がうつってたのに、非常階段の空は薄い水色。3階の外階段から下をのぞいたら、カラスがゴミ袋を突っついててさ。完全に朝の風景だったわけ。

なにこれと思って、もう1回非常口から廊下に戻ったら、廊下の窓も同じ明け方の空になっちゃってたの。


……これ、ほんとだからね。

いやいや、夢じゃないってば。私がいちばんそう思ったって。

とりあえず、最後まで聞いてよ。


私、実はこの日。会社でミスをしちゃってて。いや、うん。たいしたことじゃないんだけど。結果的に自分のミスを、後輩に押し付けるみたいになっちゃって。すごい苦い気持ちになってたっていうか……。

だからね、まあその日の朝にタイムスリップできたのは、大興奮することなわけなんだけど

「今日の朝に戻ってるなら、あのミスのこと、ちゃんと自分で謝れる。自分の口で説明できる」

って思ったんだ。


……めちゃくちゃいいやつでしょ、私。

あ、うん。みっちゃんは分かってくれてるもんね。

それで、その日後輩がミスをかぶりそうになったとき。私、ちゃんと説明できたんだ。というか事前にフォローもしておいたから、決定的なミスにはならなかったというか。

なんか、すごくすっきりしてさ。そうか、仕事ってこういうふうに、あとのことも先読みして準備しておけば、ミスしても取り返せるんだなって分かったんだよね。

これってすごい発見だよね。

え、当たり前?

みっちゃん、手厳しいわぁ……

後輩の名前はさ、松下くんっていう男の子なんだけど。うん、年下。その子もさ、なんか謝ってくれて。何も悪くないのにね。

それで「まゆみ先輩、もし良かったら今度メシでもどうですか?」って。初めて誘われちゃったのよ。困るわ~。彼氏いないけど。

そんなことがあってさ。ああ、タイムスリップって、こういう感じで使うといいんだな~なんて思ったわけ。

すごいよね。タイムスリップ。できちゃったんだもん。



え……、みっちゃんもやってみたいの?

あ、そうなの……。そうだよね、やってみたいよね。分かるよ。

でもさ「名前の書かれた誘導灯」があらわれるには、条件があるみたいなの。私も知らなかったんだけど、さっき調べたらこんなのがでてきたから。読んでみて。

ちなみにこの扉の出現率は、10人に1人といわれている。ゆえに、誰の前にもあらわれる可能性がある。タイムスリップの使用用途に制限はない。起きるはずの何かを防ぐ。仕事で良い評価を得る。恋愛成就に役立てる。誰かの足を引っ張る。使い方は人それぞれだ。

ただ、扉の出現には一定の条件がある。「名前の書かれた誘導灯」を見つけたときに、1人きりであること。「こうすれば良かった」と後悔する出来事をその日に経験していること。そして、自分の名前を気に入っていないこと。

また扉は誰にでも、何度でも出現するが、この3つの条件がそろわなければ扉が出現することはない。


これなら簡単、簡単って。

いや、ムリじゃん、みっちゃんは。


え、なんでって。

「みどり」って名前、めっちゃ気に入ってるじゃん。自分ちの犬に、自分の名前つけるくらいなんだから。会話がややこしくなってるとき、あるよ。


あ、うそ。ごめん、ごめんって。

かわいい、かわいいよ、みどりって名前は。


私もさあ……、誘導灯があらわれたってことは自分の名前、気に入ってなかったんだなぁって思ったよ。そんなに嫌ってたわけでもないんだけどね。

まゆみ。

まゆみ……

前よりは好きになったから、もう扉は出てこないかもな。

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